12. エルフの招待
持ち物を整理し、出発の準備をしている最中、フローラは先ほどから周りを何度か見回していた。
やがて彼女は地面に落ちていた小石を拾い上げると、それを勢いよく放り投げた。
「隠れていないで、そろそろ出てきたら、どうですか?」
フローラの言葉が終わると、小石が落ちた方向の岩陰から、金色の髪を風になびかせたエルフの少女が歩み出てきた。
男たちは一斉に動きを止め、呆然とした表情で彼女を見つめた。
疾風もこの世界に来て初めて遭遇するエルフに、しばし呆然とした。
彼女の長い金髪が陽の光を受けて、きらきらと輝いていた。
(エルフだ。本物のエルフだ。)
森のエルフ少女は一行に歩み寄ると、自己紹介をした。
「こんにちは。『フェアロメ湖の森』から来ました、ユニスと申します。」
「かなり前から私たちの後をつけていたようですが、何か御用ですか?」
戸惑いで何も言えずにいる男たちとは対照的に、フローラは冷静に応じた。
「すみません。悪気はなかったのです。ただ、好奇心に引かれて、少し観察していただけです。」
ユニスが優しく微笑むと、その美貌はさらに輝きを増した。
しかし、フローラは微塵も動じなかった。
「それで? 用件は何ですか?」
フローラの態度に、ユニスは少しムッとした様子を見せたが、すぐに穏やかに微笑みながら言った。
「皆さんを、私たちの村にご招待したいです。」
「?」
この言葉を聞いた途端、男たちの雰囲気が変わった。
アルが手招きして、男たちを集めた。
「今、聞きましたね? 俺たちを招待するって。」
「ええ、確かにそう言いましたよ。」
「怪しくないですか?」
アルが小声で囁くと、レオンも頷いた。
「うん。確かに怪しい。森のエルフが初対面の人間を村に招くなんて話、聞いたことがない。」
「よほど親しい間柄でも、普通は招かないぞ。」
「じゃあ、何のために、私たちを招こうとしてるんでしょう?」
マックスボーンが疑問を口にすると、アルは真剣な表情で言った。
「そもそも、本当に森のエルフなのでしょうか?」
「エルフじゃなかったら、何なんですか?」
「変装か、あるいは変身か。とにかく、ここは混沌の地ですからね。」
男たちがそうひそひそ話している間も、フローラは冷静な態度を崩さず、ユニスに問いかけた。
「私たちをあなたの村に招待する理由は?」
「その馬です。」
ユニスは疾風を指さした。
「普通の馬ではありませんよね? あなたたちがクリトフィラを狩るのを見ていました。一般の馬なら、そんなことができるはずがありません。」
「疾風が普通の馬ではないのは事実です。でも、それだけの理由ですか?」
この場面で、ユニスは躊躇する様子を見せた。別の理由があるのは明らかだった。
どうしてか、ユニスはなかなか口を開けず、迷っているようだった。
突然、アルがズカズカと歩み寄り、いきなりユニスの耳を引っ張った。
「さっさと正体を現せ、この化け物め!」
「痛っ! 何するのよ!」
ユニスは顔をしかめ、アルの手を振り払った。
次の瞬間、マックスボーンが突進し、ユニスの顔を鷲掴みにすると、顎の下から顔の皮でも剥ごうとするように爪で引っかいた。
「この魔物め、本来の姿を見せろ!」
「きゃああっ!」
ユニスは悲鳴を上げ、必死の力で2人を振り払うと、遠くへと飛び退いた。彼女は顎と耳を押さえ、荒い息をついた。
「何なのよ、この野蛮人たち!」
アルとマックスボーンは、顔を見合わせ、頭を掻いた。
「どうやら本物のエルフみたいですね。」
「そうみたいですね。でも、どうして俺たちを招待するんでしょう?」
「まさか、どこかに売り飛ばすつもりじゃ?」
マックスボーンの疑いに、ユニスが思い切り叫んだ。
「バカ言わないで! 人間なんか売ったって、何の価値があるのよ!」
その言葉を聞いた2人のエルフへの不信感は、さらに深まった。
「聞きました?『人間なんか』ですって。」
「やっぱり、人間に対して敵意があるんですね。」
アルとマックスボーンがそんな話をしていると、フローラは冷ややかな顔で、さっさと背を向けた。
「もういいわ。これ以上時間を無駄にせず、さっさとプレティオミへ向かいましょう。」
「待ってください、本当に私たちの村へ招待したいです!」
ユニスが慌てて引き止めようとしたが、フローラは冷たく言い放った。
「そんな怪しい招待、受けられるわけがありませんわ。あなたが本当に森のエルフなら、なおさらです。森のエルフが初対面の人間に、そんな親切を施すなんて聞いたことありません。つまり、あなたには何か別の目的があるってことよ。」
ユニスは困った表情で、何か言おうと口を開きかけたが、結局何も言わなかった。
その様子を見て、フローラはもう言葉を交わす価値もないと言わんばかりに一行へ告げた。
「これからあの女の言葉は一切無視して、プレティオミへ向かいますわ。さっさと出発しましょう。」
フローラの促しに従い、一行はそれ以上ユニスに耳を貸さず、プレティオミへと馬を走らせた。




