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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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21. 声を借りる方法

 エルフの村に入る前は鬱蒼(うっそう)とした森だったが、そこを出ると、外の世界はぬかるんだ湿地へと変わっていた。これで水不足の心配はなくなったが、高湿度と無数に湧く虫たちが一行を苦しめた。


 それでも、エルフの村で過ごしている間に真夏の暑さがピークを過ぎ、少しずつ和らいできたのは幸いだった。


 そんな中、湿地に降る激しい雨が、状況をさらに悪化させた。一行は、運良く洞窟を見つけ、そこで雨宿りをすることにした。幸い洞窟の中はかなり広く、疾風や馬たちも雨を避けて中へ入ることができた。


「極端すぎるよな。砂漠じゃ、水がなくて苦労したのに、今度は水害で苦しむ羽目になるなんて。」

 激しく降りしきる雨を見ながら、アルが文句を言った。


「でも、ここを見つけて本当によかったよ。そうじゃなかったら、あの雨に打たれっぱなしになるところだった。」

 レオンはびしょ濡れになった服の水を絞った。



 疾風は、洞窟の奥でマックスボーンの世話を受けていた。エルフの村を出て以来、疾風とレオンの間には微妙な沈黙が流れていた。


 疾風が頑なに口を閉ざし、不機嫌な態度を隠そうともしなかったため、レオンは彼の機嫌を伺いながら、静かにしているしかなかった。

 エルフの村で結んだ紳士協定により、誰も先に疾風の件について口を開こうとはしなかった。


 ユニスはしばらく雨が降る景色を眺めていたが、とうとう退屈したのか洞窟の奥まで入って見回り、すぐに戻ってきた。

「コウモリしかいないし、特に何もなかったわ。」


 ユニスは一行の中では最年長だったが、エルフとしてはまだ若者の部類に入るため、大人扱いされるのを嫌がっていた。そのため、最後まで遠慮し続けたマックスボーンを除き、レオンたちとは砕けた口調で話すことにしていた。


「コウモリ?」

 アルが眉をひそめ、ちらりとフローラの方を見た。


 フローラは興味なさそうに言った。

「心配しないで。食べようとはしないから。食べることはできるけど、今はそういう気分じゃないの。」


「そりゃ助かる。」

 小さく言ったアルは、レオンにそっと囁いた。

「どんな気分の時に、コウモリを食べたくなるんだろう?」


 ユニスはその後も洞窟の中をうろついていたが、退屈そうに地面を見つめている疾風に近づき、マックスボーンに尋ねた。

「疾風と話すには、どうすればいいですか?」


 マックスボーンは荷物の中から自作の文字盤を取り出した。

「私たちは普通に話しかけて、疾風はこれで答えます。試してみますか?」


「やってみるわ。」

 文字盤を使わずに会話できるのは、長老のティリエンのようなレベルだけらしく、ユニスも文字盤を受け取った。


 その時、レオンが慌てて近づき、疾風の様子を窺いながら小声で囁いた。

「ユニス、村でのことは。」


「分かってる。」

 ユニスは笑いを堪えながら小さく答えた。レオンたちの紳士協定については、ユニスも村を出る前に聞いて知っていた。


 レオンが立ち去ろうとしたその時、疾風が文字盤を指した。

【レオン】


 それを見たユニスがレオンを呼び止めた。

「レオン、疾風が何か言いたいみたい。」


 レオンは普段とは違い、慎重な態度で疾風のそばに立ち、文字盤を覗き込んだ。

 疾風が再び文字盤を指した。

【二度とするな】


 しばし沈黙した後、レオンは頷き、疾風の頭を優しく抱きしめた。

「分かった。ごめん。」


 疾風は短くため息をついた。今さらレオンを責めてもどうにもならない。それに、レオンの性格を考えれば、あの件を主導したとは思えなかった。きっと、アルかマックスボーン、いや、十中八九アルに違いない。

(過ぎたことは過ぎたこととして置いておこう。)


 レオンが少し肩の力が抜けたような顔でその場を離れると、ユニスが疾風の隣に座った。

「あなたは、別の世界から来たんだって? そこにも私たちみたいな種族はいるの?」


 質問する相手によって、異世界についての興味が変わるのが面白いと思いつつ、疾風が答えた。

【本や物語では聞いたことがあるけど、直接会ったことはない】


「そりゃそうよね。こっちでもエルフと人間の接点なんて、せいぜい混沌の地くらいだもの。

 私も人間とこんなに近しく過ごすのは今回が初めてよ。それで、前の世界で私たちに似た種族はどんな存在なの?」


【どんな存在って?】

「見た目とか特徴とか、そういうの。」


 疾風(ユリ)にとってエルフといえば、特に父親が大ファンで何度も一緒に観た映画『ロード・オブ・ザ・リング』のイメージが強烈だった。だが、これまで他の人には『前の世界もここもそこまで大きくは違わない』と説明してきたので、エルフが〈架空の存在だ〉とは言いづらかった。そこで、頭の中にあるエルフのイメージを適当に説明した。


 ユニスにとってはあまり面白くない話だったのか、彼女は時々考え事をして、文字盤の内容を見逃してしまった。


「うーん、これってすごく不便ね。ずっと集中して見てなきゃいけないし、ちょっとでも見逃すと話の流れが分からなくなる。」

 ユニスがぼやいた。


【僕も声で話せたらいいけど、今の状態じゃ無理みたいだ】

 昔のように、意思疎通が全くできないよりはマシだが、それでも文字盤を使ったコミュニケーションは、疾風にとっても不便で煩わしいものだった。


「あなた自身の本来の声じゃなくてもいいなら、音に関する精霊と契約して声を借りる方法もありそうだけど。」

 ユニスが何気なく呟いたその言葉に、疾風の耳がピクンと反応した。


 どうせ馬の体なのだから、嘶き以外に元の声なんてあるわけがない。ならば、誰の声であれ、問題はないではないか?


 疾風は興奮して聞き返した。

【本当? そんなことができるの?】


「契約に成功すれば可能かもしれないわ。音の精霊なら、どんな音でも表現できるし。」

【どうすれば契約できる?】

 精霊との契約なんて、まさにファンタジーの王道ではないか? そんな点でも心躍る話だった。


「簡単なことじゃないから。軽々しく決められる話じゃないわよ。」

 ユニスは彼女らしくなく慎重な態度を見せた。


 しかし、疾風にとっては極めて重要な課題だった。人言が話せることは、畜生からの脱却の第一歩とも言える問題だった。挑戦できるなら、挑戦したいという強い意志を示すと、ユニスはこの件を仲間にも知らせようと提案した。


「私とあなただけで決めて、もしあなたに何かあったら。いや、何もなくても、あの人たちが私をただでは済ませないと思う。」


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