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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅲ 混沌の地
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4. 砂漠バッタの群れと出くわす(1)

 〈安全都市〉とは、古代帝国の遺跡の上に作られたと言われる都市で、そこでは魔獣が出没せず、すべてが絶えず変化する混沌の地でも、常に固定された位置に存在していた。そのため、混沌の地を訪れる人々はこれらの〈安全都市〉を拠点にして活動していた。


 レオンの目的地は、混沌の地の北部にある8つの安全都市のうちの3つだった。そこには、かつてレオンの両親が混沌の地を冒険した際、また訪れることを約束して、思い出の品を残しておいた。


 レオンが持っている〈恋人の心臓〉のもう片方を見つけられなかった代わりに、その場所にある思い出の品を見つけて、ギデオンの遺品としてレイナに届けるつもりだった。


 〈プレティオミ〉、〈バイアフ〉、〈シエスト〉、この3つの都市を経由し、旅の最終目的地は、大陸回廊の中心にある幻想都市〈キベレ〉だった。そこは、ギデオンとレイナが〈恋人の心臓〉をペンダントとして加工し、1つずつ分け合ったところだった。


 *** ***


 ザザーッ。突然、夕立のような騒がしい音が、空の彼方から響いてきた。雨でも降るのかと思ったが、空は相変わらず晴れ渡っていた。


 その音の正体は、昆虫の巨大な群れだった。激しい羽音を立てながら真っ黒な群れをなした昆虫が、空を覆い尽くさんばかりの勢いで、彼らのいる方向へ飛んできていた。


「うわ、あれは一体何ですか?」

 マックスボーンが空を指さした。フローラは落ち着いて答えた。

「砂漠バッタの群れです。皆さん、馬から降りてください。マックスボーンさんは、馬が散らばらないように1箇所にまとめて守ってください。他の方々は、早く戦う準備をしてください!」


「戦う? 逃げるんじゃなくて?」

 アルが尋ねると、フローラは断固として言った。

「逃げるなんて、とんでもありません!貴重な食料ですよ。魔法を使って、焼いたりしたらダメです。武器を使って捕まえてください。攻撃力は大したことないですが、ぶつかると、打撲を負う恐れがあります。それでけは、気をつけてくださいね。」


 フローラの指示に従い、マックスボーンは馬を一箇所に集め、その前で守りを固めた。男たちは、それぞれの武器を手に取った。


「キアン、ここに残って私を守って。」

 レオンについて前に出ようとしたキアンは、フローラの呼びに立ち止まり、振り返った。


 フローラが淡々とした口調で言った。

「知っての通り、私は回復術士なの。浄化の祈りや回復術以外に攻撃や防御の手段はない。誰か一人は、必ず私の周りで守ってくれる必要があるわ。」


 キアンはうなずき、フローラを背にして前を守るように構えた。



 砂漠バッタの群れは、あっという間に一行に襲いかかってきた。レオンとアルは片手に盾を持ち、もう一方の手で剣を振ってバッタの群れに立ち向かった。


 耳が痛くなるほどの羽音とバッタがぶつかる音が鳴り響いた。


 馬たちと疾風の前に立ちはだかったマックスボーンは、いつも左手首に着けている小さな盾の革紐を解いた。マックスボーンが左腕を前に突き出し、「やあっ!」と気合を入れると、盾を中心に直径2メートルくらいの半透明な円形防御壁が形成された。


 疾風はようやく、マックスボーンがいつも言っていた盾兵の役割が何なのかがやっとわかった。

(魔法アイテムだったのか。)


 疾風は感心しながらマクスボーンの背中を見た。2メートルの防御壁は非常に頑丈で、激しい勢いで突進してくるバッタの群れを軽々と防いでいた。マックスボーンは盾を懸命に振り回し、バッタの群れから馬たちを守ることに専念していた。



「チクショウ、俺は魔法使いなのに、なんでこんな雑用をしなきゃいけないんだ?」

 夢中で剣を振るっていたアルは、盾を投げ捨て、手に炎をともした。


 その瞬間、フローラが素早く小石を投げて、アルの手に命中させた。

「貴重な食料だって言ったでしょう? 燃やしては、ダメですよ!」


「何してんだよ?痛っ!」

 振り返って文句を言おうとしたアルは、突進してきたバッタに顔面を直撃され、地面に転がった。


「できるだけたくさん捕まえてください!これからも食べるんですから!」

 フローラが叫んだ。



 至るところから聞こえるバッタの激しい羽音と勢いに、タマをはじめとする馬たちは、怯えて身震いをし始めた。


 疾風はすぐに彼らに大声で警告を発した。

 ‒ 動くな。動いたら、危ないぞ。


 疾風の警告に馬たちは、様子を伺い、静かに互いの体を寄せ合った。


 馬は序列を作る習性があり、2頭以上いると、自然に上下関係が生まれる。疾風は成体になる前から、どこでも馬の間で当然のようにリーダーとなっていた。体格の大きさもあるだろうが、馬たちは、疾風から何か近寄りがたいカリスマを感じるようだった。


 砂漠バッタの群れと必死に戦うレオンを見ていると、どうにも心が落ち着かなかった。結局、自分も後ろで守られている立場という点では、タマたちと変わらなかった。


(でも、人間になったところで、何が大きく変わるのだろうか?)

 仮に、今と同じような条件の人間になったとすれば、身長や体格などフィジカル面では悪くないだろうが、それが戦闘力に繋がらないのが問題だった。剣を使ったこともなければ、誰かと派手に喧嘩したことさえもなかった。


(馬の状態では、〈結束〉や〈威圧〉といったスキルが使えるし、蹴ったり突進したり、噛みつくことだってできる。

 むしろ人間になったら、役立たずになるんじゃないかな? 体が大きいだけで、戦いも料理もできないそんな無能な存在。)


 剣と魔法の世界で、現代の地球人はあまりにも無力な存在だった。この現実を認識すると、一気に憂うつな気分になった。


 マックスボーンの誤解のせいで、皆が自分を悲劇の英雄戦士にイメージしているのに、それが無惨に崩れると思うと、恥ずかしくて仕方がなかった。


 今の自分では、誰かが人間に変身させてくれると言っても、断らざるを得ない状況だった。


(どこぞの神か何か、知らないけど、何で私にこんな仕打ちをするんだ?)

 疾風はギリッと歯ぎしりした。そのとき、後ろでフローラの馬、ツバメがもぞもぞと動く気配を感じた。


 ‒ ツバメ、動くな!

 疾風の一言に、ツバメは動きを止めて身を縮めた。


(はぁ、今はこいつらを大人しくさせるのが、私の役目だな。せめて、こんなことでもしよう。)

 疾風は気を取り直した。


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