33. 死闘の果てに(1/2)
激戦の跡には、荒い息遣いと、痛みに満ちた悲鳴が響き渡っていた。
「うわぁぁ! 俺の手がぁぁ!」
アルは酷い火傷を負った右手を抱え、地面を転げ回っていた。至近距離で爆裂魔法を使用したため、自身にもダメージが跳ね返ってきたのだった。
一方、ユニスは地面にへたり込み、リスティーンに撃たれた矢傷を押さえながら、涙と鼻水をぐしゃぐしゃにしながら号泣していた。
「うわぁ〜! 痛い! 死ぬかと思った〜!」
レオンとキアン、マックスボーンも全身血まみれで、大小無数の傷を負っていた。さらに、疾風のスキル〈ウォークライ〉の副作用で筋肉痛まで襲ってきていたが、アルとユニスの状態があまりにも深刻だったため、自分たちの痛みを訴えることもできずにいた。
フローラは急いでアイテム袋から治療ポーションを取り出し、レオンたちに渡すと、まずアルのもとへ向かった。アルの手は一部の骨が見えるほどに重傷だった。
フローラはアルの手を両手で包み込み、癒しの祈りを捧げた。火傷の傷が癒え、肌が再生されるにつれ、アルの痛みも徐々に和らいでいった。
「そんな至近距離で爆裂魔法を使うなんて。少しは考えなさいね。」
フローラがたしなめると、アルは珍しく言い返すこともなく、しょんぼりと顔を伏せた。
「ごめん。あの時は、どうにかして決めなきゃって、それしか頭になくて。他のことを考える余裕がなかったんだ。」
「これからは、ちゃんと考えてください。私がいなかったら、どうするつもりだったのですか?」
「うん。気をつけるよ。」
素直に返事をするアルの姿に、フローラは微笑んで、次にユニスの状態を確認した。濃い紫色に腫れ上がった太腿の傷を見て、フローラは呟いた。
「アリボの毒牙ね。入手の難しいアイテムのはずなのに。」
神聖術で解毒し、傷口に薬を塗って包帯を巻くと、ユニスはようやく落ち着きを取り戻した。
「本当に恐ろしい相手だった。魔法使いとしても、戦士としても、今まで見た中で一番強かったかも。疾風がいなかったら、やられてたわ。」
ユニスは涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を手のひらで拭いながら、身震いした。
次に重傷を負っているのは、キアンだった。フローラが継続して回復していたものの、体のあちこちに深い傷が残っていた。
「相手を倒すことも大事だけど、自分を守ることも同じくらい大切よ。今日、私がいなかったら、あなた何度死んでいたと思う?」
回復魔法をかけながらフローラが言うと、キアンは静かに頷いた。
「よく分かっている。ありがとう。」
キアンの視線が、フローラのぼろぼろに裂けたドレスの裾と、ところどころ滲む血に向かった。それは他人の血だけでなく、彼女自身の鮮やかな紅い血が、淡い黄色のドレスをはっきりと染め上げていた。
「血が。君は、大丈夫なの?」
キアンが手を伸ばしてフローラの傷を確かめようとすると、彼女は慌ててその手を払いのけた。
「大丈夫。これくらい、ただのかすり傷よ。」
そう言うと、素早く小さな薬瓶を取り出し、中に入った半透明の軟膏を比較的軽い傷に塗った。
鋭く刺すような痛みにキアンが思わず眉をひそめると、フローラはニッコリと微笑んだ。
「痛いだろうけど、傷にはすごくよく効く薬よ。みんな傷だらけだから、回復術だけでは、全部は治せないわ。手が届くところには自分で塗ってね。」
フローラは薬の小瓶をキアンに渡すと、次の傷の手当てに向かった。
忙しなく動き回るフローラを見て、順番を待っていた疾風は、毒針によるズキズキとした痛みをこらえつつ、アオイデに気になっていたことを問いただした。
(アオイデさん、あいつらが僕たちを狙って近づいてきたの。もしかして事前に気づいてたんじゃないですか?)
ティルヘススの時、あれほど遠くの出来事を察知していたアオイデなら、今回のこともあらかじめ分かっていたのではないか。そう疑っていたのだ。やはりアオイデは否定しなかった。
‒ 気づかなかったわけではないさ。
(知っていたなら、どうして教えてくれなかったんですか?)
‒ もし教えていたら、何か変わったと思うか? 遭遇のタイミングが少し遅れるだけで、いずれにせよ避けられない運命だったさ。ああいう連中は、一度獲物と定めたものはそう簡単に逃がさない。
やつらの失策は、こちらの戦力を見誤ったことだ。
それに、フローラはとうに気づいていたよ。でも、他の仲間には言わずに、マックスボーンだけに伝え、密かに準備を進めさせていた。つまり、あの子も我と同じ判断を下し、ここを戦場に選んだということだ。
(ここを戦場に選んだって?)
‒ こういう場合、一番最悪の状況は何だと思う? 目の前に強力な魔獣がいる状態で、あんな連中が背後から狙ってくることさ。
なら、いっそ奴らがこちらを侮り、油断しているうちに戦った方が、マシだったというわけだ。
(フローラがそこまで考えていたと思うんですか? まだ20歳にもなっていないのに?)
アオイデは静かに笑った。
─ あの子は、君たちが思っているより、ずっと奥深い存在だよ。
フローラはマックスボーンの傷の処置を終えると、疾風のもとへ向かった。レオンが『最後でいい』と主張したためだった。
毒針を抜き、矢傷を治療しながら、フローラは疾風を優しく労った。
「こんなに攻撃されながら、よく耐え抜いたわね。すごく痛かったでしょう?」
「みんな同じくらい大変だったさ。フローラが毒耐性の加護をくれなかったら、耐えきれなかったかもしれない。」
アオイデの言葉もあったが、フローラの活躍を見ていた疾風は、もしかすると、今回一番苦しい戦いをしたのは、彼女なのではないかと感じていた。
「君にもアリボの毒牙を使っていたね。君を妖精馬か竜馬だと認識したみたい。」
「前からたまに『竜馬』って呼ばれることがあったけど、それって正確にはどういう意味なの?」
「一般には魔界の馬を指す言葉よ。ドラゴンの血を継いでいるから、そう呼ばれるの。
妖精馬が特有の美しさと速さで知られているなら、竜馬はまさに戦闘のための、戦場の馬とされているわ。でも、妖精馬とは違って、今の時代の人間が竜馬を見ることはほぼないわね。魔界はずっと閉ざされたままだもの。」
「魔界が閉ざされた?」
疾風は首をかしげた。ファンタジーに登場する魔族は、大概人間の敵として、世界征服を企む悪役ではないのか?
「詳しくは知らないけど、どうもそちらの間でゴタゴタがあるみたい。たまに人間界に出てきて暴れる脱走者もいるようだけど、珍しいことよ。」
「ふーん、僕はまだこの世界のことをよく知らないんだな。」
やはり、間接的に情報を集めるのと、直接会話して得る情報とでは大きな違いがあると実感した。
最後にレオンの治療の番が回ってきた。武装を外すと、全身に無数の傷が刻まれていた。中には急所をかすめるような危険な傷もいくつかあった。
疾風は心配で目が離せなかった。もしかすると、レオンはこの戦いで命を落としていたかもしれない。そう思うと、体が震えた。あれほどの負傷を負いながらも、気を失わず、痛みで叫びすらしないことが、むしろ不思議なくらいだった。
「よく耐えましたね。レオンが敵の大将を最後まで抑えてくれたおかげで、勝つことができました。負傷しても急所をしっかり守ったことが勝敗を分けたと思います。」
フローラの称賛にも、レオンは照れくさそうに肩をすくめた。
「アルがそばにいてくれたからこそ、できたんだ。何より、フローラ、君がいなかったら、俺もアルも持ちこたえられなかっただろう。俺一人の力じゃ、到底勝てる相手じゃなかった。」
フローラは視線をデストロへと向けた。
「単なる野盗ではなく、誰もが数々の実戦を潜り抜けて鍛えられた強者ばかりでしたわ。回復術師を一人も置かず、攻撃手のみで構成していることからしても、相当な自信があったのでしょう。」
マックスボーンがため息混じりに呟いた。
「魔獣より人間のほうがよっぽど恐ろしいって、まさにその通りですね。」
「それにしても、マックスボーンさん、本当にすごかったですよ? いったい何人の頭を叩き割ったんです?」
アルが尊敬の眼差しを向けると、マックスボーンは手を振って苦笑した。
「こういう戦いでは、下っ端を何人倒すかより、大将を仕留めることのほうが重要です。実際、ボスを倒した途端、戦況が一気に変わったでしょう?
ヴァルラス卿とピートランド卿の功績のほうが大きいですよ。」
そう言いながら、マックスボーンは片目をつぶり、キアンにウィンクを送った。
「そして、ミラン卿もお見事でした。ああいう連中を相手にする時は、中途半端に手加減すると、逆襲されることが多いです。それを、一切迷わず、きっちり片をつけた。正直、少し驚きました。」
キアンは照れたように目を伏せた。
その時、何かを思い出したようにアルが口を開いた。
「そうだ! さっき、あの大将が降参すると言った時、キアン、お前本当に迷いなく切り捨てたよな。正直、俺はもう限界で、レオンに『ここらでやめよう』って言おうかと思ってたんだ。」
キアンはうつむき、謝罪した。
「出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした。」
「別に責めるつもりはないよ。今思い返しても、結局お前の判断が正しかったと思うし。ただ、あんな極限の状況で、迷いなく一刀のもとに斬り捨てたのは、正直驚いたってだけさ。」
アルは、キアンがこれまでどんな人生を歩んできたのか、その言葉の裏にどんな背景があるのか、内心気になった。しかし、それ以上は口にせず、胸の内にしまった。




