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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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30. 殺すか、殺されるか(2/4)

 疾風やタマのいる場所へ、刀とメイスを構えた2人の男が近づいていく。レオンなどが馬に乗るのを阻止するつもりだった。


 男たちが馬に近づいた瞬間、機を伺っていた疾風が、瞬く間に身を翻し、後ろ足で一人を思い切り蹴り飛ばした。


「コダン、気をつけ…。」

 アントンがいち早く異変に気づき、警告を発しようとしたが、疾風の動きの方が速かった。コダンは身を引いて回避しようとしたものの、結局疾風の蹴りをまともに受け、勢いよく吹き飛ばされた。


 地面に叩きつけられたコダンが苦しげにうめいて起き上がろうとしたところ、駆け寄ってきたマックスボーンのメイスがコダンの頭を粉砕した。


「この野郎!」

 マックスボーンに向かってアントンが飛びかかり、メイスを振り下ろした。マックスボーンは盾を持ってその一撃を弾き返し、即座に反撃に転じた。彼の盾はいつもよりはるかに小さい、直径50cmほどのサイズになっていた。



 一方、魔法使いディマセは刀を構え、キアンと対峙していた。見栄を注視する貴族の坊ちゃんなら、振り回しづらい長剣を使うだろうと予想したのだが、キアンが抜いたのは中程度の長さの剣だった。乱戦では長剣が不利になることを分かっている証拠だった。


「おい、坊ちゃん。その綺麗な顔に傷でもついたら、どうするつもりだ? おとなしく降参すれば、痛い目に遭わずに済むのになぁ?」


 ニヤリと笑って挑発してみたものの、キアンは無言のまま、無表情でディマセの攻撃を受け流し、冷静に反撃してきた。


 揺るぎない落ち着いた瞳を見て、ディマセは直感的に悟った。

(こいつは、思ったより手強い。親分は『人質にしろ』と言っていたが、簡単にはいかなそうだな。ならば、幻術でいくか。)


 ディマセが最も得意とする魔法は、敵の視覚や感覚を欺く幻術だった。実際には傷を負っていないのに、負傷したと錯覚させたり、仲間が負傷したり死亡したように見せかけ、敵の集中力を乱すのが得意技だった。


 中でも、ディマセ自身が大怪我を負ったふりをして、相手の油断を誘うのは、彼の好む手口だった。敵が騙され、隙を見せた瞬間、その喉を掻き切る─それがディマセにとっては最高の快感を与えた。


 幾度となく激しい攻防を繰り広げた末、ついにキアンの剣がディマセの右脇腹を貫いた。

「ぐっ!」


 ディマセは苦しげにうめき声を上げ、手から刀を取り落とした。そして、鮮血がにじむ脇腹を押さえ、ふらついた足取りでキアンに懇願した。

「た、頼む。助けてくれ…。」


 だが、それは幻術だった。実際よりも傷を深く見せ、相手の判断を狂わせる狙いだった。背後に隠した手には、短剣が握られていた。


 この状況で予想される相手の行動は、おおむね二つ ─ 殺すことを躊躇(ためら)うか、あるいは首を刎ねようとするか。どちらの選択肢であっても、わずかな隙が生まれる。その一瞬を突き、逆に相手の喉元へ刃を突きつけるのが、ディマセの狙いだった。


 しかし、キアンは、ディマセの目を真っ直ぐに見据えながら、予想とは異なる行動を取った。彼は迷いなく、腰に差していた細長い剣を引き抜くと、そのままディマセの首から胴体へと深々と突き刺した。


「がっ!」

 ディマセが振り下ろした短剣が、キアンの腕を鋭く切り裂いたが、キアンは一切動じることなく、握った剣にさらに力を込めた。


「どうして…?」

 完璧なはずの幻術が、なぜこの少年には通じなかったのか、ディマセには理解できなかった。


「知りたいか? 血の匂いと、お前の目だ。」

 キアンは冷たく答えた。


 死の恐怖に直面した者の目には、必ず動揺と混乱が(にじ)むものだ。キアンは、それを経験で知っていた。ディマセの目には、それがなかった。


 キアンは、ディマセの息絶えたことを確認し、すぐにマックスボーンを援護するために身を翻した。


 その時、ラポを避けて動いていたフローラがキアンに近づき、彼の腕をそっとなでた。白い光の粒子が傷を覆い、瞬く間に癒していく。


 キアンが言葉をかける間もなく、フローラは舞うように移動し、次はアルの元へ向かい、傷ついた手首に回復薬を吹きかけた。


「ラポ! 何をしている! 早くあの女を捕まえろ!」

 デストロが叫んだ。


「やってるわよ!」

 ラポが苛立った声で返した。


 派手なドレスを着た少女一人を捕まえるくらい、野の花を摘むより簡単なはずだった。しかし、フローラは煙のように、もう少しで掴めそうになるたび、するりと指の間を抜けていった。


 暗闇の中でも、彼女の白い顔だけははっきりと視界に映った。まるで鬼ごっこを楽しんでいるかのように微笑む、彼女の表情を見るたび、苛立ちが募ると同時に、どこか背筋が寒くなるような感覚があった。


(幻術か? あいつ、ただの女じゃねえ、化け物だ。)

 ラポをかわしながらも、レオンたちの傷を次々と治していくフローラの存在により、戦闘は当初の想定よりも長引いていた。


「ケーニヒ、お前もラポと一緒にあの女を仕留めろ。でなければ、終わらない。」

 デストロが命じた。


 ラポに加えて、ハンターのケーニヒもフローラを狙い始めた。

 フローラの動きが変わった。彼女の姿がスローモーションのように残像を引きながら、滑るように動き始めた。


 *** ***


 一方、ユニスは戦闘の序盤、外から毒針を放ちレオンやアルを狙ってくる敵を発見し、矢を放って応戦しながら外へと飛び出した。

 それを見たフローラが、ユニスに毒耐性の加護を与えた。


「おやおや、エルフのお嬢さんのお出ましか。」

 地面を転がってユニスの矢をかわした魔法使いリスティーンが、口元に笑みを浮かべ、手に持った笛をそっと唇に当てた。リスティーンから毒針が飛んだ。


 ユニスは俊敏に動き、矢を連射して応戦した。ユニスの矢がリスティーンの脇腹に突き刺さると同時に、リスティーンの毒針もユニスの胸へ向かって飛んだ。


 だが、ユニスは怯まず、数本の矢を一度に掴むと、次々と連射しつつ、一気に距離を詰めた。接近すると、素早く剣を抜き、リスティーンに斬りかかった。


 リスティーンは、中剣でその一撃を受け止めると、水の魔法でユニスを弾き飛ばし、再び間合いを取った。


「随分と積極的だね? 森のエルフが人間のために、そこまで必死になる必要はないだろうに。もしかして、恋人でもいるのか?」


 リスティーンの挑発に、ユニスは眉をひそめた。

「恋人? 私がここにいるのは、疾風のためよ。」


「疾風?」

 リスティーンは、レオンのことを思い浮かべ、首をかしげた。

「似合わないほど野暮ったい名前だな。まあ、どうでもいいわ。すぐに俺の恋人の手で死ぬんだから。」


 そう言い合いながらも、二人は矢と毒針を撃ち合い、距離が縮まるたびに剣を交えて攻防を繰り広げた。


 ユニスの矢は何本もリスティーンに命中していたが、ユニスもまた何本もの毒針を受けていた。それでも、彼女は一歩も退く気配を見せなかった。


(毒耐性があるのか? それとも加護か?)

 リスティーンは矢傷の痛みに耐えながら、絶え間なく詰め寄るユニスの攻撃を魔法で迎え撃った。


 毒針を放つ武器をしまい、小型のクロスボウへと持ち替えると、腰の革ケースから一本の矢を取り出した。その矢の先端は金属ではなく、象牙のような黒い素材を鋭く削ったものだった。矢を番えたリスティーンは、片手に水の球を作り出し、ユニスに向かって放った。


 ユニスは水の攻撃をかわしながら、矢を射った。ユニスの矢がリスティーンの肩に突き刺さると、リスティーンの矢がユニスの左腿に突き刺さった。


「ぎゃああっ!」

 これまで毒針の攻撃によく耐えてきたユニスが、苦痛の叫びを上げ、地面を転がった。


 リスティーンは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「やはり、精神系の存在にはアリボの毒牙が即効だな。」


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