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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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34. 死闘の果てに (2/2)

 レオンの治療を終えたフローラが口を開いた。

「みんなが疲れ切っているのは分かりますが、とりあえずこの死体を見えないところに片付けてくれませんか? こんな状態では、到底休めそうにありません。」


 その言葉に周囲を見回した男たちは、困惑した表情を浮かべて、深いため息をついた。

 本音を言えば、その場に倒れ込んで眠ってしまいたかった。だが、フローラの言うとおり、血なまぐさい死体の山の中で眠るのはさすがに無理があった。


 マックスボーンが「ううっ……」とうめきながら、膝に手をついて立ち上がった。

「毛布にまとめて、馬に引かせましょう。」


「それがいいですね。」

 アルもふらつきながら立ち上がった。レオンとキアンも重い体を無理に起こした。


「ついでに穴を掘って埋めることにしましょう。野ざらしにしておくと、野生動物や魔獣を引き寄せかねませんから。」

 フローラはアイテム袋からスコップを取り出し、男たちに手渡した。


 皆、沈んだ表情でそれを受け取った。

「回復術で傷は塞いだけど、無理をすると開いてしまうかもしれません。気をつけてくださいね。」


 フローラがそう注意すると、アルは今にも泣きそうな顔でぼそりと呟いた。

「シャベル振るってて、傷が開かないわけないだろ。こんなの、無理ゲーだって。」



 男たちは半ば死にかけたような顔で呻きながら、死体処理に取り掛かった。

 遺体を集めている最中、マックスボーンがふと足を止め、灯りを近づけてその中の一体をじっと見つめた。リスティーンの遺体だった。


「この女、どこかで見たことがあるような気がしませんか?」

 マックスボーンは、アルとレオンに問いかけた。


 アルが先に気づいた。

「あっ! プレティオミで見た指名手配書の女じゃないか? 赤い髪の美女。」


 レオンも思い出した。

「デストロ一味とかだっけ?」


 マックスボーンは納得したように腕を組んだ。

「どうりで並みの実力じゃなかったわけです。こりゃ、かなりの大物だったみたいですね。」


 そう言うと、マックスボーンはアルの耳元で何かを囁き、フローラのもとへと戻った。

「フローラ様。今になって分かりましたが、あの連中は安全都市の指名手配書に載っていた大物の悪党でした。私とピートランド卿は後ほどフィオール陛下にこの件を報告する必要があります。そのため、奴らを討伐した証拠品を持ち帰りたいのですが、何か収納できる箱か袋はありますか?」


 フローラは、アイテム袋から小さな袋を取り出し、マックスボーンに手渡した。

「小型のアイテム袋です。これに入れてください。あとでご用が済んだら、返していただければ結構です。」


「ありがとうございます。」

 マックスボーンがアイテム袋を受け取るのを見たキアンが尋ねた。

「そこに何を入れるのですか?」


「こいつらの首です。」

 その答えに、キアンは思わず身をこわばらせた。


 マックスボーンは、平然とした顔で手斧を取り出した。

「もともと山賊や海賊の頭目や副頭みたいな連中は、討伐の証拠として、氷や塩を詰めた箱に首を入れて、持ち帰ることもありますからね。こういうアイテム袋があるなら、なおさら便利です。こういったところでも、討伐証拠は大抵首であることが多いですよ。」


「マックスボーンって、本当に何でも経験してるんですね。」

 レオンが感心すると、マックスボーンは豪快に笑った。


「16の時から10年間、軍隊で鍛えられましたからね。この程度は基本です。さあ、始めますよ。見たくないなら、しばらく目をそらしていてください。」


 レオンはキアンの腕を軽く引き、視線を送ってその場を少し離れた。

「16歳って、今の僕より1つ年下ですね。」

 キアンがぽつりと呟いた。


「エレンシアでは16歳から正規兵として軍に入れるんだ。もちろん体力試験や一定のテストを通過しないとダメだけどな。」

「軍に入るのに、試験を受けるのですか?」


 キアンには意外な話だった。

「正規兵は給料がそこそこいいからな。戦功を立てれば報奨金や昇進のチャンスもあるし、志願する人は多いよ。」


「エレンシアって、島全体が一つの国として統一されていて、中立国だから戦争のない平和な国だと聞いていましたが。」


「力なき平和は幻想に過ぎない、って言葉がある。エレンシアは大陸間貿易の中継地でもあるし、本島以外にもいくつもの島を持っていて、他の大陸にも貿易都市がある。軍事力に無関心ではいられないんだ。」


「レオンは、エレンシアで騎士叙勲を受けましたよね? この旅が終わったら、エレンシアの騎士団に入るつもりですか?」

 キアンが尋ねると、レオンは少し曖昧に答えた。

「冒険者って選択肢もあるし、まだ決めてない。でも、家族がいるから、すぐじゃなくてもそうなるかもしれないな。」


 実際、馬上武闘大会で優勝し、フィオールから騎士叙勲を受けた際、騎士団への入団を打診された。当時は、混沌の地への旅を控えていたため、辞退していた。


 キアンは何か言いたげな様子だったが、口をつぐみ、別の話題を切り出した。

「さっき、あの頭目から僕を守るために戦ってくれましたよね。ありがとうございます。」


「君の実力を信じてないわけじゃない。ただ、君はあまりにも無茶な戦い方をする。もう少し自分を大事にしろよ。」

 その言葉にキアンは視線を落とし、しばらく躊躇した後、ぽつりと尋ねた。

「どうして、僕にこんなに優しくしてくれるのですか?」


 レオンが不思議そうにこちらを見るのを感じながら、キアンはさらに言葉を続けた。

「僕のこと、よく知らないでしょう?」


 レオンはふっと笑った。

「今まで一緒に飯を食って、互いの寝床の安全を任せ合って、命がけの修羅場を何度も乗り越えてきたじゃないか。危機に立たされた時こそ、その人の本当の姿が見えるって言うだろう?

 俺が知っている君は、責任感が強くて周りを気遣える勇敢な騎士だ。それで十分じゃないか?」


 キアンは思わず顔を上げて、レオンを見た。影に隠れて、その表情はよく見えなかった。

 キアンは静かに微笑み、ふと突拍子もない質問をした。

「旅が終わったら、エレンシアのレオンの家に遊びに行ってもいいですか?」


「俺の家?」

 レオンは楽しげに笑った。

「それもいいな。釣りを教えてやるよ。きっと楽しいぞ。」


 その時、アルが二人を呼んだ。

「おい、そこの二人! こっちは片付けがだいたい終わったから、そろそろシャベルを持ってこっちを手伝え!」


 レオンは短く息をつき、キアンに手招きした。

「行こう。これを終わらせないと、本当に休めないからな。」


 キアンは先ほどより少し軽くなった足取りで、レオンの後を追った。傷はまだ痛み、全身がずきずきと軋むようだったが、それでも心の奥が温かい何かで満たされた気がした。



 男たちが遺体の処理をしている間、フローラとユニスは荒れ果てた荷物と野営地を片付けていた。


 ひととおり整理が終わった頃、ユニスがフローラに声をかけた。

「あなたも傷を治療しなきゃ。けっこうやられたじゃないの? 服を脱いでみて、薬を塗ってあげる。

 疾風、こっちに来て、フローラを隠してくれない?」


「分かった。」

 ほかの馬は遺体の運搬に駆り出されていたが、負傷して動けない疾風だけが残っていた。


 疾風はフローラのそばに立ち、視線を遮るようにした。

「僕が見張っているから、ゆっくりやって。みんな、まだ作業中みたい。」


 フローラはユニスの手を借りてドレスを脱いだ。

 ドレスはあちこち鋭利な刃物で切り裂かれており、肩や背中、腕、脚のあちこちに乾いた血の跡が残っていた。回復術で傷を塞いではいたが、消毒と手当ては必要だった。


「外から見た時は、まったく無傷に見えたのにな。あれは幻術だったの?」

 背中と肩の傷に薬を塗りながら、ユニスが尋ねた。


「そんなところね。少しでも隙を見せたら、ますます勢いづいて襲いかかってくるから。」

「ほんと、あなた、すごいわね。私なんか、さっきは痛くて、何も考えられなくなってたのに。」


「アリボの毒牙は、エルフや魔族にとって致命傷になりかねないもの。あなたがそうなるのも無理はないわ。私はそこまで深手を負ったわけじゃないし。」


 ふと、フローラがユニスを振り返り、ニコッと微笑んだ。

「ありがとう。逃げることもできたはずなのに、諦めずに一緒に戦ってくれて。」


 ユニスは軽く肩をすくめた。

「正直、あの女魔法使いと最後まで戦ったのは、意地になってただけだわ。疾風が助けてくれなかったら、逃げてたかもしれない。

 その後は、みんなが死にものぐるいで耐えて戦ってるのを見てたら、私も何かしなきゃって、思っただけさ。」


「ふふ、だから、感謝しているのよ。」

「どういう意味よ?」

 ユニスが首をかしげたが、フローラは答えの代わりに、アイテム袋から別のドレスを取り出した。


「これに着替えるの、手伝ってくれる?」

「分かった。」

 ユニスはフローラの着替えを手伝い、乱れた髪も梳かして整えてやった。



 疾風は2人の会話を聞きながら、遠くで男たちが地面を掘るために灯したランプの明かりを眺めていた。男たちは呻き声を漏らしつつ、ひたすらシャベルを動かしていた。


 無法者たちとの戦いは、魔獣を相手にするのとはまるで別次元の熾烈で恐ろしい戦闘だった。死がすぐそばまで迫り、その冷たい指先が首筋をかすめていくような感覚だった。


(現代の地球で生きていた頃は、〈死〉なんて遠くて実感の湧かないものだったのに。こっちではこんなにも近くにあるんだな。)


 そんなことを考えていると、アオイデが語りかけてきた。

 ― それは大いなる誤解であり、傲慢さでもあるよ。死は常に生の隣にあるものさ。

 君も、以前の人生で、突然訪れる死を経験したではないか? 生きとし生けるものすべては、いつか迎える死に向かって歩み続けている。

 そして、死と正面から向き合うことでこそ、人生をより激しく生きることができる。


(精霊がそんなこと、どうして分かるのですか?)

 疑念を込めて、ぶっきらぼうに問いかけると、アオイデはくすくすと笑った。


 ― 我は歌唱の精霊王だぞ? あらゆる詩や歌を司る。愛と死はまさに、その2大テーマとも言えるものさ。

 メメント・モリ―汝、自らが死すべき運命であることを忘れるな。

 君の元いた世界にも、良い言葉があるではないか。


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