14. エメラルドの魔塔
プレティオミに到着した翌日。レオンたちは都市の中心にある〈三つの湖の魔塔〉を訪れた。
安全都市には共通して、中央に高くそびえる魔法の塔があり、その塔を中心に四方へ広場が広がっていた。〈三つの湖の魔塔〉という名は、遠い昔、この街の周囲に三つの湖があったことに由来していると伝えられていた。
〈三つの湖の魔塔〉は、澄んだ緑色の彩色タイルに覆われた、高さ30メートルほどの円形の建物だった。その鮮やかに輝く青緑色の外観から、〈エメラルドの塔〉という異名でも呼ばれていた。しかし、この塔にはどこにも出入り口がなく、最上階を除けば窓すら存在しなかった。
「安全都市の魔塔には出入り口がないとの話、本当でしたね。この大きさなら、中には相当広い空間があるはずなのに。」
塔の周囲を回りながら観察していたキアンが言った。
「本当にどこにも扉らしきものが見当たらないですね。塔の中には誰もいないんですか?」
マックスボーンが、アルに尋ねた。
「そう言われています。そもそも入れないですからね。」
「魔法使いでも入れないんですか?」
「さあ。何かの魔法で入口を隠している可能性は高いですが、少なくとも人間には発見されていないようです。おそらく、この魔塔が安全都市を守る結界の中心なのでしょう。
『クート』という安全都市では、昔、街の中央にある魔塔を強引に開放しようとしたらしく、その結果、都市の防壁の一部が崩壊して魔物が大量発生し、大惨事になったという記録があります。
だから、下手に開けようとする試みすらできません。」
「何があるのか分からないけど、とんでもない秘密が隠されていそうですね。でも、こんな立派な建物がずっと空っぽのままなんて、もったいないなぁ。」
マックスボーンは惜しそうに魔塔を見上げた。
アルたちが魔塔の周りを一周している間、レオンは小さな石を手に持って、広場の右手に設置された高さ1メートルほどの低い柵をじっと観察していた。
魔塔と同じ色の塗料が塗られた柵の表面には、格子状の銀色の金属網が張られており、その金属網には、黒い斑点のある白い小石がびっしりとぶら下がっていた。
魔塔へ向かわず、レオンに続いて柵を見て回っていたフローラがレオンに尋ねた。
「〈片目鳥の目〉を探しているのですか?」
「うん。広場側の真ん中あたりにあるって聞いてたんだけど。」
レオンがつぶやいたその時、レオンの手にある石から、ヒューイーと鳥の鳴き声のような微かな音がした。
柵にぶら下がっている無数の石の中で、ひとつだけがガタガタと揺れているのが目に留まった。
レオンが手に持った石を近づけると、金属網と石をつないでいた紐がするりとほどけ、石が落ちた。そして、二つの石は磁石のようにピタリとくっつき、半球状になった。
「半球の形になったってことは、あと2つ見つける必要がありますね。それがバイアフとシエストにあるのですか?」
「そんなところだな。」
「レオンのご両親は、冒険を楽しまれていたようですね。このような思い出の品まで残して。」
「そうだったみたいだ。」
レオンは手の中の半球の石を、指でそっとなぞった。
〈片目鳥の目〉は、人々が最も大切にしたい瞬間を中に封じ込め、後から見られる魔石だった。未来の約束として、あるいは何らかの誓いの証として、この魔石をいくつかの欠片に分け、安全都市の魔塔の近くに掛けておく風習が、いつの頃からか続いていた。
*** ***
広場を去る前、一行は広場の左手にある冒険者ギルドの建物へと向かった。混沌の地で活動する冒険者や狩人のギルドがあり、安全都市ごとに支部が設置されていた。
レオンたちの目的は、建物の正面入口の両側の壁に設置された掲示板だった。そこには、人物の顔が描かれた絵がずらりと貼られていた。混沌の地で、冒険者や旅人を狙った略奪や殺人などの犯罪を犯した者たちの指名手配書だった。
「この人たちを捕まえれば、このお金がもらえるってことですか?」
マックスボーンの質問に、フローラが答えた。
「そういう意味もありますが、それは主に賞金稼ぎの専門家がやることですね。
私たちのような者にとっては、むしろ警戒心を持つためのものです。混沌の地では、魔獣も恐ろしいですが、人間もそれに劣らず危険です。どの国の領土でもない地域ですから、こういった無法者がうろつく場所でもあります。
だから、特徴をしっかり覚えておいて、もし遭遇しても騙されたり、襲われたりしないように気をつける必要があります。」
「でも、恐ろしい魔獣が次々と現れ、環境もめちゃくちゃ変わるところで、こんな安全都市の中でもなく、外でずっと生き延びるのは難しくないですか?」
マックスボーンは納得がいかないという顔をした。
「それだけ切羽詰まった事情があるか、あるいは、それほど強くて冷酷な者たちということでしょう。」
掲示板に並ぶ顔ぶれは、指名手配書だけあって、どれも険しい雰囲気の人物ばかりだった。
そんな中、アルがある絵を指さして、レオンを呼んだ。
「レオン、これ見て。この女の人、すごく美人じゃない?」
アルが指さした手配書の女性は、波打つ赤毛の巻き髪に、挑発的な雰囲気を漂わせた若い女性だった。手配書の下部には、〈魔法使いリスティーン、デストロ一味〉と書かれていた。
「こんな美人なのに、荒々しい生き方をしてるんだな。」
アルは惜しいというように言って、舌打ちした。
レオンが苦笑を浮かべた。
「賞金の額をよく見ろよ。とんでもない大物の悪党だ。下手に関わったら、お前も俺も骨すら拾えないぞ。」
フローラも横に来て、一言付け加えた。
「このように目立つ容姿をして、これほどの賞金がかけられるほど悪行を積み重ねているとのことは、それだけの実力者だとの意味です。万が一出くわしても、どうにかしようなんて考えず、全力で逃げるのが一番ですよ、アル。」
「誰がどうしようなんて言ったよ? ただ綺麗だって言っただけだろ。」
アルは不満げに唇を尖らせてぼそっとつぶやいた。
リスティーンのすぐ隣の指名手配書には、〈デストロ〉という名の男が描かれていた。角ばった顔に、獣のように鋭い眼光を持つ男で、絵からでもただならぬ強者のオーラが伝わってきた。
フローラが注意した。
「こういうのを見ても、おわかりでしょう? 安全都市の外で誰かと出会うときは、決して警戒を解いてはいけません。常に最悪の可能性を考えておくべきです。」
レオンたちは改めて混沌の地の危険を思い返し、静かに頷いた。




