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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
Ⅱ ブレイツリー
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7. レオンの探し物

 ヒース兄弟が帰った後、レオンとアルは、シトマの街へ出かける準備を整え、馬小屋へ向かった。


 各々の馬に鞍を載せて乗る直前、深刻な顔で何か考え込んでいたレオンが、突然アルに近づき、いきなり彼をぎゅっと抱きしめた。アルは仰天してレオンを振りほどいた。

「何してるんだよ!気持ち悪い!」


 レオンはバツが悪そうに頭を振った。

「いや、なんでもない。やっぱりそんなわけないよな。」


「何だよ、それ?何が『そんなわけない』だ?」

 アルが眉をひそめて問い詰めたが、レオンは『気にするな』と言って話を流した。


 疾風は、レオンがなぜそんなことをしたのか察しがついたが、アルに伝える術がなく、一人でプルプルと笑っていた。



 二人は、シトマの街へ出て商店街を回ることにした。マクスボーンは別の用事があると言って邸に残った。


「まずはポーションを見て、それから魔道具店に行って。」

 アルは魔道具を見るのが楽しみなのか、スケジュールを口にしながら興奮していた。


「ここで買うつもり?」

「性能と値段を見て、良いものがあれば少し買うつもりだ。特に魔力ポーションはあればあるだけ助かるし、まだ回復術士がいないから、回復ポーションを多めに確保しておくのもいいだろう。」


「怪我を前提にしてるな。」

「そりゃそうさ。恐ろしい魔獣がいっぱい出てくるところじゃないか。」


「危険なところに巻き込んで悪いな。」

「いや、いつかは俺も行ってみようと思ってた。混沌の地って、戦士と魔法使いの修練場であり、魔道具職人の鉱山、回復術士の実習場とも言われるだろ?

 エレンシアでも修行や冒険のために訪れる人が多いんだ。この機に、そこで経験を積むのも悪くない。お前のおかげで給料をもらって冒険できる。むしろありがたいよ。」


 二人はポーション店を皮切りに、魔道具関連の店を巡り、最後に宝石店の通りに立ち寄った。


 アルが魔道具店を素通りできないように、レオンも旅の途中で目に入る宝石店には必ず立ち寄る癖があった。家族へのプレゼントを買うのかと思いきや、購入したことはなく、何かを探しているのか、ただ見て回るだけだった。


 一般のアクセサリーには全く興味のないアルは、適当に目を逸らしていたが、ついに退屈になって、ペンダントの類を見ているレオンに話しかけた。

「さっき会った兄弟のことだけど。まれに見る美形だね。」


「そうだね。」

「あまりに整いすぎてて、最初は二人とも女かと思ったよ。それはそうと、キアン・ミラン卿はすでに騎士爵を授与されているみたいだな。ヒース・ミラン卿は若いのに、どうやら家督を継いでいるようだし。」


「どうして、それが分かるんだ?」

「手袋の中に太い指輪をつけていた。ブレイツリーでは家督を継いだ者は必ず家紋が刻まれた指輪をつけていると聞いた。」


 アルは、何もつけていないレオンの手に目をやって尋ねた。

「お前の実家にはそういうのはなかったのか?」


「うちの家はそんな格式高いところじゃないから、家紋とか指輪みたいなものはないよ。」

「前から気になってたけど、寄る場所ごとに宝石店に入るのはなんでだ?何か探してるのか?」


 ペンダント類を眺めながら、レオンが答えた。

「うーん、可能性は低いけど、探したいものがある。父さんが出陣するとき、母さんが首にかけてあげたネックレスがあってさ。それが誰かに拾われたりしてるかもしれないと思って。」


「普通のネックレスなら、見つけるのは難しいだろう。何か特徴でもあるのか?」

「これとペアになってるんだ。」


 レオンは服の中にかけているネックレスを取り出した。鮮やかな朱色の輝きを放つ、かなり大きな宝石がはめ込まれた半月形のペンダントだった。


「これはただの宝石じゃなさそうだな。魔石の一種か?」

「〈恋人の心臓〉と呼ばれる魔石だ。一つの原石を二つに割ったもので、もう片方の破片が近くにあると、光を放ち共鳴するって聞いた。両親が混沌の地を冒険していた時に手に入れたものらしい。」


「〈恋人の心臓〉って有名な魔石じゃないか。魔法アイテムとしては大した効果はないけど、そのロマンチックな意味合いから高値で取引されていると聞いたよ。こういう見た目だったのか。それで赤い宝石のものを一生懸命探してたんだね。」


「片方だけじゃ、価値は大きく下がるけど、宝石として使えるから、誰かが拾って、そのままか、別の形に加工されてでも流通してる可能性があるだろう。だから一応探してるんだ。」


 レオンの父、ギデオンの遺体は見つからなかった。誰もが彼が戦死したと思ったが、母親のレイナが希望を捨てず、ノクシに留まって待ち続けたのも、彼の死が確認されなかったからだった。


 〈月の宮殿〉を出てから、アルとレオンは、ギデオンが最後に目撃されたという平原を訪れたが、成果はなかった。


 当時、ブレイツリー軍は、辛くもカリトラム軍を撃退することに成功したものの、ブレイツリー国王が重傷を負うほどの大混戦だった。あまりにも多くの人が亡くなり、その戦いのことを話すことさえ人々は嫌がった。


 その時の負傷が原因か、ブレイツリー国王のアベルクロフは間もなく若くして崩御し、幼い長女が跡を継ぐこととなった。その混乱に乗じて、3年後に再びカリトラムの侵攻があり、今度はミレーシン全域がカリトラムの支配下に落ちた。


 そしてさらに2年後、ブレイツリーが大規模な反攻に出て、ミレーシンを奪還するという、まさに血で血を洗う歴史が繰り返された。


「そのネックレスをこんなところで探してるってことは、お父さんが亡くなったと考えているからだろう?」

「僕も母さんもそう思ってる。もし生きていたなら、きっと俺たちのところに戻ってきてくれたはずだから。」


「お母さんは再婚なさったのに、どうして、それを探そうと思うんだ?」

「母さんの最後の思い出だから、見つけてあげたいのもあるし、エレンシアの父さんを安心させてあげたい。」


 アルがその意味を測りかねて首をかしげると、レオンが補足した。

「今でも時々不安がるんだ。いつか俺の実の父親が母さんを探して戻ってくるんじゃないかって。」


 レオンの継父ウィレムは、レイナと同じ村で育った幼馴染だった。長い間レイナに片思いしていたが、思いを告げられず逡巡(しゅんじゅん)しているうちに、レイナはエレンシアを離れて大陸へ冒険の旅に出て、そこでギデオンと出会い結婚した。


 レイナがレオンを連れて故郷に帰ったとき、それまでもレイナを忘れられずにいたウィレムは、母子が村に定着できるよう、物心両面で献身的に助けてくれた。そして彼がレイナと結ばれるように橋渡しをしたのは、ほかでもないレオンだった。


「お前に初めて出会った時は、分かりやすいヤツだと思ったんだが。」

 アルは溜め息をつき、ぼやいた。

「知れば知るほど分からないヤツだな。次は、またどんな話が出てくるやら。」


 レオンは気まずそうに笑った。

「悪い。わざと隠してたわけじゃない。ただ、聞かれもしないのに、苦労話とか愚痴みたいな暗い話をするものじゃないって教えられてきたんだ。」


「それもお母さんの教えか?」

「そんなところだな。」


 レオンはショーケースから目を離して、振り返った。

「ここにもない。もう行こう。」


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