17. 疾風、狙われる?
ティリエンはフローラの手を引き、白い大樹の裏手へと歩いていった。
少し離れたところから、ユニスが静かにその後をついていった。
「この術を、誰から受け継いだのか教えてもらえるか?」
「それは、申し上げられません。」
フローラは、それ以上語るまいとするように口を固く閉ざした。
ティリエンは無理に聞き出そうとはしなかった。
「この神聖術は、森のエルフの始祖とされるエンナリエル様が、太古の神聖なる意志から授かったものだと伝えられている。
今では我々の間でも忘れ去られてしまったが。幼い頃、一度だけあのお方がこの術を使われるのを見たことがある。当時の名は〈聖なる世界樹の祝福〉だった。
数万年に一度しか花を咲かせぬ世界樹が、その雄大な枝を天に広げ、世界を覆うかのように咲き誇る。それは、まさに壮麗で美しく、神々しい祝福の光景だった。」
ティリエンは目を閉じ、微笑みを浮かべ、遠い日の記憶を懐かしむように語った。
フローラは何とも言えぬ表情で、そんなティリエンの横顔をじっと見つめていた。
*** ***
レオンたちはディトリオス村長と対面し、挨拶を交わした後、宿泊場所へと案内された。
ティリエンの客人であることもあってか、ディトリオスをはじめ、エルフたちはみな親切で友好的だった。しかし、中でも疾風に対する関心はひときわ大きかった。
最初は、ティリエンが疾風について語った言葉が理由なのだろうと思っていたが、どうもそれだけではなさそうだった。その疑問は、ディトリオスのレオンへの申し出によって解消された。
「疾風は本当に素晴らしい馬です。実のところ、我々は人間の馬にはあまり興味がないのですが、疾風は別格です。これほど美しく、威厳に満ちた馬は、今まで見たことがありません。
ちょうど、我々の妖精馬の中で繁殖期を迎えたのが何頭かおります。そこで、ご相談なのですが、疾風を交配に参加させていただけませんか?
もし応じていただけるなら、生まれた仔馬のうち一頭をお譲りしましょう。」
レオンは困った表情を浮かべた。こういった提案を受けるのは一度や二度ではなかった。だが、疾風は本能に逆らうように、これまで交配を頑なに拒んできた。
今では、疾風が前世で人間だったことを知っており、彼が嫌がることはできないと思っていた。一方で、疾風の子孫を見たいという気持ちも強かった。
レオンがすぐに返事をできずにいると、アルが突然口を開いた。
「疾風の子孫につきましては、エレンシア王国のフィオール・ノアセルン陛下が第一の権利をお持ちです。」
横でマックスボーンも口を挟んだ。
「その通りです。もし疾風が仔馬を持つことになった場合、その最初の一頭は必ずフィオール陛下のものとなります。」
ディトリオスは、何のことか理解できずに困惑したが、アルとマックスボーンの表情はひどく真剣だった。
「アル、言いたいことはわかるけど、まずは疾風に聞かないと。」
レオンがそう言いかけたところで、アルが素早く話を遮った。
「レオン、俺もお前の言いたいことはわかる。でも、正直に言って、お前は疾風がこのまま子孫を残さず終わってもいいの? 疾風の仔馬を見たくないのか?」
「そりゃ、見たいさ。でも疾風が嫌がるなら。」
「疾風が嫌がらなければ、問題ないだろ?」
何を言っているのかと思い、アルを見つめると、アルはディトリオスに向き直って言った。
「ディトリオス様、疾風の仔馬の一頭を、エレンシアのフィオール陛下へ、もう一頭をレオンに譲ると約束していただけるなら、私たちは全面的に賛成します。
ただし、疾風には決して無理強いしないこと。彼自身が納得するように導いてください。」
「それを、そもそも無理強いする必要なんか、あるのですか?」
ディトリオスは、理解できないといった様子で首を傾げた。
レオンが口を開こうとしたら、アルが素早く手を伸ばして彼の口を塞ぎ、代わりに答えた。
「疾風は繊細で、目が高いです。これまでずっと牝馬を拒んできましたからね。」
ディトリオスはその説明に納得したようだった。
「なるほど、それほどの馬なら、確かにそういうこともあるかもしれませんね。しかし、ご安心を。我々の妖精馬なら、きっと気に入るでしょう。」
「では、疾風の仔馬を2頭、我々に約束していただけるなら、この件は合意としましょう。」
「ふむ、2頭以上は確保しなければならないのか。」
少し考え込んでいたディトリオスだったが、やがて頷いた。
「わかりました。そうしましょう。しかし、多少時間がかかると思います。その間はどうかここでゆっくりとお過ごしください。」
話を終えたディトリオスは外へ出ると、エルフたちに指示を出した。
「急いで他の村へ行き、繁殖期に入った牝馬を集めてくるのだ。最低でも3頭は産ませる必要があるから、できるだけ受胎の可能性を高めねばならん。」
一方、部屋の中では、アルとマックスボーンが熱く抱き合い、感激の涙を流していた。
「さすがです、ピートランド卿! まさに英雄的な交渉でした!」
「これで、少なくとも俺たちの命は保証されたと思っていいですよね? マックスボーンさん。」
「もちろんです。妖精馬なのですから。陛下もきっと大満足されるでしょう。」
二人の様子を見ていたキアンが、彼にしては珍しく口を開いた。
「結局、お二人が生き延びるために、疾風を犠牲にしたわけですね。」
「犠牲だって?」
アルが真剣な表情で言い返した。
「これはみんなにとって、大変良いことなのだ。疾風のような素晴らしい馬が子孫を残さず終わるなんて、馬の歴史にとって計り知れない損失だぞ。
馬と共に生き、馬をこよなく愛するエレンシア人として、そんな悲劇を黙って見過ごせるわけがない。俺たちはそれを防いだんだよ。」
アルが強く主張したにもかかわらず、レオンは苦い表情を浮かべ、唸るように小さく声を漏らした。
「あとで、疾風が怒ったらどうしよう?」




