16. エルフの森
レオン一行がプレティオミの城門を出ると、妖精馬に乗ったユニスが彼らを待っていた。体格は一般の馬と変わらいが、額に親指ほどの大きさの緑色の魔石が埋め込まれており、何よりも体全体の色が柔らかなパステルトーンのライトグリーンだった。
エレンシアの男たちは妖精馬を見た瞬間、心を奪われ、ユニスが彼らをどこかへ売り飛ばそうとしても、喜んでついて行く勢いだった。
外の風景は、入っていたときとは、まるで違っていた。荒涼とした砂利の砂漠は消え去り、陰気な空気が漂う鬱蒼とした森が広がっていた。
「ここからは、私についてきてください。森を少し進んでから、妖精の道を通ります。」
ユニスが先頭に立った。
「うわっ、走った!」
「しっぽ見て!」
アルとマクスボンは、さっきまであれほど警戒していたことなどすっかり忘れ、はしゃいでユニスの後をついて行った。
そんな彼らの様子を見て、フローラは、最初から妖精馬に乗って現れていたら、説得なんてまったく必要なかっただろうと思った。
狭い森の道を駆けていると、いつの間にか周囲の光景が変わっていた。水彩絵の具を溶かしたように、すべての境界が曖昧に混ざり合い、時間や空間の感覚が失われる感覚だった。
まるで酔ったように、頭がぼんやりして、ユニスの後を走っていると、ふいにユニスの妖精馬が止まった。
妖精馬に続いて他の馬たちも止まり、レオンたちは夢から覚めたように、正気を取り戻した。
ユニスは馬から降りて、彼らの前にそびえ立つ巨大な岩へと歩み寄った。彼女が岩に手のひらを当て、口の中で呪文を唱えると、それまで見えなかった入口が現れた。
そして、中から男性エルフと女性エルフが現れ、入口の両側に立った。女性エルフが、ユニスに軽く会釈した。
「お入りください。長老様がお待ちです。」
ユニスは一行を振り返った。
「私についてきてください。」
レオンたちは、2人のエルフの間を通り、ユニスの後に続いて中へと入っていった。
入口を抜けると、そこには岩でできた通路が続いていた。その通路をしばらく進むと、突然視界が開け、広大な世界が広がっていた。
そこは、外の世界の真夏の暑さなど微塵も感じられない、まさに春の世界だった。
花の香りを含んだ爽やかで心地よい風が、鼻先をくすぐった。〈フェイロメ湖の森〉は、その名の通り、湖のほとりに広がる森だった。サファイアのように、青く輝く澄んだ湖を囲むように壮大な森が広がり、その合間には真っ白な石で造られた美しい建物が点在していた。
地面には青い模様が施された白い石が、タイルのように敷き詰められていた。ユニスはその石畳の道を進みつつ、一行を案内した。
「長老様は、どんなお方ですか?」
フローラが尋ねた。
「数万年以上を生きてこられたお方です。古代の出来事にも精通されています。」
ユニスの答えを聞いたレオン一行の頭の中には、威厳に溢れ、真剣な雰囲気を持つ偉大な賢者らしき男性のイメージが浮かんだ。
疾風は、昔観た映画『ロード・オブ・ザ・リング』に登場するエルフ王、エルロンドを思い出した。
(あのオジさんは、М字ハゲだったよな。髪が長くて、顔も長くて、ちょっと老けてたっけ。)
エルフの長老ティリエンは、レオンたちや疾風が想像していたのとはまったく違っていた。
せいぜい30代前半くらいにしか見えない、美しい容姿の男性だった。彼は、街の中央にそびえる白い大樹の下に立ち、一行を待っていた。一見すると、やや冷たい印象を受けるが、その態度は穏やかだった。
レオン一行と挨拶を交わしていたティリエンは、ふと視線を疾風へと移し、ゆっくりと近づいてきた。疾風の目をじっと見つめたティリエンが口を開いた。
「そなたは特別な存在だな。遥か遠くの世界からここへと辿り着いた…。」
(この人、いや、このエルフは一目見ただけで気づいたのか?)
疾風の目が驚きで大きく見開かれた。
ティリエンは疾風を指し示し、レオンに尋ねた。
「そなたも、友の特別さに気づいているようだな。」
「ある程度は知っております。」
「面白い。」
ティリエンが微笑んだ。冷静で超然としていた彼の表情に、初めて温かみが宿った。
「この世界にまだ神秘が残っているとは、素晴らしいことだ。」
独り言のように呟いたティリエンは、フローラへと向き直った。
「ユニスから興味深い話を聞いた。そなたには非常に特別な術法があるそうだね。もし、差し支えなければ、この場で見せてもらえないか?」
「いいです。ただ、長老様がこの術について何かご存じでしたら、ぜひ教えていただきたいです。」
「そうしよう。」
ティリエンが快く承諾すると、フローラは魔法のステッキを取り出した。
レオンやアルなどは、まさかという表情で互いに顔を見合わせた。ユニスとフローラの会話を知らなかった彼らは、エルフの村に来てまで、あれを目にすることになるとは、思ってもいなかった。
「愛と平和のフロー〜ラ〜!」
フローラの弾けるようなポーズとともに、いつにも増して華やかに咲き誇った花びらがそよ風に乗り、粉雪のように舞い散った。同時に、一行の足元の地面が色とりどりの花々で埋め尽くされた。
人間の男らが微妙な反応を示すのとは対照的に、森のエルフたちは小さく歓声を上げ、初雪を迎えるかのように両腕を広げ、舞い散る花びらを全身で感じていた。
降り注ぐ花びらを受けつつ、ティリエンはふと遠い彼方を見つめるような懐かしげな眼差しを浮かべた。
やがて花畑が消えると、エルフたちは名残惜しそうにため息をつき、フローラに美しい笑顔で感謝の意を伝えた。
ティリエンはフローラに歩み寄ると、そっと手を差し出した。
「約束通り、私の知ることを話そう。」
フローラがティリエンの手の上に自分の手をそっと置くと、彼は周囲のエルフに告げた。
「ディトリオスのもとへお連れし、この方々を客人として迎えるように。」
「承知致しました。」
フローラを除く一行は、エルフたちの案内を受け、村長のディトリオスと会うためにその場を後にした。




