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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅱ ブレイツリー
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8. 疾風、ついに会話が通じる!

 真面目な男マックスボーンは、仕事以外の余暇ができると、木片や端革でいろいろな小物を作るのが趣味ともいえる特技だった。今彼は、広くて厚い羊皮紙にインクで枠を描き、各枠の中に大きな文字を書き込む〈文字盤〉を制作していた。


 きっかけは、ペラミナス家の馬の飼育係や庭師たちと馬小屋で行ったカードゲームだった。馬小屋の奥にある疾風の居場所の前に集まり、酒代を賭けてカードゲームをしていた。


 その時、疾風は何かをマックスボーンに伝えようとしているかのように、しきりに合図を送ってきた。試しにその合図に従ってみると、それ以降連戦連勝だった。ほかのプレイヤーの手札を見て教えてくれているのが明らかだった。


 普段、正直を信条とするマックスボーンは数回勝った後、良心が咎めて疾風に『ありがとう、でももういい』とジェスチャーで伝えた。疾風は『分かった』とうなずき、それ以降は黙って見守るだけだった。


(疾風は確実に人間の言葉を理解するだけでなく、周囲の状況を完璧に把握している。前からそんな気がしていたけど、これで確信した。)


 その後、マックスボーンは疾風と会話を試みたが、残念ながら疾風は人間の言葉を話せなかった。しかし、疾風は話したがっているように感じた。少なくともマックスボーンにはそう思えた。そこで彼は文字盤を作り、疾風に文字を教えてみることにしたのだった。


 準備が整うと、彼は疾風を空いている納屋へと連れて行った。他の人に見られないように中から鍵をかけ、薄暗い納屋の中に灯りをともした後、疾風の前に立ったマックスボーンは真剣かつ厳かな表情だった。

「さあ、疾風。始めよう。」



 疾風は喜んでいた。期待していた魔法使いではないが、ついに言葉が通じる人間が現れたのだ。

 レオンは、疾風をこの上なく大切に扱い、ほとんどの意思表示は視線や仕草だけで全て汲み取ってくれた。しかしそのせいか、疾風が人間のように考え、コミュニケーションができるとは考えもしないようだった。


(まあ、前世の記憶を取り戻したのは、結構成長してからだったしな。)

 生まれた日から疾風を世話してきたからこそ、疾風のことを誰よりも理解しており、それが逆に発想の転換を難しくしていたのかもしれない。


 マックスボーンが作った文字盤を見ると、アルファベットのような表音文字だった。大学受験と就活を経験したユリじゃなく、疾風には簡単な課題だった。それに加え、エレンシアの文字は、幼い頃からレオンと共に様々な場所を巡り、標識や店の看板などで目にして多少は知っているものでもあった。


 疾風が予想以上に早く文字を覚えると、マックスボーンは本格的にコミュニケーションを試みた。疾風の足元に文字盤を置き、疾風が前足でトントンと文字を指すという方法だった。時間はかかったものの、慣れるとそこそこ使えるようになった。


「人間の言葉を理解できるのって、お前だけなのか? それとも他の馬もそうなのか?」

 とりあえず、こちらの年齢では自分がマックスボーンよりずっと年下なので、敬語を使うことにした。


【私だけです】

「やっぱりそうか。これまでにたくさんの馬を見てきたけど、お前みたいなやつは他にいないもんな。じゃあ、お前はもともと馬だったのか? それとも人間だったのか?」


 マックスボーンの問いに、疾風は少し迷った。どこまで話していいものか。この世界とは別の世界、転生。そういった概念をマックスボーンが果たして理解できるだろうか?


【ここではない別の世界では人間でした】

「別の世界?」


【この世界とは違う別の世界です】

「ふーん、そんなのがあるのか? 妖精の世界とか、天界とか、魔界みたいなもんか?」


【いえ、そういうのではなく、全く別の世界です】

 マックスボーンには難しい話だったのか、首をかしげながら次の質問をした。

「別の場所からここに来たのなら、なんで馬になったんだ? 邪悪な魔法か呪いにでもかかったのか?」


【いいえ、向こうで死んだら、こっちで仔馬として生まれたのです】

「もともと人間だったのに、こっちでは動物に生まれたって?」


【はい】

「それじゃあ、何か大きな罪を犯して罰を受けたんだろうな?」


【違うと思います。死ぬ前に他の人たちの命を救ったのですから。】

「じゃあ、どうして?」

【私にも分かりません。】


 マックスボーンは、訳が分からないとでも言いたげに、目をパチパチさせた後、自分なりに勝手な結論を下してしまった。

「神様がミスをしたんだな。」


 神のミス? 神がそんな間違いをするのかと思ったが、自分がなぜこの世界で馬として生まれたのか分からない以上、そう言われるとそんな気もしてきた。


「神様が遅ればせながらミスに気づいて、だからお前を馬の中の最高の存在にしてくれたんじゃないか?」


 妙に説得力があった。そういえば異世界ものでも、神のミスで死んだ場合、いろいろな特典が与えられることが多い。


(いや、でも、どうして 馬なのよ? 馬として生まれるのが決まった後に、ミスに気づいたの? それなら、そんなミスをした神って、一体誰? せめて人言ぐらい話せるようにしてくれよな!)


 前世で、特に宗教を信仰したことがなかったせいか、イエス、ブッダ、アッラー、シヴァ、閻魔大王等々。ありとあらゆる候補とともに、さまざまな憶測が頭を駆け巡った。


 マックスボーンは興味津々といった様子で質問を続けた。

「どんな場所だったんだ? お前がもともといた世界っていうのは。」


【今ではだいぶ忘れてしまったので、よく思い出せません。でも、ここに割と似ていたような気がします。】


 この部分は適当に嘘でごまかした。ここで民主主義とか、自動車、インターネットのような現代地球の制度やテクノロジーについて語るのは、よくない気がしたからだ。


(私が革命の旗手になるわけでもないしな。)

 よくは分からないが、この世界には地球とは異なる、この世界なりのルールや摂理のようなものがある気がして、それを自分が下手に割り込んで、壊したり変えたりするべきではないと思った。


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