13. 安全都市《プレティオミ》
『プレティオミ』は、大都市並みの規模を誇っていた。分厚い城壁が都市全体を囲み、大きな城門の脇には二階建ての建物が併設されており、街へ入る前にそこを通過する仕組みになっていた。
一行はその建物へ立ち寄り、人と馬、それぞれに定められた通行料を支払い、プレティオミで守るべき各種ルールを伝えられた。
主な内容は、
『安全都市内での戦闘および争いは禁止。
違反した場合、治安部隊によって逮捕され、厳しく処罰される』
というものだった。
混沌の地はどの国の支配も及ばないため、〈安全都市〉は基本的に自治都市の形を取っていた。
城内へ足を踏み入れると、まるで何らかの結界が張られているかのように、外の世界とは空気そのものが違っていた。肺を焼き尽くしそうなほど強烈だった、砂漠の乾燥した熱気が和らぎ、格段に呼吸がしやすくなった。季節は同じく夏だったが、適度な湿度があり、乾いていた喉も落ち着いた。
城壁の内側には、ぎっしりと穀物や野菜が植えられた農地が広がり、水路沿いには様々な果樹が整然と育てられていた。大通りを進むと、都市の中心部には比較的高層の住宅や商店が密集していた。
混沌の地の北部内陸に位置するプレティオミには、主に東大陸北部の人々が多いが、海を越えてきたエレンシア人や東大陸南部・西大陸の者も混ざっていた。さらには、エルフやドワーフといった人間以外の種族の姿もちらほら見受けられた。まさに国籍も種族も問わない地域だった。
人々の職業も多種多様で、農業や商工業に従事し定住している者もいれば、レオンたちのように修行や旅のために混沌の地へやって来た騎士や魔法使い、さらには専門の冒険者や狩人などもいた。
レオン一行は、エレンシアの旗を掲げた宿屋に荷を下ろした。
東大陸や西大陸の国々は、ブレイツリーとカリトラムのように互いに緊張関係にあることが多く、混沌の地では国名を公然と掲げることは稀だった。しかし、中立国のエレンシアはこうした場所でも、その利点を存分に活かしていた。
「ここまで馬を連れてくるとは、珍しいねぇ。さすがエレンシアの人だ。俺はエレンシアのトゥリトゥル出身なんだが、お前さんたちはどこから来たんだい?」
宿の主人は愛想よく彼らを迎え、サービスとして酒まで一本振る舞った。
「王都から来ました。」
アルが答えると、主人は短く感嘆の声を上げ、懐かしそうに語り始めた。
「若い頃に行ったことがあるよ。俺たちの地方の馬が王都の競馬大会の決勝に進んでね、みんなで応援しに行ったんだ。いやぁ、あの時は本当に楽しかったな。」
アルとマックスボーンは、つい最近の大会の優勝者とその馬がここにいるのだと誇らしげに言いたい気持ちを必死に抑えた。
砂漠での野宿の間、フローラの〈生存食〉で耐えてきた一行は、久々に普通の食事を前にし、神聖な気持ちで食前の祈りを捧げた後、食事を始めた。
「このパン、ちょっと変わった味ですね。小麦やライ麦じゃないみたいですが?」
釜で焼かれた平たいパンを口にして、マックスボーンが尋ねた。
「ここでは小麦やライ麦のパンは貴重品さ。栽培はしてるが、収穫量が少なくてね。それは〈パテキ〉っていう、ジャガイモに似た作物をすり潰して乾燥させた粉で作ったものさ。他の料理もだいたいこの辺で手に入る食材が中心だよ。」
宿の主人がそう説明した。
「まさか、昆虫とか幼虫とか、そんなものじゃないですよね?」
アルが不安げに尋ねると、宿の主人は呆れたように豪快に笑った。
「何を言ってるのか、さっぱり分からないね。ジャガイモみたいに地中から塊茎を掘り出して食べるんだよ。
肉だって、ここで食べるのは、野生動物や食用に適した魔獣がほとんどさ。ここを出入りする連中の中には、それを専門に狩る狩人もいるからね。」
「それなら問題なしですね。」
アルはようやく安心し、口いっぱいに食べ物を頬張った。
「ヘビの肉だろうが幼虫だろうが、散々食べておいて、今さら何おっしゃるのですか?」
フローラは冷笑しながら皮肉を言った。
皆が食事に夢中になっていると、突然、宿の扉が勢いよく開かれ、金髪のエルフが堂々と歩み入ってきた。
険しい表情のまま真っ直ぐこちらへ向かってきたユニスは、食卓の前でぴたりと立ち止まった。怒りで肩を上下させつつ、ユニスは声を荒らげた。
「どうして、どうして、あなたたちは、森のエルフである私に、ここまで無礼なのですか?」
フローラは冷たい口調で応じた。
「あなたが怪しい提案をするからです。理由もなく、初対面の人間を村に招くなど、あり得ない話ではありませんか?」
「理由があるって、言ったでしょう!」
「疾風が特別なのは認めます。でも、あなたが知っているのは疾風についてのほんの一部に過ぎません。それだけでは、私たちを村に招く理由としては不十分です。」
するとユニスは、それまで理由を明かすのを躊躇っていた態度とは一変し、自信に満ちた表情でフローラに近づき、そっと囁いた。
「疾風ももちろん理由の一つ。でも、もう一つ大きな理由があります。それは——あなたの〈愛と平和のフローラ〉です。それを、私たちの村の長老に見せたいのです。」
「どういうこと?」
という目を向けるフローラに、ユニスはさらに小声で続けた。
「その術法が、長老が昔話していた〈失われた古代の叡智〉の一つかもしれないのです。長老も、ぜひあなたに会いたいとおっしゃっていました。」
その言葉を聞いたフローラは目を伏せ、考え込むような素振りを見せて、やがて静かに頷いた。
「分かりました。招待をお受けしましょう。」
「本当ですか?」
ユニスの顔がぱっと明るくなった。
その向かいで、アルが異議を唱えた。
「ちょっと待って。そんな勝手に決めて大丈夫か? 変なところに連れて行かれたら、どうするんだよ?」
「はぁ?」
ユニスは呆れ果てたようにアルを鋭く睨みつけた。
フローラがアルに問いかけた。
「アル、森のエルフの村、見てみたくありませんか?」
「そりゃあ、見てみたいけどさ。」
「なら、行きましょう。他の皆さんもいいですね?」
フローラが同意した以上、大丈夫だろうと考えたのか、レオンとキアンは頷いたが、マックスボーンはアルの顔色を伺いながら、まだ迷っていた。
その時、アルが口を開いた。
「よし、行こう。ただし、万が一に備えて、対策を立てておかないとな。」
アルは勢いよく立ち上がると、大声で宿の主人に向かって言った。
「ご主人!ここにいるこの森のエルフが、俺たちを自分の村へと招待すると言っています!顔をよーく覚えておいてくださいね!
フェアロメ湖の森のユニスっていうエルフです!もし俺たちが行方不明にでもなったら、絶対に指名手配してください!エレンシアにも知らせてください!」
宿の主人をはじめ、宿の中の全員の視線が一斉にユニスへと注がれた。
耳の先まで真っ赤になったユニスは、今にも爆発しそうだった。
「こ、この人間が!」




