10. 砂漠の女王、魔獣スコピアナ
旅を急ぎ、目的地のプレティオミが近づいた頃、疾風が懸念していた〈本物の恐ろしい魔獣〉が一行の前に姿を現した。
砂漠の女王と呼ばれる〈スコピアナ〉だった。全長5メートルに及ぶ巨大な魔獣で、上半身は豊満な裸の女性の姿をしており、下半身は赤いサソリの体を持っていた。髪の毛はなく、額の後ろには長く楕円形の頭部が伸びており、両手には長剣を握っていた。
両手の剣と尾の毒針を使って物理攻撃のみを繰り出す魔獣だが、多数のサソリを手下として引き連れているため、非常に厄介な存在だった。
「できれが、尻尾から切り落としてください。首の後ろ、頸椎の部分が弱点なのはご存じですね? 毒耐性の加護をかけます。」
フローラが祈りを捧げると、濃紺の光が彼女の周囲に広がり、仲間を包み込んだ。
「疾風、いいよね?」
レオンは疾風に乗って、スコピアナに向かって走り出した。そして、弓を手にし、矢を連続に放った。
その姿を見てキアンは、驚いて独り言を言った。
「馬に乗ったまま弓を射るなんて、さすがエレンシアの騎士だな。」
スコピアナは、両手に持った剣を大きく振り回し、レオンが放った矢を払った。
距離が近づくと、レオンは弓を捨て、剣を抜いた。
一方、慌てたマックスボーンは急いで疾風の後を追いかけた。
「行くぞ、ソヨカゼ!」
レオンの横にぴったりと並ぶマックスボーンを見て、レオンが叫んだ。
「何をしているんですか?」
マックスボーンは、左手の盾をレオンに見せて答えた。
「俺は盾兵です。疾風を守る。」
そう言うやいなや、気合とともにマックスボーンの盾から防御障壁が展開された。
「これは戦場の旗手を守る戦いではありません! 今すぐ下がってください!」
レオンは苛立ちを隠さずに言ったが、マックスボーンは退こうとしなかった。
「私にとってはここが戦場です。疾風を守り切らなければ、私も生き残れません!」
そう言い放つと同時に、マックスボーンが叫んだ。
「左!」
すると、正面に展開されていた魔法障壁が左へと移動し、スコピアナの剣を弾き返した。
もはやマックスボーンと口論している時間はなかった。レオンは疾風の向きを変え、スコピアナの背後へと回り込もうとした。
「疾風〜!」
悲痛な叫びとともに、アルが激しい炎を巻き起こし、スコピアナを攻撃した。彼の周りには、スコピアナの配下である体長1メートルほどの巨大なサソリが群がり、襲いかかってきた。
アルは、まず自分を中心に円を描くように炎の輪を作り、一方の手で剣を振るってサソリを迎え撃ち、もう一方の手で魔法を連射しながらレオンを援護した。
「ったく、エレンシアの男たちは。」
呆れたように呟いたフローラは、キアンに向かって言った。
「キアン、残りの馬を連れてこっちに来て!」
キアンが馬を集め、フローラのもとへと誘導すると、フローラは魔法のステッキを取り出した。
「愛と平和のフローラ〜♪」
フローラ、キアン、そして馬たちの周囲に、色とりどりの野花が咲き乱れる花畑が広がった。
「一種の結界よ。キアン、あなたはこれからサソリが入り込まないように守って。必ず尻尾から切り落とすのよ。私は、レオンとアルを助けるわ。」
フローラの言葉通り、花畑に足を踏み入れたサソリたちは、まるで網にかかったかのように動きが鈍くなった。
キアンは、サソリが花畑の中心に侵入しないように食い止め始めた。
フローラは、レオンとアルを見守りつつ、回復術を唱えた。彼女の右手に持つ魔法のステッキの先に白い光の球が浮かびあがった。それをアルに向けると、球はアルのもとへ飛び、サソリの鋏で裂かれた傷に触れると、瞬く間に傷を癒した。
同時に、彼女の左手には濃紺の光の球が生まれ、それはマックスボーンのもとへと飛んでいき、部下のサソリの尾に刺された彼の愛馬ソヨカゼを癒した。
レオンと疾風は、スコピアナの周囲を回って、背後を狙っていた。
スコピアナもそれをよく分かっているようで、レオンに合わせて身体を回転させ、決して背中を見せまいとしていた。
アルは、火の魔法を連続に起こしスコピアナを攻撃して、注意を分散させ、レオンに向けるスコピアナの攻撃を減らそうと努めていた。
マックスボーンは盾でスコピアナの尻尾攻撃を防ぐことに専念しながら、ソヨカゼとともに疾風のそばを守っていた。
疾風は隙を見て〈威圧〉を使おうとしたが、スコピアナの動きがあまりにも素早いため、なかなかタイミングがつかめなかった。
なかなか突破口が見つからない状況に、何を考えたのか、アルは周りに張っておいた火の円陣を消して、フローラのところに走ってきた。
「何をしようと?」
フローラの質問に、アルはタマに乗りながら言った。
「このままじゃ、いつ終わるかわからない。ここで大きな魔法を準備する。」
「私とアルは属性が違います。結界の中だと、お互いに衝突するかもしれません。」
「準備が終わったら、外に出て使うよ。」
そう言って、アルはタマに乗った状態で魔法の呪文を暗唱し始めた。
アルの魔法支援が途絶えると、スコピアナの攻撃が激しさを増した。マックスボーンが防御に専念するなか、レオンはスコピアナの胴体を狙って攻撃を試みた。
暗唱を終えたアルは、タマを前に走らせ、フローラの結界の外に飛び出すと同時に、スコピアナに向けて魔法を放った。
スコピアナの頭の上で強力な突風が発生し、スコピアナの体をゆさぶって動きを妨害した。魔獣の注意が乱れた隙を狙って、疾風は前足を踏み鳴らし《威圧》を使った。
スコピアナの動きが瞬時止まる—その刹那、、レオンは力を込めて剣を振り回し、スコピアナの尻尾を切り取ることに成功した。
スコピアナの動きが瞬時止まる——その刹那、レオンは剣を大きく振り抜き、スコピアナの尻尾を断ち切った。
「グアアアッ!」
スコピアナが耳をつんざくような悲鳴を上げ、激しくのたうち回った。
「疾風!」
レオンは、左手で疾風の首を軽く叩いた。
その合図に、疾風はレオンが降りられるように〈結束〉を解除した。
レオンは疾風から飛び降りると、スコピアナのサソリ部分の胴体に飛び乗った。そしてその勢いのまま、スコピアナの後頭部の下へと剣を力強く突き立てた。
スコピアナの手から剣がぽろりと落ち、続いて巨大な体がゆっくりと傾き始めた。やがて、轟音を立てて地面に崩れ落ちた。
スコピアナが息絶えると、配下のサソリたちは狼狽した様子で一斉に後退し、素早く遠くへと逃げ去っていった。




