13. 愛と平和の花畑
チェトラミの近くにある森を抜ける直前、レオン一行は盗賊団に襲われている商人団と遭遇した。混沌の地はどの国にも属していない土地であるため、辺境に近づくほど治安が悪くなっていた。
商人団を助けに向かう一行の目に、商人団の後方で不安そうに、状況を見つめている少女の姿が映った。華やかなフリルがついた明るいピンクのドレスに、同じ色のリボンでツインテールに結んだ髪型。明るく鮮やかな色合いのおかげで、一目で目についた。
レオンたちが到着して、商人団の護衛隊に合流しようとする時だった。
「愛と平和のフローラ~!」
透き通るような少女の声が響き渡った途端、人々の頭上に色とりどりの花びらが舞い散り、一帯が豪華な花畑へと変わった。一瞬、静寂に包まれ、その場にいる全員が一時停止モードのように動きを止めた。
(なんだ?これは。)
張り詰めた緊張感が一気に解け、筋肉の力が風船の空気が抜けるようにスーッと抜けていく感覚だった。
「皆さん、こんな美しい日に、なぜ争いで人生を無駄にしようとするのですか?」
少女の声が耳元でささやくようにはっきりと聞こえた。
若干の静けさの後、人々は夢から覚めたようにハッとして再び戦いを始めた。ただし、そのうち3〜4人はぼんやりとした顔で『愛と平和の…』とつぶやいていて、仲間に平手打ちされてようやく我に返った。
馬を守るため後方に残ったマックスボーンは、たった今見たそれが一体何だったのかと思い、周りをきょろきょろと見回した。いつの間にか、花畑は消え去っていた。
少女は負傷して後ろに来た護衛兵に近づき、その傷に手を当て祈り始めた。彼女の手から白い光が広がり、あっという間に傷が癒えていった。
「もう大丈夫ですよ。早く行って戦ってくださいね。」
護衛兵は、レオンたちが加勢して状況がこちらに傾いたのを見て、あまり行く気にならない様子だった。
「こちらが勝ちそうですし、僕が行かなくても大丈夫じゃないですか?」
「何をおっしゃるのですか。前金を受け取ったでしょう?」
少女は、優しくも断固とした態度で、彼を前に押し出した。
涙をちょっとにじませながら、背中を押されるようにして、戦闘に加わる護衛兵の後ろ姿を見て、マックスボーンはこの少女が一体何者なのか混乱していた。
少女らしいピンクのドレスの上に、肩を覆う白いケープを羽織っており、金色の縁取りが施され、その上には光明神を象徴する紋様が刺繍されていた。
(光明神の司祭みたいだけど、もしかしてあの回復術師? 信仰深くて敬虔だって、聞いてたけど?』
事態がひと段落し、商人団と挨拶を交わしたレオンたちは、マックスボーンの推測通り、この少女がクロードの言った回復術師であることを知った。商人団とは偶然出会い、目的地が同じため同行することになったという。
「フローラ・ウェイズです。」
ふわりと揺れるドレスの裾を軽く持ち上げて挨拶するフローラを見て、4人の男たちはさっき目の当たりにした花畑を思い出していた。
(魔法スキルに自分の名前を入れるなんて。で、一体何をするスキルだったんだ?)
キアンと同じくらいにしか見えないあどけない顔立ち。ピンク色のリボンとフリルで飾られた華やかなドレス。そして何より〈愛と平和のフローラ〉の強烈なインパクトが頭から離れなかった。
「レオン、いくらペラミナス卿が紹介した人とはいえ、これはちょっと。」
アルが小声でささやいた。
レオンも同じ気持ちだった。
「うーん。」
どう断ればいいのか、アルとレオンは困惑した視線を交わした。
「本当にありがとうございます。皆さんのおかげで無事に危機を乗り越えられました。」
商人団の団長がレオン一行に丁寧に礼を述べ、背を向けて出発を急いだ。
「さあ、皆さん。準備しましょう。急げば、夕方にはチェトラミに到着しますよ。」
商人団とともに出発した彼らは、夕暮れ時にチェトラミに到着した。城門を通り、城内に入った商人団とフローラは別れの挨拶を交わした。
「光明神テナウェンの加護が皆さんと共にありますように。」
フローラが挨拶すると、商人団と護衛隊の人々もそれぞれ別れの言葉をかけた。
「フローラさんのシチューは一生忘れません!」
「人生最高の煮込み料理でした!」
「他にないサラダでしたよ!」
次々と浴びせられる称賛の声を聞いていた4人の男たちの表情が次第に明るくなった。
「もしかして、料理がお得意ですか?」
アルの期待を込めた問いに、フローラは満面の笑みを浮かべた。
「はい、好きです。アイテム袋には様々な調味料を常に持ち歩いていますよ。」
男たちは振り返って、喜びの握手を交わした。さっきまでフローラに抱いていた疑念と不安は、どこか遠くへ吹き飛んでしまった。
「もう食べ物に困って飢え死にすることはなさそうですね。」
「しかも、アイテム袋だなんて。」
彼らは全会一致でフローラの合流を快く受け入れた。
宿泊先として選んだ宿屋の食堂兼居酒屋に集まった一行は、フローラの歓迎会を兼ねて、さまざまな料理をたっぷり注文した。食事の前に、フローラがレオンたちに断りを入れた。
「テナウェンの司祭として、食事前には必ず感謝の祈りを捧げることになっています。短い祈りなので、祈りが終わってから、召し上がっていただけるとありがたいです。」
もともと食前の祈りを欠かさないマックスボーンは、敬虔な態度で賛同し、そういったことに無頓着な他の3人は少し面倒に思いつつも承諾した。
フローラが食卓の前で両手を合わせ、祈りを始めた。
「万物を満たす光の源、すべての命ある者の起源、神聖なるテナウェンよ。」
お腹がとても空いていたアルが、こっそり周りの様子を伺いながら、目の前にある炒め肉を一口頬張り、もぐもぐし始めた瞬間だった。
フローラが稲妻のような速さで手を伸ばし、手刀でアルの喉元を正確に叩いた。
「ゲホッ!」
アルの口から飛び出した肉が、向かいに座っているキアンの額にぺたりと貼り付いた。
「お祈りが終わってから、召し上がってくださいね。」
フローラがにこにこ笑顔で、アルの目をじっと見つめた。優しい声なのに、なぜか寒気がした。アルはすっかりおとなしくなり、丁寧に返事をした。
「はい……。」
*** ***
キアンがそうだったように、フローラも新たに一行に加わることで、疾風の秘密を共有することになった。フローラは光明神の司祭という身分のせいか、疾風がもともといた世界の宗教に特に興味を示した。
「以前の世界では、神が一柱だけだと信じる宗教があったの?」
唯一神教という概念が馴染みのない様子で、フローラが興味津々に尋ねた。
疾風は学校で学んだ宗教に関する知識を思い出した。まずキリスト教、イスラム教、仏教の三大宗教に、インドのヒンドゥー教、中国の道教…。
【うん。広く信仰されている宗教の4つのうち2つがそのタイプだね。】
「4つのうち2つっていうのは、かなり勢力が大きいってことだね。あなたはどっちだったの?」
【特に信仰はなかったね。あまり考えたこともなかったし。】
「今はどうなの?」
【今?】
「別の世界にこうして生まれ変わったじゃない。神的な存在を信じるようになった?」
そういえば、以前マックスボーンは今の疾風の状態を神の過ちだと表現していた。少なくとも人間が死んだら、それで終わりではなく、次の生があるということは分かったので、フローラの言う通り、神というものがいるのかもしれないと思うようになった。
【信じているというより、いるような気がする。】
「なんでそんなに冷めた言い方するの? 神様に何か不満でもあるの?」
【当たり前だろ。私を馬にしちゃったんだからな。】
「もしかして、神様が何か意図を持って、そうされたとは思わないの?」
神の意図? 疾風は怒りを込めて文字盤を力強く押した。
【私を競馬大会に出して、大金でも賭けたじゃない? そんなことでもなければ、馬の身で何ができる? 神だか何だか知らないが、もし出会ったら、正面から突っ込んでやりたいよ。】
光明神の司祭の前で、遠慮なく吐き出される疾風の不敬な言葉に、文字を読み上げていたマックスボーンは、青ざめて口ごもった。しかし当のフローラは、明るくケラケラと楽しそうに笑った。
「疾風、あなた本当に面白いね。まさに自由な魂だわ。」
【君はどうだ? 聖職者になったのは、神を信じ切ってるとのことだろう?】
「私は光の祝福を受けたのよ。特に学ばなくても、光の神聖術が使えるのだから。」
【選ばれし人間ってことか?】
「そう言えるかもね。」
【君の場合、神の意図は何だと思う?】
「まだ分からないの。」
疾風は不思議そうにフローラを見た。神の祝福を受けた司祭が神の意図が分からないなんて。しかし、フローラの真剣な様子からして、それが嘘でもからかいでもないことは明らかだった。
「神様が直接こうしなさい、ああしなさいと、命じるわけじゃないの。ただ、私にこんな祝福があるというのは、きっと何か意味があることだと思うの。それを見つけて実現するのが私の課題だわ。」
フローラの顔に一瞬、神聖な気配が漂ったように見えた。18歳という年齢が信じられないほどの成熟した雰囲気を感じた。
(私よりずっと大人みたいだな。)
少しばかりフローラを尊敬するようになった疾風は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
【初めて会った日に見た〈愛と平和のフローラ〉だけど、何か重要な意味があるよね?】
「ああ、あれ?」
フローラの目がキラリと輝いた。
「きれいでしょ?」
【は?】
「きれいじゃない?」
【いや、可愛いけど。それだけ?】
「私の回復術よ。私がその効果を作ったの。」
無邪気に笑って自慢するフローラを見て、疾風はそれ以上何も言えなかった。
(正直に、それ、華やかすぎて、目に余るけど。)
その中にいると、頭の中まで一面お花畑になってしまいそうなメルヘン世界だった。




