11. 馬の人生相談?
レオン一行がペラミナス家を発つ日、アデルライドは2階にあるクロードの書斎の窓辺に立ち、徐々に遠ざかるレオンたちの背中を見送っていた。少し前にレオンたちと別れの挨拶を交わしたばかりで、ヒース・ミルンとして男装した姿だった。
彼女から少し離れたところに、黒いヴェールをかぶり、飾り気のない黒いドレスを着た華奢な体型の女性が立っていた。黒いヴェールは蜘蛛の糸のように薄かったが、かすかに見える淡いシルエット以外、顔も髪も完全に隠していた。
「このままお別れして、後悔なさらないのですか?」
女性が尋ねた。
「レオンの人生を邪魔したくありません。彼は、すでにブレイツリーとカリトラムの戦争に巻き込まれ、大切なものを失いました。思いがけずキイスを一緒に送ることになりましたが、それ以上は彼の人生に入り込むべきではありません。」
アデルライドは、相変わらず窓の外に視線を固定したまま答えた。
「まさか、大公殿下をレオンと一緒に送り出されるとは思いませんでした。」
「レオンに会った日、自分も混沌の地へ行きたいと許可を求めてきました。」
「大公殿下はまだ17歳です。あの地に行くには早すぎませんか?許可しない選択肢もあったでしょう。」
「それも考えました。ですが、乳母のイネスが亡くなって以来、死を待つ人のように生きるよりも、あの地に行ってみるのもいいかもしれないと思いました。生きる理由を見つけられれば、なおさらいいですしね。覚悟を試す意味で、レオンと対等に戦える実力を見せたら、許可するという条件をつけました。」
「ヴァルラス卿が同行を受け入れるという確信があったのですか?」
「おそらく。レオンはあの日も、何の条件もなく、危険を冒して私を助けてくれました。今回もきっと、彼はキイスの不安を感じ取ったのでしょう。」
何を思ったのか、彼女の顔に苦笑いが浮かんだ。
「またレオンに頼ろうとするなんて、私も厚かましい人間ですね。」
そう思いながらも、またしてもレオンに頼っていることに気づき、複雑な思いだった。アデルライドは短くため息をつくと、切実な声で頼んだ。
「キイスとレオンを、どうかよろしくお願いします、メレディス。」
一瞬の沈黙を挟んで、メレディスが答えた。
「承知いたしました。」
「キイスがあの女に似ていることで、メレディスに不快な思いをさせているのは分かっています。でも、キイスは、そのせいであまりにも多くの苦しみを味わってきました。そして。」
アデルライドの目に、痛ましい光が宿った。
「私にも、あの残酷で呪われた血が流れているのは同じです。」
メレディスが音もなく近づき、アデルライドの顔にそっと右手を伸ばした。黒い手袋をはめた彼女の長くほっそりとした指先が、アデレイドの頬を軽く撫でた。
「呪われた血なんてありませんよ、アデル。私たち人間は、運命の奴隷にも、運命の主人にもなれる存在なのです。」
「運命の主人?」
「運命の奴隷になるのは簡単です。ただ服従すればいいだけですから。でも運命の主人になるためには、自分で選択し、その選択に責任を持たなければなりません。」
「私が、そんな人になれるでしょうか?」
「もちろんです。あなたはこれまでにも何度も選択をし、その選択に責任を持ってきました。そしてこれからもそうしていくでしょう。」
その言葉を聞いたアデルは、少し安堵した表情で目を閉じた。
その時、外からノックの音が聞こえた。アデルが目を開けると、メレディスはいつの間にか距離を置き、先ほどと同じ姿勢で立っていた。
扉が開き、クロードが入ってきた。レオンたちを見送って戻ってきたのだった。軽く会釈をするクロードに、アデレイドが声をかけた。
「キイスが早く馴染んで、お互いの距離が縮まるといいのですが、どう思われますか?」
クロードが答えた。
「レオンやピートランド卿は、どちらも穏やかで良い性格の持ち主ですから、問題ないでしょう。マックスボーンも堅実な人です。」
「混沌の地は危険な場所だと聞いていますので、少々心配です。」
「メレディスが助けてくれるので、大丈夫でしょう。メレディスは私の知る限り、混沌の地について最も詳しい人ですから。」
クロードは微笑みながらメレディスを見た。
「フェラミナス卿も先王と混沌の地を旅されたことがあると伺いました。」
「ええ。若気の至りで冒険してみようと旅をしました。それなりに情報を集め、準備もしたつもりでしたが、いざ行ってみると、ずいぶん苦労しました。その時にメレディスにたくさん助けてもらいました。そのおかげで、楽しい思い出もたくさん作ることができましたよ。」
クロードは過去を思い出し、懐かしそうな表情を浮かべた。アデルライドの父アベルクロフとクロードは同年代で、幼い頃から兄弟のように育った親しい友人だった。
現在のアデルにとって、クロードとメレディスは先王が遺した最も信頼できる存在だった。あの日、レオンの助けを借りて、森の狐穴に身を潜めていたアデレイドを最初に見つけたのも、この二人だった。
アデルは体を反転させ、窓を完全に背にして扉の方を向いた。
「還宮します。もう現実に戻らなければなりません。」
さっきまでとは一変し、彼女からは威厳のある近寄りがたい気配が漂い始めた。
*** ***
レオンたちと同行することになったキアンは、彼らから疾風に関する秘密を聞かされた。レオンやアルがそうだったように、文字板を使って疾風と具体的な会話を交わすまでは半信半疑の様子だったが、その後はキアンもマクスボーンが築いた悲劇的な英雄譚をある程度納得した様子だった。
その日の明け方、疾風は馬小屋で浅い眠りについていた。覚えられない軽い夢を行き来していると、誰かが入ってくる気配で目を覚ました。目を開けると、そこにはキアンがいた。片手にはランプを、もう片手にはマックスボーンが作った文字板を持っていた。
静かに馬小屋に入ってきたキアンは、疾風と目が合うと、ぴったりと近づき、耳元でささやいた。
「少し話せるか?」
疾風が頷くと、キアンはランプを床に置き、マックスボーンの文字板を疾風の前に広げた。そして疾風の隣に腰を下ろし、肩を並べるように座ると、棒を使って文字を指し示した。
【馬として生きるのはどうなの?】
真夜中に突然こんなわけのわからない質問をしてくるとは、と疾風はキアンを見た。彼が床に座っているせいで、見えるのは頭頂部だけだった。仕方なく疾風は文字板を指して答えた。
【何の話だ?】
【君は最高の馬だし、みんな君のことが好きで、大切にしているだろう?】
(それで、羨ましいとでも言いたいのか?)
瞬間、腹が立った。
【誰かを乗せるのが羨ましいなら、マクスボーンでも背負ってやればいいのでは?】
嫌味の一つでも言ってやりたい気持ちを抑え、軽く皮肉る程度に留めた。
【今の状態が嫌なのか?】
【馬としてなら、悪くはない。けど、結局馬でしかなく、自分自身について何かを決めたり、自らの意志で進んでいくことはできない。】
【人間だって同じじゃないか?望んで生まれてきたわけでもないし、その運命から逃れることもできない。】
(なんだ、10代の悩み相談か? 他のまともな人間を差し置いて、なぜ馬の私に相談するんだ?)
そんなことを思いながら黙っていると、キアンが再び文字板を指した。
【やっぱり馬より人間の方がいいの?】
【他の馬たちみたいに単純なら、きっともっと幸せだろう。でも人間みたいに考える以上、この状態に満足しているとは言えない。】
【君を羨ましいと思うのは、愚かなことかな?】
返事をする前に、疾風はしばらくキアンを見下ろした。
初めて会った時の印象は、整った顔立ちに、貴族らしく育ったお坊ちゃまというものだった。表情がなく、極端に無口なのも、中二病じみた見栄だろうと思い込んでいた。
しかし、レオンは、キアンについて、腕も全身の筋肉も、あの年ごろとは思えないほど鍛え上げられている。かなり苛烈に鍛えたにちがいないと評していた。
(私がこんな容姿で生まれてきたなら、きっと自惚れて、一日中鏡の前から離れなかっただろうに。)
キアンがどんな悩みを抱えているのかは分からないが、それを軽い愚痴として受け流すべきではないと感じた。
疾風が目指しているのは、現在の状態を脱することだが、それを口にするのはやめた。今キアンに必要なのは、不幸自慢ではなく、ささやかな慰めなのだ。
【馬だからといって、楽なわけじゃない。馬にも努力は必要だ。確かに、馬としては、恵まれた条件と環境で生まれたが、放っておけば、すぐにだらしなく太り、筋力やスピードが落ちてしまう。見た目も酷くなる。
私は馬として、今の自分が気に入っているし、そのために努力するのも嫌ではない。】
キアンは考え込むように黙っていた。
疾風は再び文字板を打ち始めた。
【私が言いたいのはこれだ。君の悩みが何かは知らないが、君を苦しめているものを変えたいなら、まず君から動かなきゃならない。何もしなければ、何も変わらない。】
しばらくの沈黙の後、キアンが文字板を指した。
【もし人間になれるとしたら、なりたい?】
人間になれるとしたら。前世の記憶を取り戻して以来、ずっと考えてきたことだった。この件について、アルに尋ねたところ、人間が動物など別の姿に変身する魔法はある。しかし、それは一時的な変身で、どちらかといえば、幻術に近いものだと言っていた。
疾風にその魔法が適用できるかどうかは、アル自身がその手の魔法に詳しくないため、試すこともできなかった。
【できるなら、そうしたい。レオンには悪いけど。】
疾風の答えを呼んだキアンは、文字板を丁寧に畳んで立ち上がり、疾風と向き合って静かな声で言った。
「疾風、君が望むことなら、それが何であっても、レオンはきっと喜んでくれるよ。」
そして、これまでに一度も見せたことのない、華やかな笑顔を浮かべた。それは咲き始めたバラのように美しい微笑みだった。




