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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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36. フローラとメレディス

 レオン一行が宿に入ると、宿の主人は思いがけない再訪に驚きつつ、彼らの変わり果てた姿を見て、心配そうに声をかけた。

「おや、どうしたんです? まさか、本当にあのエルフ嬢に誘拐されて、必死に逃げてきたとか?」


 アルの後ろについて入ってきたユニスが、アルを指差して甲高い声で叫んだ。

「失礼ですよ!誰がこんなだらしない男を誘拐するんですか?」


「だらしない?誰が?」

 アルが反論したが、ユニスはふくれっ面で無視した。


 宿の主人は豪快に笑った。

「ははは、冗談だよ。とにかく、大変な目に遭ったみたいですな。」


 レオンが答えた。

「エルフの村ではよくもてなしてもらい、貴重な経験もできました。その後、ちょっと色々ありましたけどね。」


「何があったかは知らないけど、誰も死んだり、大怪我をしたりしていないようで何よりだ。すぐに部屋を用意しましょう。」


 一行はそれぞれ部屋を決め、夕食まで各自の部屋で休むことにした。

 ユニスと同じ部屋に入ったフローラは、ベッドに腰掛ける間もなくすぐに部屋を出ようとした。

「ちょっと外に行ってくるわ。夕食までには戻るから。」


「着いて早々どこへ?」

「ちょっと買いたい物があるの。」


 ユニスは疲れ切っていたため、それ以上追及せず、大きく伸びをしてベッドに倒れ込んだ。

「気をつけてね。私はちょっと寝るわ。」

「うん。また後で。」


 *** ***


 一人で宿を出たフローラは市街へ向かい、装飾品や雑貨を扱う、普通に見える店へと入った。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 30代後半ほどに見える女性店主がフローラを迎えた。彼女は普通の人間より少し尖った耳を持ち、切れ長の目をしたハーフエルフだった。


 フローラは他に客がいないのを確認すると、赤い薔薇の刺繍が施されたハンカチを取り出し、尋ねた。

「これと似たものを探しているのですが。」


 店主はそれを確認すると、穏やかに微笑んだ。

「少々お待ちください。」


 店主はすぐに店の扉に鍵をかけ、フローラを店の奥へと案内した。

 小さな部屋へ入ると、さらにクローゼットを開き、その奥の隠し部屋へと導いた。


「中でお待ちですよ。」

 フローラが中に入ると、店主は密かに扉を閉め、何事もなかったかのように部屋を去った。


 部屋の中には、フード付きのマントと白いローブをまとい、一枚の陶器で作られた白い仮面をつけたメレディスが待っていた。椅子に座っていた彼女は、フローラに近づくと、軽く抱きしめた。


「よく頑張ったね。」

「師匠。」

 緊張が解けたのか、フローラの体がメレディスの腕の中で少し力を抜いた。


 メレディスはフローラをそっと支え、慎重に椅子へと座らせた。

「すみません。私がまだ未熟で、大した力になれませんでした。」


「そんなことない。よく頑張ったよ。」

 メレディスは優しくフローラの髪を撫でた。

「ずいぶん傷ついたね。当分の間、私が代わりを務めるから、ゆっくり休んで回復に専念しなさい。」


 フローラの前に座ったメレディスは、はめていた白い手袋を外した。白く長く滑らかな指と、美しい手が露わになる。


 フローラはメレディスの差し出した手のひらの上に、自分の手をそっと重ねた。2人の手のひらの間で、白い光の粒子が舞った。


「色々あったのね。」

 メレディスの言葉に、フローラは照れくさそうに微笑んだ。

「はい。みんな優しい人です。おかげで楽しく過ごせました。」


「それはよかった。」

「少なくとも今のところ、大公殿下が混沌の地にいることを知っている者はいないようです。殿下を狙った動きはありませんでした。今回襲撃してきた者たちも、大公殿下の正体は全く知らない様子でしたし。」


「それでも警戒を怠ってはいけない。特に食事の前には、必ず浄化を行うように。」

「はい。食前の祈りを欠かさないよう習慣づけています。大公殿下ご自身も、食事以外の間食は一切されない方です。」


 メレディスはもう一方の手でフローラの手をそっと包み込み、静かに言った。

「では治療に行こう。」

 席を立ったメレディスは、片手を壁に触れた。見えなかった魔法陣が浮かび上がると、入り口が開かれた。



 翡翠色の輝きを帯びた液体が満たされた浴槽の中で、フローラは首から下を湯に沈め、頭をもたせかけるようにしていた。まるで眠っているかのように、安らかな表情で目を閉じていた。


 傍らに座っているメレディスは、フローラの首元と頭を支えているタオルを丁寧に整えると、静かに立ち上がった。

「何も考えずに、ゆっくり休みなさい。」


 部屋を出たメレディスは、白い仮面を外した。仮面の下から現れた顔は、フローラとまったく同じものだった。


 壁の一角にあるハンガーには、フローラが着ていたものと同じ深紫のドレスが掛けられていた。黒いレースとリボンで飾られた華やかなドレスに手を伸ばしながら、メレディスは苦笑した。

「レースにリボンね。可愛いものが好きだとは知っていたけれど、思った以上だったわ。」



 しばらくして、装飾品店を出たメレディスは、レオンたちがいる宿へ向かった。フローラから受け取った記憶を思い返しながら歩いていると、ふと足を止め、考え込んだ。


(カリトラム・ヘケナの『紅い野ばらの館』といえば、『赤月の騎士』カイエン・ロエングラムの邸宅のはず。赤月の騎士が混沌の地の奥深くまで入り込んでいる理由は何だろう? カリトラムは、今度は何を企んでいるの?』

 メレディスは顔を上げ、鮮やかな緑の光を放つ都市の中央にそびえ立つ魔塔を見つめた。


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