18. 肉体は精神を制する
自分をめぐる計画が進んでいることも知らず、疾風はその頃、タマやソヨカゼと共に馬小屋で過ごして、様々な考えを巡らせていた。
ティリエンが自分のことを見抜いたことに一時は興奮したものの、フローラの取り持ちで、彼と再び会った際に聞いた、奇妙な言葉が頭から離れなかったのだ。
ティリエンは、疾風が別の世界の人間だったことを見抜いただけでなく、文字盤を使わずに自由に会話ができる、初めての存在だった。まさに、疾風が夢にまで見た大賢者だった。
だからこそ疾風は、この世界に来て初めて、自分のすべてをティリエンに打ち明けた。人間としての記憶を取り戻した瞬間から今までに起こったこと、そして現在抱えている不満や不安について、詳細に語った。
ティリエンは、嵐のように溢れ出る疾風の話を、静かに耳を傾けて聞いていた。
「僕が人間に戻る方法はありませんか?」
たとえ人間になって、ただの厄介者になるとしても、少しでも可能性があるなら、知りたいという思いで問いかけると、ティリエンは答えの代わりに、不可解な言葉を口にした。
「君がこの世界に来て馬になったのは、宇宙の理によるものでもあるが、君自身の選択があったからだ。」
「選択、ですか?」
あまりのことに言葉を失った。宇宙の理とかいうのはともかく、自ら進んで馬になりたいと願うような狂った人間がいるものか?
「どういうことですか? 私には到底。」
まったく納得できず、唇を震わせる疾風を見つめ、ティリエンは悲しげな目を向けた。
「申し訳ないが、それ以上は言えない。私もこの世界の住人として生きる身だ。超えてはならない一線がある。」
それを最後に、ティリエンからその件についての説明を聞くことはできなかった。
彼にすら許されていない領域とは何なのか―疾風には知る術がなかった。
「では、私は、これからどうすればいいのでしょう?」
絶望に沈み、最後にそう尋ねると、ティリエンは静かに疾風の顔を撫でながら、慰めるように言った。
「君はよくやってきた。これからも君だけの道を切り開いていってほしい。」
『私だけの道』——疾風はその言葉を何度も何度も噛みしめた。
ティリエンとの対話を振り返ってみると、彼は『人間になれる』とも言わなかったし、『なれない』とも言わなかった。
可能性はあるのか、ないのか。そして『今の状態に自らの選択があった』というのは、一体どういう意味なのか。答えのない疑問ばかりが残された気分だった。
唯一の慰めは、『よくやってきた』という言葉だった。その正確な意味は分からないが、恐らく、諦めず、ただの馬として生きる道に甘んじるのではなく、どうにかして道を切り開こうともがいてきたことへの、小さな称賛ではないだろうか。
(今まで通りに生きろってことか? せっかく親切をくれるなら、もう少し具体的に説明してくれればいいのに。
なんだって、こんな禅問答みたいに曖昧なのよ。)
考えに考えを重ねているうちに、頭がズキズキしてきた。
ズキンと痛む頭を左右に振りながら、外に出て風に当たりたいと思っていたところへ、エルフたちがぞろぞろと馬小屋に入ってきて、疾風を連れ出す準備を始めた。
ちょうど外に出たかったところだったので、疾風は喜んで彼らについて行った。
エルフたちは、疾風を湖畔へ連れていき、甘い香りのする液体を体にかけ、隅々まで丁寧に洗い始めた。
春風のように柔らかい手つきで世話をされていると、痛んでいた頭がすっきりし、自然とまぶたが落ちてきた。次に、エルフたちは湖の澄んだ冷たい水で疾風の体を洗い流し、ふわふわで柔らかい布で拭いてくれた。
それが終わりではなかった。彼らは風の精霊を召喚し、そよ風で心地よく体を乾かした後、黄金のブラシでたてがみと尻尾を優しく梳いてくれた。
花のごとく美しいエルフたちが、小鳥のさえずりのように透き通った声で囁きながら、愛情深い手つきで世話をしてくれる。
その状況に、戸惑いながらも決して悪くはなかった。いや、悪くないどころか、この世のものとは思えないほどの至福だった。
(馬になって、こんな贅沢が味わえるなんて。世の中には本当に色々なことがあるものだね。)
次に、エルフたちは、疾風をさっきの馬小屋ではなく、別の場所へ連れていき、今まで食べたことのない芳しい草や様々な果物、そして神秘的な金色の輝きを放つ妖精の蜜やロイヤルゼリーなど、想像もできなかったご馳走をふんだんに与えた。
(僕だけこんな贅沢していいの? タマやソヨカゼは何か食べてるのかな?)
自分だけが享受するあまりの豪華さに、馬小屋に残した仲間の馬たちへ申し訳ない気持ちすら湧いてきた。
*** ***
そして、問題の日。
エルフたちは、疾風を再びどこかへ連れて行った。何の疑いもなく素直についていったが、途中から妙な気分になった。まるでジェットコースターが頂上へ登るときのように、心臓がキュッと縮まり、鼓動が高鳴る。
わくわくするような気もするし、背筋がぞくりとするような怖さもあった。
何かに強く引き寄せられるような感覚。行ってはいけない気がするのに、同時に行きたくてたまらない。相反する感情が渦を巻いていた。
そして、到着したそのところには、柵に囲まれた広々とした青々しい草原が広がり、その上で見るからに美しい妖精馬たちが彼を待っていた。妖精馬たちの体からはほのかな光が漂い、どの馬も魅惑的な姿をしていた。
(こ、これはまさか妖精馬のハーレム?)
ようやく状況に気付き、慌てて後ずさろうとしたが、思うように筋肉に力が入らなかった。
エルフたちは華やかに微笑みながら、疾風を妖精馬たちのもとへと導いていく。
気持ちとは裏腹に、脚は勝手にそちらへ向かっていた。
(ダメだ〜!精神は肉体を支配する、精神は肉体を支配する!)
かつて発情期の牝馬たちの前で自制したときの言葉を呪文のように唱えてみたが、今回はどういうわけか、その呪文がまったく効かなかった。




