5. 砂漠バッタの群れと出くわす(2)
砂漠バッタの群れは、特に誰かを狙っているわけでもなく、突風のように押し寄せ、一行を突破して去っていった。
ぐったりとその場に仰向けに倒れ込んだ一行の周りには、バッタの死骸が山のように積もっていた。一番多く収穫したのは、直径2メートルの盾を振り回していたマックスボーンだった。
脚の力が抜けて座り込んでいたキアンは、ふとフローラのことを思い出し、振り返った。バッタの群れに対応している間に、いつの間にかフローラとの距離がかなり開いてしまっていた。
両手で頭を抱え込むようにして、うずくまっているフローラのドレスはあちこち裂け、リボンもちぎれて髪がすっかり乱れていた。顔を上げると、バッタがかすめたのか、顔に赤く血がにじんでいた。
「大丈夫?」
キアンは体を起こし、フローラに歩み寄った。フローラの顔の傷に手を伸ばそうとしたキアンだったが、手を引っ込め、しょんぼりと謝った。
「ごめん。ちゃんと守るべきだったのに。」
フローラは手の甲で顔の血を拭い、ニッコリと微笑んだ。
「このくらい大丈夫。かすっただけよ。」
キアンがまた口を開こうとすると、フローラは彼の目をまっすぐ見つめ、少し真剣な口調で言った。
「戦いは敵を倒すためのものだけではない。誰かを守るために、戦わなければならない時もあるのよ。」
そう言って、彼女はぱっと立ち上がり、乱れた髪を適当にまとめると、元気よく前へと歩き出した。
「守るための戦い……。」
キアンはフローラの言葉を繰り返し、ぎゅっと拳を握りしめた。
レオンとアルのもとへ向かったフローラは、優しく声をかけた。
「みなさん、お疲れさまでした。大変でしたね。回復魔法を使います。」
そう言うと、彼女は50センチほどの細いスティックを取り出し、さわやかで元気いっぱいのポーズをとって、空に向かって振りかざした。
「愛と平和のフロー〜ラ!」
杖の先から、色とりどりの花びらが舞い散り、周り一帯が華やかな花畑へと変わった。
しかし、花に埋もれた男たちは微妙な表情を浮かべ、苦い顔をしていた。
疾風は、魔法のステッキを振るフローラのポーズを見て、どこかで見覚えがあるような気がした。記憶をたどっていた疾風は、思わず小さく感嘆の声を漏らした。
(魔法少女だ!)
セーラームーンをはじめ、幼い頃からテレビで見た魔法少女の姿が、パノラマのように脳裏をよぎった。
(フローラは、一体どこであんなポーズやイメージを習ったのだろう?)
男たちの反応を見る限り、この世界でも普通の魔法ではなさそうだった。
見た目はともかく、〈愛と平和のフローラ〉は確かに回復の効果があった。
バッタの群れとぶつかってできた打撲や細かい傷はすべて治り、体力も回復した。
花畑の幻影から解放された一行は、フローラの指示のもと、バッタを集め始めた。
積み上がった大量のバッタを見て、フローラは満足した。
「これだけあれば、十分ですね。さあ、処理しましょう。」
フローラは男たちを呼び寄せ、バッタの下処理の仕方を教え始めた。
「羽はこうやって取ってください。そして、ここは固くて尖っているから、口の中を刺す恐れがあります。こうやって切り落として。」
「さっきから食材、食材って言ってるけど。まさか本当に食べるのか?」
アルが疑わしげに尋ねた。
「もちろんですわ。食べるのでなければ、こんなに苦労して捕まえる意味がないでしょう? ほら、さっさとやってください!」
フローラはそう言って男たちをたしなめ、いまだ躊躇している彼らの手にバッタを一匹ずつ持たせた。
中指よりも大きくて太いバッタを見つめ、男たちは恐る恐るフローラの動きを真似てバッタの処理を始めた。
バッタの羽と頭部の触角を取り除いく作業をしているレオンの目に、マックスボーンの左腕にある盾が映った。
普段は革のカバーがかけられていたため、円形の盾であることしか知らなかったが、今はカバーが外され、盾の紋章がはっきりと見えた。
盾の中央には、丸い盾の上にX字に交差する2本の剣が描かれており、その両側には前足を上げ、後ろ足で立ち上がる黒馬が向かい合う形で刻まれていた。
それは、レオンもよく知るエレンシア王家の紋章だった。
「マックスボーン、その盾、まさか?」
レオンが尋ねると、マックスボーンは自分の盾を見下ろした。
「ああ、これですか? フィオール陛下に特別に貸していただきました。全力で疾風を守れ、って。」
レオンは言葉を失った。
フィオールの疾風に対する熱意が尋常ではないことは知っていたが、王国の宝級の装備を持たせていたとは。
レオンの脳裏には、津波のような重圧が押し寄せた。
そんな彼の様子を見て、アルが得意げに言った。
「これで、分かっただろ? 〈月の宮殿〉で俺が『いざとなったらブレイツリー国王陛下のもとへ乗り込む』って言ったのが、冗談じゃなかったってこと。」
「ああ。」
渋々と答えるレオンを見て、フローラは面白そうに笑った。
「エレンシアの方々は、本当に馬に対して本気なんですね。
エレンシアの国王陛下が、疾風と文字で会話できることをお分かりになったら、どんな反応をするのか気になりますね。」
その言葉に、レオン、アル、マックスボーンは同時にフローラを見た。
アルは震える声で言った。
「それ以上言うな。俺たちも怖いから。」
「さあ、さっさとバッタの下処理をしよう。」
レオンは急いで話題を変え、バッタの処理に没頭した。
山のように積まれたバッタをすべて処理するには、かなりの時間がかかった。
男たちは腰をさすりながら、ひたすら地道な作業に励んだ。
「本来なら、ほこりを払ったり、水分を飛ばしたりする作業が必要ですが、それだと時間がかかるから、とりあえず祈りで浄化しますね。」
バッタの処理が終わると、薄手の毛布を何枚か広げて、その上にバッタをまんべんなく並べた。
そして、フローラが浄化の祈りを捧げ、バッタを清めた。
「アル、風の魔法が使えますね? もしかして、熱風も出せますか?」
「風は風だよ。熱風なんてあるわけないだろ?」
アルは、わけの分からない顔をした。
「バッタの水分を飛ばすには、熱風がいいのですが。じゃあ、火の魔法と風の魔法を同時に使うことはできます?」
「は?」
アルはますます呆れた。
「違う属性の魔法を同時に使えって? 俺が伝説の大魔法使いなわけないだろ。そんな離れ業、どうやってやれっていうんだ?
フローラ、君は、今までそんなことができる人に会ったことがあるのか?」
フローラは一瞬固まったが、何事もなかったかのように誤魔化した。
「ただの思いつきです。できたら、便利かなと、思っただけ。まあ、強さの調整くらいはできますよね?」
「まあ、それくらいなら。」
「じゃあ、弱めの風を起こしてバッタを乾かしてください。地面から熱が上がっているから、それなりに乾くと思います。
砂漠バッタは、一般のバッタより大きいので、水分を飛ばしてから調理したほうが美味しいですよ。」
「どのくらいの風にすればいいんだ?」
「一度別の方向に出してみてください。
威力が強すぎると、せっかく浄化したバッタが飛ばされてしまいますので、加減をしっかりしてくださいね。」
「わかったよ。ったく、いろいろさせやがって。」
アルはブツブツ文句を言いながらも、魔法で風を起こし、フローラが納得する程度の風量になるまで調整を繰り返した。
そして、バッタの前に立ち、そよ風を送って乾燥作業を始めた。
「ふむ、魔法ってこんな使い方もできるんですね。布団を干すときとかに使えそうですね。」
腕を組んで見ていたマックスボーンの感想に、アルは唸りながら反論した。
「魔法は、そんなことに使うもんじゃありません!」
アルがバッタを乾かしている間に、フローラは近くの岩陰へ行き、着替えて戻ってきた。
淡い空色のドレスには、小さな濃い紫の花が刺繍されており、ポニーテールにした髪には同じ色のリボン付きヘアピンが飾られていた。
砂漠のど真ん中とは思えないほど、爽やかで涼しげな姿だった。
「どう?」
フローラは明るい顔で、キアンの前でクルリと一回転してみせた。
キアンは顔を赤らめ、小さく答えた。
「うん。きれいだよ。」
バッタを乾かしていたアルは、手を止め、フローラに問い詰めた。
「なんだよ? アイテム袋に余裕がないって言ってたくせに、そんなものまで持ってきてたのか?」
フローラはすました顔で言い返した。
「食べ物はどこでも手に入ります。でも、ドレスはどこでも手に入るものではありません。ケチをつける暇があったら、さっさとバッタを乾かしてください!」
「悪魔だ。ドレスを着た小悪魔だ。」
アルは鼻をピクピクさせて、再び風魔法を使い始めた。




