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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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27. 湿地での晩餐

 治療と回復がひと段落した後、魔法使いのジーフレットが疾風に近づき、丁寧な態度で話しかけてきた。

「失礼ですが、もし私の見間違いでなければ、あなた様は精霊術をお使いになったのではありませんか?」


 心の中ではしらばっくれて誤魔化(ごまか)したかったが、あれだけ大声で歌いながら暴れ回った後では、今さら、しらを切るのも無理があった。疾風は渋々認めるしかなかった。

「ええ、まあ、そういうことになりますね。」


 ジーフレットの他の仲間は、疾風がティルヘススを踏みつける場面は見ていたものの、その前の状況は魔物との戦いに集中していて見ていなかったらしく、疾風の答えを聞いた途端、驚愕の表情を浮かべた。

「あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「疾風と申します。」

 ジーフレットはユニスをちらりと見た後、さらに質問を続けた。

「人間の言葉を話し、精霊術を操るとは、一般の馬であるはずがありませんね。妖精馬か、それとも竜馬でいらっしゃるのですか?」


 すると、疾風が答えるよりも早く、マックスボーンが胸を張って代わりに答えた。

「疾風殿は、異世界から来られた英雄戦士であらせられます。神の手違いなのか、何らかの理由があるのかは、まだ定かではありませんが、現在は馬の姿を取っておられます。しかし、いずれ本来の勇者としての姿を取り戻されるでしょう。」


「はぁっ!?」

 疾風はあまりのことに言葉を失った。まさか、マックスボーンの中の〈自分像〉がここまで勝手にアップグレードされているとは、夢にも思わなかった。


(マックスボーン、君ってやつは! 人間の姿になれるかどうか、僕自身も分からないってのに、どうしてそんな確信を持って言えるんだ! 僕を一体何様にするつもりだよ?)


 心の中で絶叫していると、アオイデは大笑いしていた。

 ‒ いやぁ、最高だな、この英雄譚! 我は、好みだぜ〜!

 疾風は気が狂いそうだった。外からも内からも、なんなんだこの大混乱の宴は。


 呆然とする疾風の様子を、肯定の意と受け取ったのか、ジーフレットは感嘆の表情を浮かべた。

「お目にかかれて、誠に光栄です、疾風殿。」

 疾風はもう返事をする気力もなく、軽く会釈をすることで応じるしかなかった。



 本格的に魔獣の解体作業が始まった。

 ティルヘススは、10本の触手それぞれが魔法使いの魔力封印に使われる高価な魔道具の材料であり、さらに爪、眼球、舌、尻尾、体表の粘液に至るまで、薬剤や魔法軟膏の材料として取引されるため、混沌の地に捕獲する魔獣の中でも、高級な戦利品に分類される存在だった。


 特にその魔石は、装着者の体力と筋力を強化する効果を持つため、非常に高値で取引される。残念ながら今回の2体からは魔石が出てこなかった。


「実のところ、ティルヘススは、他の魔獣よりも魔石を得るのが難しいんだ。仮に魔石があったとしても、最後に爆裂魔法を使うときに破壊される可能性が高いからね。」

 アルの説明に、ユニスが尋ねた。

「じゃあ、爆裂魔法を加減して使えばいいんじゃないの?」


 アルはため息をついた。

「血をどんどん吸われながら必死で戦ってる最中に、魔力の調整なんて、うまくできるわけないだろ? 弱く撃ったら、こいつが死なないかもしれないし。だから、全力で叩き込むしかないんだよ。」


「触手10本だけでも、十分な収穫です。他の素材もいい値段で取引されますし。

 ところで、アルの頭にあるそれ、ティルヘススの拘束具ですよね?」

 フローラが、アルの頭を束ねている黒い紐を指さした。


「うん、よく分かったね。今回の任務に就くときに支給されたものだよ。」

 アルは誇らしげに胸を張った。


 疾風がラダメイン一行を支援したものの、レオン側の提案で、それぞれ一体ずつ討伐したことにして、戦利品も公平に分けることになった。


 ラダメインたちは、疾風とレオンたちの助力に感謝の意を込めて、10本の触手のうち5本を譲ると申し出たが、レオンたちは丁重に辞退した。


「体力回復と栄養補給を兼ねて、今夜はこれを食べましょう。体に良いだけでなく、焼いてもスープにしても美味しいですよ。」

 ティルヘススの分厚い肉を見て、フローラは食欲をそそられた様子だった。


 戦闘と解体作業にかなりの時間を費やしたため、皆空腹が限界に達していた。少し早い時間だったが、夕食の準備を始めることにした。


 フローラの指揮のもと、ティルヘススの肉を使った焼き料理とスープが作られた。肉を大きめに切り分け、軽く蒸した後、塩気の効いたタレを塗って網の上で焼き上げたグリル肉は、柔らかくもちもちとした食感に、程よい脂が加わり、皆の舌を唸らせた。


「これ、めちゃくちゃ美味いな。レストランで売ったら、絶対に大繁盛するぞ。ユニス、それ食べないなら俺にくれよ。」

 アルはあっという間に自分の分を平らげると、ユニスの皿に目をつけた。


 しかし、ユニスは冷たく皿を引っ込めた。

「じっくり味わってるの。」


「肉はたくさんあります。おかわりしたい方はどうぞ。」

 フローラは、キアンと並んで炎の前に座り、次々と肉を焼き続けていた。


「ありがとう。いただきます。」

 アルは遠慮せず、焼きたての肉をさっと受け取った。


 レオンは申し訳なさそうに言った。

「俺たちだけ食べていて悪いね。交代しようか?」


 司祭マケオも口を開いた。

「こんなに遠慮なくいただいてばかりで申し訳ありません。私たちに何かお手伝いできることはありませんか?」


 フローラは首を横に振った。

「大丈夫ですよ。味付けしたものは、ちょっと油断すると、すぐ焦げてしまうので、焼くのにコツが要ります。合間に食べながらやっていますので、気にせず、たくさん召し上がってください。」


 マックスボーンは香味野菜がたっぷり入った澄んだスープをすするなり、親指を立てた。

「いやあ、脂っこくて、ちょっと重いかなと思ったけど、このスープを飲むと、口の中がさっぱりしますね。焼き肉と一緒ならいくらでも食べられそうです。」


「本当に。すっきりしていて爽やかな味わいですね。故郷の料理を思い出します。」

 西大陸出身のソティもそう言って頷いた。


 たっぷりの野菜と香辛料で煮込んだ澄んだスープは、あっさりしながらも、口の中の脂をさっぱりと洗い流してくれる味だった。


「ティルヘススが食材になるとは、知っていましたが、まさかこんなに美味しいものだとは思いませんでした。それも、他でもない混沌の地でこんな料理を味わえるとは。」

 ジーフレットは感慨深げに言った。



 休息も兼ねて、その場で二日間を共に過ごした両チームは、3日目の朝食を終え、それぞれの道へと向かった。


 ラダメイン一行は、ここから最も近い安全都市フレティオミに行って、しばらく休む予定だったため、レオンたちとは進む方向が逆だった。


「いろいろと、ありがとうございました。バイアフまではかなり距離がありますが、お気をつけて。いつかまたご縁があればお会いできることを願っています。」

 ラダメインはレオンと握手を交わし、一行とともに歩き出した。


「疾風殿、お会いできて光栄でした。」

 ジーフレットが疾風に向かって手を振った。


「ええ、ご無事で。」

 疾風もそう返した。

 無駄に注目を集めることを避けるため、ラダメイン一行には疾風について口外しないよう頼んでおいた。


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