40. 楽しい再会
ラダメイン一行と夕食を共にする約束をした日、ジーフレットと弓使いのソティが、レオンたちが泊まっている宿を訪ねてきた。
レオンたちと挨拶を交わしたジーフレットは、マックスボーンの案内で馬小屋へと向かい、疾風をお見舞いしてから、レオンたちを食堂へと案内した。
ジーフレットの言っていた通り、焼きたての香ばしい小麦パンと牛肉料理、上質なワインが並ぶ高級な食堂だった。
「おお~、久々の小麦パンだ。いただきます!」
アルは、テーブルに置かれたパン籠を見て感激し、手を合わせた。
混沌の地では、小麦も牛肉もワインも貴重な食材であり、それだけで高級な料理だったが、味も素晴らしかった。
両側は大きな食卓を囲み、ゆっくりと食事を楽しみながら、これまでの出来事について語り合った。
この場でも、悪名高いデストロ一味が討伐された話題が持ち上がった。レオンたちが彼らと戦ったことを知ると、ラダメインたちは驚愕した。
「無法者の集団と戦ったとは聞いていましたが、まさかあのデストロ一味だったとは! 本当に危ないところでしたね。」
ラダメインは緊張した様子を隠せなかった。直前まで共に過ごしたばかりだったので、他人事とは思えなかったのだ。
「もっと一緒にいればよかったですね。少しはお力になれたかもしれませんのに。」
アジャルがそう言うと、ジーフレットが首を横に振った。
「もし一緒にいたら、数が同じくらいになって、奴らは襲ってこなかったかもしれないよ。ああいう連中は、正々堂々とした戦いなんて興味がない。自分たちが有利だと思うときにだけ、襲いかかるんだ。数的優位を信じて奇襲したのは間違いない。」
司祭マケオは、フローラの様子を見ながら言った。
「そういう連中と戦うときは、普通回復術士から狙われるので、それが弱点になりがちですが、ウェイズ神官殿を無事守り切ったようで何よりです。」
レオンは苦笑した。
「私たちがフローラを守ったのではなくて、むしろその逆です。フローラが奴らの攻撃を避けながら、私たちを回復し続けてくれたおかげで、最後まで戦い抜くことができました。」
「そうですか?」
マケオは、幼くか弱そうに見えるフローラの華やかな顔を、改めて注意深く見つめた。
マックスボーンもレオンの言葉に頷いた。
「フローラ様のご活躍は本当に見事でした。最初にあちらの女が助けを求めるふりをして入ってきたときから、彼女の正体を見抜いて、私にそっと耳打ちして警戒するよう、促してくらました。
そして、その女が正体を現した瞬間、奴らが投げ込んだ辛い煙をすぐに消し去ってもくださいました。
疾風もフローラ様と同じように、すでに気づいていたみたいです。タイミングよく〈戦士の咆哮〉を放って、仲間全員を目覚めさせると同時に、戦意を高めてくれました。」
マックスボーンは、当時の緊迫した状況を臨場感たっぷりに語った。ラダメイン一行は熱心に相槌を打ちながら、その長くも壮絶な戦闘の様子に耳を傾けた。
「やはり疾風殿は懐の深いお方ですね。あれほどの壮絶な武勇伝があるのに、先お会いした時も、それをひけらかすことなく、私のつまらない話を真剣に聞いてくださいました。」
ジーフレットが感心した。
マックスボーンも同意した。
「そうですよね。あのときも、リスティーンという女魔法使いに毒針や魔法攻撃を受けて、かなりの傷を負っていたのに、痛がる素振りすら見せませんでした。本当に英雄戦士そのものでした。」
「はあ、本当に。疾風殿がご一緒できたら、よかったのになあ。残念でなりません。」
心から残念そうなジーフレットを、ソティが笑いながらなだめた。
「でも、さっき会いに行って挨拶ぐらいはできたんだから、そんなに寂しがるなよ。」
そのとき、ジーフレットは何かを思い出したように、ラダメインに尋ねた。
「そうだ、ラディ。さっき調べるって、言ってた件はどうなった? カイエン・ロエングラムは本当に混沌の地の北部にいるのか?」
カイエン・ロエングラムという名前に、キアンは思わず顔を上げた。
ラダメインは頷いた。
「見たという者がいるらしい。ビルトロファイの近くで魔獣と戦っている姿を目撃したらしく、ほぼ確実な情報だ。」
ジーフレットは顔をしかめた。
「一体何しにこんなところまで来たんだ? あの人は冒険の旅なんかする人間じゃないだろ?」
「絶対に違う。あの人は一族の汚名を雪ぐことに人生を賭けている。そんな人間が、のんびり冒険旅行なんてするはずがない。」
そこで、アルが首をかしげて口を挟んだ。
「カイエン・ロエングラムというと、『赤月の騎士』のことですか?」
すると、ラダメイン、ジーフレット、キアンの視線が一斉にアルの顔に突き刺さった。
ラダメインが眉間にしわを寄せた。
「それはカリトラムが勝手につけた呼び名です。マイオロートでは『赤鬼』と呼ばれています。まさか、エレンシアでもそう呼ばれていますか?」
フローラが薄く微笑みながら付け加えた。
「ブレイツリーでは『殺鬼』と呼ばれていますよ。」
アルは、気まずそうに表情を曇らせ、言葉を濁した。
「あ、つい失礼しました。」
そのやり取りを聞いていたユニスが首を傾げ、アルに尋ねた。
「ねえ、その『赤月の騎士』ってどういう意味なの? そんなに顔が丸くて真っ赤なの?」
「『赤面』じゃなくて『赤月』だよ。赤い月のことだ。」
アルが呆れたように言った。
「で、それがどういう意味なの?」
アルは、キアンとフローラの様子をうかがいながら、言葉を飲み込むように口ごもった。
ユニスはさらに説明を求めるように、今度はジーフレットを見たが、ジーフレットとラダメインも困った表情で視線をそらした。
その時、キアンが沈んだ声で口を開いた。
「カイエン・ロエングラムは、カリトラムの伯爵であり武将です。9年前、カリトラムがブレイツリーのミレーシンに侵攻した際、赤い月が昇る夜の戦いで、ブレイツリーの多くの騎士が彼の手にかかって命を落としました。それ以来、ブレイツリー王国ではあの男のことを『血鬼』と呼んでいます。」
キアンに続き、ラダメインが説明を加えた。
「ロエングラム伯爵家は、もともと侯爵としてカリトラムの有力貴族でしたが、彼の祖父の代にブレイツリー王国との戦争で屈辱的な敗北を喫し、多くの戦死者を出しました。
以前の功績が考慮され、一族は滅亡こそ免れたものの、家の勢力は大きく衰えました。彼の父の代で努力して、ある程度は回復したものの、それでもカリトラム内での家の立場は依然として弱いままだそうです。
だからこそ、名誉を取り戻すために、血眼になっている男です。」
ジーフレットが不機嫌そうにぼやいた。
「カリトラムの連中が嫌で、混沌の地の北部まで来たってのに、ここでもあいつらがうろついてるとはな。」
カイエン・ロエングラム― その名はレオンも聞いたことがあった。
レオンの父、ギデオンが戦死してから3年後、ミレーシン全域がカリトラムに占領された戦争で、フィンブス家を含むミレーシンの騎士団を壊滅させたことで知られる『赤月の夜の戦い』。そこで彼が挙げた伝説的な戦果によってついた異名だった。
ブレイツリー王国にとっては、痛恨の敗北だっただけに、その名はまさに悪名そのものだった。
ラダメインとジーフレットは、カリトラムの南に位置するマイオロート王国の出身であり、ブレイツリーと同様、過去に幾度となくカリトラムと戦争を繰り返してきた国の者たちだった。そのため、ブレイツリーの人々と同じような感情を抱いていたのだった。
ぎこちない雰囲気を打ち破るように、アルが無理に笑みを浮かべながら言った。
「でも、その後はブレイツリーがミレーシンを取り返しているし、今は別に衝突もないのではありませんか? だから、冒険に出ることもあるかもしれませんよ。」
「一応、そうではあります。しかし、カリトラムはそう簡単に信用できる相手ではありません。」
ラダメインが断固とした口調で言った。口には出さなかったが、キアンも同じ考えのようだった。
アジャルがラダメインの肩を軽く叩きながら、わざと軽い調子で言った。
「王も代わったじゃないか? カリトラムの新しい王は若くてイケメンで、それなりに有能だって話だろ?」
「ふん!」
ジーフレットが鼻を鳴らした。
「いい人のふりをするのは簡単さ。本当にどうなるかは、これからの行動を見ないと分からない。」
ソティがジーフレットの杯にワインを注いで、宥めるように言った。
「ほら、飲んで。せっかく美味しい料理と良い酒があるんだ。険しい顔してないで楽しもうよ。」
そう言うと、ソティはワインボトルを手に立ち上がり、他の人たちの杯にもワインを注ぎ始めた。
「さあさあ、難しい話はこの辺で終わりにして、ここで一杯やりましょう。みんなの健康と旅の無事を願って!」
ソティの提案に皆が賛同し、乾杯を交わした。そして話題は別の方向へと移っていった。




