22. 挑戦を決める
ユニスから精霊との契約の話を聞くなり、アルは否定的な反応を示した。
「精霊と契約を結ぶのは、誰にでもできることじゃない。まず契約希望者が精霊の気に入らなきゃいけない。精霊ってのは気まぐれだから、予測がつかないんだ。
仮に気に入られたとしても、過酷な試練を乗り越えなきゃならないし、失敗した時のリスクが大きすぎる。精霊術師が滅多にいないのはそういう理由だよ。」
ユニスはアルとは意見が違っていた。
「間違った話ではないけど、疾風は特別だから、精霊が気に入る可能性もあるわ。精霊も面白いものが好きだもの。それに、試練を耐え抜けるかどうかは、疾風の精神力と意志の強さ次第よ。」
「危険かもしれないって言ったけど、具体的にどんな危険がある?」
レオンが真剣な口調で尋ねた。
「契約を結ぶには、精霊から課される試練を乗り越えなきゃならない。特に上級以上の精霊と契約するには、相当厳しくて過酷な試練を通過しないといけないわ。
どんな試練なのかは、私も分からない。契約希望者の条件や状態によって、その都度、違うって話もある。でも、ものすごく苦痛で大変な過程だってことは知られているわ。」
「疾風が、そんな試練に耐えられるのか?」
「それはさっきも言った通り、疾風次第よ。」
ユニスの答えを聞いて、レオンは複雑な表情で疾風を見つめた。
疾風は、レオンが反対するのではないかと内心気がかりだった。レオンの表情から、この件に反対する気持ちが感じられたが、
レオンはそれを言葉にはせず、ユニスにさらに質問を続けた。
「試練を乗り越えられなかったら、どうなるんだ?」
「試練に耐えられず、精神が崩壊することもあるわ。試練を乗り越えるには、それ相応の精神力と強い意志が必要なの。精霊は決して、誰にでも力を貸してくれるわけじゃないから。
もちろん、精神が崩壊する前に、契約の失敗を認めれば、そういう事態は避けられる。でも、契約に失敗した場合は、代償を支払わなきゃならないわ。命を奪われることだってある。
ただ、私みたいな仲介者がいる場合は、その負担を分け合うこともできるの。追加で別の代償を約束することでね。」
この話の流れで、フローラが口を挟んだ。
「ユニスが仲介して負担を分けるってこと?」
「疾風が挑戦を望むなら、そのつもりよ。」
「どうして? そんなことをする理由があるの?」
「あ〜、相変わらず疑い深いわね。」
ユニスはため息をついた。
フローラは冷静な表情で答えた。
「理由のない好意など、ないから。」
「面白そうだからよ。疾風って特別で、見ていて楽しいもの。」
「たかが、そんな理由で、危険を一緒に背負うっていうのか?」
アルも疑わしそうな反応を見せた。
ユニスは眉をひそめ、再び深くため息をついた。
「人間って時々、無駄に深刻になりすぎるのよね。面白いことを追求するのがそんなに悪いこと? 何かすごい理由を期待してたなら、ごめんなさいね。
でもね、疾風が声を手に入れたら、これからもっと面白いことが増えそうじゃない?」
それまで黙っていたキアンが口を開いた。
「ユニスは、疾風の精神力がその試練に耐えられると思っているのか?」
「そう思うからこそ、この意見を出したのよ。」
「何を根拠にそう判断した?」
「疾風は本当に特別よ。考えてみて。別の世界で英雄戦士として壮絶な死を遂げたのに、いきなりこの世界で馬として生まれ変わったのよ?
普通なら、絶望して投げやりになってもおかしくないのに、疾風は諦めずに、ずっと別の可能性を探して努力してきた。それだけでも、ものすごい精神力じゃない?」
ユニスの言葉を聞き、仲間たちは納得したようで、改めて疾風を尊敬の眼差しで見つめた。
疾風は、その場で穴を掘って隠れたくなる気分だった。確かに諦めずに努力はしてきたが、最初のささいな嘘と、それによるマックスボーンの誤解が生んだ波紋はあまりにも大きく深かった。
(軽々しく嘘をついちゃいけないんだな。)
悲しく後悔しつつ、疾風はしょんぼりと俯いた。
ともかく、疾風の精神力については、これで皆が納得したようだった。
すると、フローラが再びユニスに尋ねた。
「じゃあ、失敗した場合の代償として、何を考えているの?」
「交渉してみないと分からないけど、私は魔道具の職人だから、その方面で提案するつもりよ。ちょうど音に関するいいアイテムを持ってるしね。
疾風自身も、何を代償にするか決める必要があるけど。」
皆の視線が疾風に集まった。
疾風は文字盤を指し、隣のマックスボーンがそれを代読した。
【俺が差し出せるものなんてあるのか?】
ユニスが答えた。
「命以外なら、普通は身体の一部とか、自分が持っている何らかの機能や才能を差し出すことが多いわね。」
疾風は考え込んだ。
身体の一部は絶対に無理だし、機能や才能なら何があるだろう?しばらく悩んだ末、疾風は再び文字盤を指した。
マックスボーンは一瞬止まり、恥ずかしそうに読み上げた。
【…性機能とかどう?】
男たちの間に、気まずい沈黙が流れた。
一方、ユニスとフローラは大笑いし、ユニスは目尻に滲んだ涙を拭いながら言った。
「それは斬新ね! 確かに、男にとってはめちゃくちゃ大問題だわ。」
疾風は平然と文字盤で答えた。
【だれかさんのおかげで、子孫ももう見たし、思い残すことはないよ。】
フローラは笑い終えた後、ユニスに尋ねた。
「どう? これで万が一に備えた準備は整ったと思う?」
「まあ、一応ね。あとは疾風の決断次第で、挑戦してみるだけよ。」
疾風の心は当然ながら挑戦する方向に傾いていた。試練がどれほど過酷なものかは不安だが、もしここで挑戦しなければ、この先も自分の現状を変えることはできないような気がした。
疾風にとって、この旅の目的は『今の自分を変えること』だった。
疾風は以前、キアンに語った言葉を自分に言い聞かせた。
(挑戦してみよう。どんな試練であろうと、挑んで耐えてみせる。運命を変えたいなら、自ら動くしかない!)
それに、もし命を賭けなければならないのなら、もっと迷ったかもしれないが、性機能程度ならいくらでも捨てる覚悟があった。
【挑戦してみたい】
「いいわ。試練を受けて、どうしても無理だと思ったら、降参すればいい。
ただし、その時にすぐ『性機能を差し出す』なんて言っちゃダメよ。その前に、しっかり悩んでいるフリをしなさい。
あまりに簡単に諦められるものだと気づかれたら、別のものを要求されるかもしれない。大切なものでなければ価値は下がるものだからね。精霊は決して優しい存在じゃないのよ。」
ユニスが念を押した。
【わかった】
もし失敗した場合、まずは性機能を差し出すことで交渉し、それが受け入れられなければ、「結束」や「威圧」といった特殊なスキルもあるし、何とかなるだろうと考えた。
「よし、それじゃあ雨が止むのを待って、実行に移そう。」
ユニスがそう言うと、疾風は決意を込めて力強く頷いた。




