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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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15. 初稼ぎ

 広場を後にした一行は、旅の途中で手に入れた素材を処分するために市街へ向かった。いくつかの魔道具店を巡って相場を確認した後、フローラが選んだ店で〈スコピアナの剣〉以外の素材を売却した。


 スコピアナの剣は二振りあり、一振りはレオンとアルの剣の修理に使い、もう一振りを代金としてドワーフの工房に渡すことにした。


 この一連の交渉を取り仕切ったのはフローラであり、男たちは彼女の後をついて回り、冷徹な値切り交渉の世界を学んだ。


「はい。きっちり均等に分けました。それぞれ、必要なところで使ってください。」

 フローラは、金貨と銀貨が入った小さな革袋を一人ひとりに手渡した。そして、レオンにもう一つ差し出した。

「これは疾風の分ですから、渡してください。」

「わかった。」


 皆が楽しげに受け取る中、キアンだけは躊躇していた。

「僕は、そんなに大した貢献してないと思うが。」


「何言っているの? 一生懸命戦って、私を守ってくれたじゃない。チームプレーにはそれぞれの役割があるし、あなたは自分の役目を果たしたのよ。」


 フローラはキアンの手に、直接革袋を握らせた。

「だから、あなたにはこれを受け取る資格があるわ。」

 キアンはじっと自分の手の中の革袋を見つめた。


「これで何を買おうかな?」

 フローラは楽しそうにくるりと回ると、明るい声で言った。

「アクセサリーでも見に行こうかな、それとも靴? ちょっとショッピングに行ってきますね。あとで、宿で会いましょう!」

 そう言うと、彼女は鼻歌を歌いながら、どこかへ行ってしまった。


 残された四人の男たちは、互いに顔を見合わせた。

「レオン、お前は何をするつもり?何か欲しいものある?」

「うーん、今のところ特にないな。一応持っておこうかと思ってる。」

「実は俺も。」

「私もです。」

 誠実な3人の男は、倹約精神を発揮し、大事に財布を懐へしまい込んだ。


 レオンはキアンに尋ねた。

「キアンはどうする? 何か買うなら一緒に行こうか?」


「いえ。」

 キアンは首を振り、恥ずかしそうに呟いた。

「もったいなくて、使えそうにないです。」


 *** ***


 その夜、外でマクスボンが見張りをしている間、疾風とキアンは厩舎で筆談を交わしていた。


「レオンからお金、受け取った?」

【うん。フローラが分けてくれたと言って、渡してくれた。】


「何か買った?」

 疾風はくくっと笑った。


【何? 下着でも買ったと思う?】

 疾風の冗談に、キアンもつられて笑った。


【僕が今、お金を使うことなんて、ないでしょう? レオンに預けたよ。見ての通り、俺にはポケットがないしな。君は何か買ったの?】

「いや、もったいなくて使えない。生まれて初めて自分で稼いだお金だからね。」


(初任給みたいなものか。)

 疾風は、前世で就職して初めて給料をもらったときを思い出した。両親におしゃれなレストランでの食事をプレゼントした。


 『大人になったな』と、感激する両親を見て、後で温泉旅行にでも一緒に行こうと思ったが、それを果たせず、今はこうしてここにいる。そう思うと、胸が少々傷んだ。


【ご両親に何か小さなプレゼントをしたら、どうだ? きっと喜ばれるよ。】

「二人とも、ずっと前に亡くなった。僕にはおね、いや、兄さんしかいない。」


(おね、兄さん?もしかしてお姉さんか?)

 シトマで出会ったヒス‧ミランの姿が脳裏に浮かんだ。整った顔立ちと華やかな雰囲気、目を引く優雅な仕草。今思い返しても、一つ一つが只者ではなかった。


(やっぱり女だったのか? でもなぜ男装していた? まさか、キアンも女なのか?)

 そこまで考えて、疾風は首を振った。

 キアンがレオンたちと上半身裸で水浴びする姿を何度も見てきた。


 まだ17歳という若さで両親を亡くしているなんて、気の毒に思えた。

 キアンのどこか影のある雰囲気は、そういった背景から来ているのかもしれない。


 姉が親代わりをしてきたのなら、特別な絆のある兄妹なのだろう。

 あの時の装いからしても、かなり高貴な家の出身に違いない。男装している理由には、それなりの事情があるだろう。それを隠そうとしているのなら、あえて気づかないふりをしようと決めた。


【じゃあ、お兄さんに何かプレゼントするのもいいじゃない? 母親みたいな存在だろう?】

 しばらく沈黙していたキアンが、沈んだ声で言った。

「兄さんは、あんな女とは絶対に違う。」


(あんな女? まさか母親のことを言っているのか?)

 疾風はまばたきをした。これは一体どういう状況なのだろう? 母親ではなく、〈あんな女〉? 母親とさえ呼びたくないほどの何かがあるというのか?


 今のキアンの声は、これまでにないほど冷たく鋭かった。筆談をするために足元に座っているので、キアンの顔は見えないが、その肩が強張っているのは分かった。


 気まずい雰囲気になった気がして、疾風は慌てて話題を変えた。

【別にここじゃなくても、これから訪れる街でじっくり兄さんへの贈り物を選べばいいさ。最後の街〈キベレ〉もいいじゃない? あそこには、エルフやドワーフの工房がたくさんあるらしいし。】


「キベレか。僕もいつか必ず行ってみたいと思っていた。僕が読んだ本には、いつもとても幻想的な都市として描かれていた。」

 幸い、キアンはキベレの話に興味を示し、今まで本で得たキベレの情報を楽しそうに語り始めた。


 キベレは、大陸回廊の中央に位置する、巨大な湖の真ん中にある円形の都市で、湖を横切る白い橋を渡らなければ入ることのできない、まさに天然の要塞だった。


 都市の中央には、深い堀に囲まれた王城があり、外部の人間は決して立ち入ることのできない禁断の区域だった。キベレの王は存在するのかどうかさえ分からず、古くからエルフの摂政が王の代理として都市を治めていた。


「僕は何より、あそこの守護騎士を見てみたい。銀白色に輝く鎧をまとい、背中には鎧と同じ金属の羽根で覆われた翼を持っていて、自由に空を飛ぶらしい。顔には金属の仮面をつけているから、正体は分からないが、人々は彼らのことを〈妖精騎士〉と呼んでいる。」


【その騎士たちは何から都市を守っているの? 何か大きな敵でもいるわけ?】

「都市の治安を守っている。キベレで無闇に暴力を振るったり、罪を犯したりすれば、彼らに制裁される。」

 キベレの話に夢中になっているキアンは、ようやく年相応の少年らしく見えた。


【この世界の神秘が集結したような街だね。】

「そうだろ? 古代帝国の首都だったと、考えている人も多いよ。」


 楽しく話していたキアンだったが、突然口をつぐんだ。

 しばらくの沈黙の後、キアンは言った。

「キベレに着いたら、僕たちの旅も終わりだよね?」


 そうだった。この旅はレオンの旅路であり、3つの安全都市を経て、キベレが最終目的地だった。

 キベレからは大陸回廊を東へ進み、ミレーシンを抜けて港へ向かい、エレンシアへ戻るのが最後の行程だった。


【どんな旅も、いつかは終わるものさ。】

「旅が終わった後も、俺たち、また会えるのかな?」


【会えない理由なんてないだろ? エレンシアに遊びにおいでよ。レオンが喜んで迎えてくれるさ。レオンの家には空き部屋もある。ペラミナス卿だって、レオンの家に2年間も滞在してたんだ。】


「ありがとう。いつか、僕がやるべきことをすべて終えたら、必ず会いに行くよ。でも今は、兄さんを一人にはできない。」


 キアンは筆談板を閉じて立ち上がると、疾風の鼻筋に軽くキスをし、優しく顔を撫でてから部屋を出ていった。


 疾風は思わず顔を赤らめた。

(落ち着け、僕はオスだ。アイツもオスだ。)

 疾風は頭をぶんぶん振り、ぼそっとつぶやいた。


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