13. 使命
レオン一行がある程度回復した後、彼らはカラナエルの呼び出しを受け、正式に会うことになった。
カラナエルとニスベットが部屋に入ると、すでに謁見室で待っていたレオンたちは、一斉に席を立った。
「構わない、座りなさい。」
カラナエルは彼らに着席を促し、自身も椅子に腰を下ろすと、ねぎらいの言葉をかけた。
「辛く厳しい戦いだっただろうに、よく乗り越えた。
キベレの禁忌を破った者には、本来、死に匹敵するほどの過酷な試練が課せられるのが原則だ。今回の試練もその一環ではあったが、それだけではない、別の重要な意味もあった。
今日はそれについて話そう。」
そう言い、カラナエルは太古の魔法帝国の滅亡へとつながった事件について語り始めた。
はるか昔、繁栄を極めた魔法帝国は、未知の力に満ちた異世界を発見した。そこは、時空の区別もなく、物質と反物質が混ざり合い、凄まじい混沌の力が渦巻く、神秘的で恐ろしいところだった。
その異世界をどうするべきかを巡り、帝国内の意見は二分された。
その力を制御し積極的に活用しようとする派閥と、その危険性を警戒し、完全に封印しようとする派閥。両者が激しく対立する中、帝国の皇室は前者の意見に傾いていった。
その結果、この世界全体がその巨大な力に巻き込まれ、原初の混沌—カオスへと還る危機に瀕することになった。
未曾有の危機を前に、天界・中間世界・魔界は手を取り合い、力を結集して対応し、かろうじて世界の崩壊を食い止めた。
そして、その戦いの果てに生まれたのが、今なお残る〈混沌の地〉だった。混沌の力を封じる最も強力な封印であ9九つの聖遺物に加え、キベレを含む安全都市の魔塔は、一種の錠前の役割を果たしていた。
安全都市の魔塔は、封印であると同時に、混沌の力をわずかずつ外へと放出し、その力を徐々に鎮める機能を担ってきたのだ。魔塔から放出される力の影響で、〈混沌の地〉は今のような姿になっているであった。
「今回の試練の対象である〈魔王の剣〉は、9つの封印のうちの一つである。」
話を聞きながら、まさかと思っていた一行は、そんな重大な聖遺物がなぜ世に出てしまったのかと、疑念の目を向けた。
ニスベットが口を開いた。
「現在、封印を解除し、その危険な力を利用しようとする勢力がいます。彼らはすでに9つの聖遺物のうち、3つを手に入れました。
次に狙っていたのが、今回の聖遺物です。」
「一体彼らは何者で、奪われた3つの聖遺物とは、どんなものですか?」
アルが険しい表情で尋ねた。
「彼らが奪った3つの聖遺物は、ブレイツリー王国の『月の宮殿』にあった古代帝国の聖遺物〈月のサークレット〉と、混沌の地の南部、忘れられた聖域に封印されていた天界の聖遺物〈光の祭壇〉。そして、西大陸南部に隠されていた〈光の盾〉です。」
『月の宮殿』という名を聞いた瞬間、キアンは顔を上げた。
「カリトラムが黒幕なのですか?」
ニスベットが肯定した。
「その通りです。」
「カリトラム王国は一体なぜそんなことを? 封印を解いて、何をすしようとするのですか?」
アルが困惑した様子で問いただした。
キアンがそれに答えた。
「カリトラムは王国の創設当初から、古代帝国の力を利用することに執着してきました。今回の件も、その延長線上にあるのでしょう。」
アルは顔をしかめ、キアンに問い返した。
「伝説の古代魔法帝国すら滅ぼした力だぞ? そんなものを利用しようだなんて、無謀すぎるんじゃないか?」
アルの疑問に、カラナエルが答えた。
「長い年月の間に、混沌の力は当時に比べればかなり弱まっている。
魔塔を通じて、混沌の地へと少しずつ放出されてきたからな。
それを踏まえて、彼らは過去とは違い、自分たちなら制御できると考えている可能性が高い。」
レオンが尋ねた。
「実際のところ、制御することは可能なのでしょうか?」
「私は懐疑的だ。実際に、彼らが〉光の祭壇〉を動かしたことで、封印が不安定になり始めている。
だが、彼らはそうは思わないだろう。もし彼らが封印を解き、古代帝国の力を手にしようとするなら、考えられる結末は二つだ。
一つは、彼らが制御に成功し、マゼレット大陸を超える覇王国が誕生すること。
もう一つは、失敗し、過去と同じように、この世界全体とはいかなくとも、少なくともマゼレット大陸、あるいは中間世界の全てが、
〈混沌の地〉と化してしまうことだろう。」
カラナエルの言葉が終わると、その場に沈黙が落ちた。
しばらくして、レオンが口を開いた。
「本日、この話を私たちに聞かせる理由は何でしょうか?」
「レオン・ヴァルラス、そなたの手にある魔王の剣〈ルナティアス〉は、9つの聖遺物の一つであり、その中でも最も危険な存在だ。
魔界の聖遺物であるがゆえに、それは持ち主を選ばぬ。資格を認めさえすれば、相手が誰であろうと、どんな目的であろうと、その力を授けるのだ。
さらに、かつては、魔界を含む世界全体の危機であったため、天界・中間世界・魔界が協力した。しかし、今回の事態は中間世界に限られた問題。ゆえに、天界も魔界も関与しないだろう。
もし、あの魔剣が奴らの手に渡れば、それだけで計り知れない脅威となる。決して渡してはならぬ聖遺物であった。」
レオンを含め、一行全員が、自らが対峙した敵を思い返した。
主を選ばぬ力―カラナエルの言葉が、痛いほど理解できた。
カラナエルは言葉を続けた。
「今回の試練を、そなたと仲間が命と全存在をかけた戦いの末に乗り越えたことは、私も知っている。
だが、この先の戦いもまた、それと同様、あるいはそれ以上の苦難が待ち受けているかもしれぬ。
レオン・ヴァルラス、そなたに、もう一度選択を求めよう。
この戦いに身を投じるか、あるいは身を引くか。
もし参戦してくれるならば、この戦いの中で、私の持つすべての力をもって協力を約束しよう。
だが、戦いから降りるのならば、その魔剣はここに置いていってもらう。あれが敵の手に渡ることだけは、何としても阻止せねばならぬ。その代わり、できうる限りの対価は支払おう。」
誰もがすぐには答えられず、思考を巡らせた。
魔王との激戦を辛うじて終えたというのに、今度はまた別の戦い、それも大陸の運命を賭けた戦いに身を投じねばならぬかもしれない。その事実は、彼らにあまりにも重くのしかかった。
レオンが真っ先に決意を固めた。
「私の使命だと受け止めます。私は魔王に、大切な人々とその平和を守る力を求め、そして魔王は私の意思を認めました。
ここで退くことは、私自身を裏切ることであり、私を認めてくれた魔王をも裏切ることになります。皆を守るために、戦います。」
カラナエルは微笑みをもってレオンに応え、残る仲間へと視線を向けた。
「そなたたちにも問おう。この戦いに加わるか、それともここで降りるか。この場で決めてほしい。」
ゲールがそれに続いた。
「世界が滅びたら、結局は皆死ぬことになります。今だけの安全を考えても、仕方がありません。当然、レオンと共に戦います。」
言葉だけ聞けば堂々としていたが、内心では、『やっとまともな生活ができるようになったのに、ここで世界が終わるのは、あまりにも理不尽すぎる』という、割と自己中心的な理由もあった。
次に、キアンが口を開いた。
「喜んで共に戦います。世界を守る戦いに力を尽くすことは、騎士としての当然の務め。
そして、それはすなわち、ブレイツリーを守ることでもあります。」
続いて、アルが答えた。
「私も参加します。大陸に、手段を選ばない覇王国が誕生するのも嫌ですが、世界が滅ぶなんて、もっとありえません。これは、エレンシアのための戦いでもありますからね。」
マックスボーンも同感だった。
「私も同じ意見です。家族や友人、故郷を守るためなら、戦わなければなりません。」
ユニスとフローラも頷き、賛同の意を示した。
「そなたたちの勇気と献身に感謝する。」
レオンたちの顔を見渡すカラナエルの表情には、安堵とともに彼らへの憐れみと心配が滲んでいた。
レオンが尋ねた。
「これから、私たちはどのような役割を担うことになりますか?」
「まず、彼らがこれ以上聖遺物を手に入れないよう、阻止することが重要だ。それによって、彼らの野望を最大限に食い止めることができる。9つの聖遺物のうち、現在世に出ているのは6つ、まだ封印されているのは3つだ。」
アルが言った。
「先ほどカリトラム側が3つの聖遺物を手に入れたとおっしゃいましたね。封印を解くには、いくつの聖遺物が必要なのですか?」
「聖遺物がすべて世に出れば、封印解除の条件は整う。しかし、彼らの目的は封印を解くこと自体ではなく、封印によって抑えられた力を利用することだ。そのために、できる限り多くの聖遺物を手に入れようとするだろう。」
キアンも会話に加わった。
「もしカリトラムが現在確保している3つの聖遺物以外を手に入れられなかった場合、彼らはそのまま諦めると思われますか?」
「そうあってほしいが、断言はできない。カリトラムの歪んだ欲望は最近生まれたものではなく、深く根付いたものだからな。
我々は、彼らに古代帝国の遺物、あるいは遥か昔にその力を利用しようとした者たちが作った装置や資料、さらにはその妄想を煽る存在がいると見ている。」
ユニスが尋ねた。
「カラナエル様の力でも、彼らを止めることはできないのですか?」
カラナエルは苦笑した。
「私は全能の存在ではない。残念ながら、混沌の地の外へ出ることもできないのだ。エルフたちも人間の地へ行くことはほとんどないため、外の情報は主にニスベットを通じて聞いている。」
ニスベットが言った。
「今、カラナエル様が持っている白い杖が、現在世に出ている6つの聖遺物のうちの1つです。もう1つは、ブレイツリー王国にある〈王の指輪〉です。」
この言葉に、キアンの表情はさらに深刻になった。
「陛下もこのことをご存じなのですか?」
「カリトラムの動きについては、情報を共有されています。」
ニスベットの答えを聞いた一行は、この事態がキベレ、カリトラム、ブレイツリーまでも巻き込んでいることを改めて認識し、ますます心が乱れた。
話を終えた後、カラナエルとニスベットが立ち上がると、レオンたちもそれに続いて立ち上がった。
レオン一行が二人の後に謁見室を出ようとしたとき、カラナエルとニスベットが前方で立ち止まった。
二人の前には、キベレの守護騎士の一人が立っていた。カラナエルと小さい声で言葉を交わした後、騎士はカラナエルに深く頭を下げた。
カラナエルがレオンを振り返った。レオンは緊張でその場に釘付けになったように立ち尽くしていた。
カラナエルは、レオンにそっと頷いてみせると、ニスベットと共にその場を去った。
レオンは、自分の方へと歩み寄ってくる銀白色の騎士を、ただ茫然と見ていた。騎士がレオンの前に立ち、顔につけている金属の仮面を外した。ギデオンが微笑み、レオンを見つめた。彼は手を伸ばし、そっとレオンの頬に触れた。
「大きくなったな、レオン。」
レオンは何も言えなかった。
「すまない。約束を守れなくて。幼いお前に、あまりにも大きな荷を背負わせてしまったな。」
レオンはゆっくりと頭を横に振った。
「忘れていてくれればよかったのに。どうして思い出したんですか?」
ようやく絞り出したレオンの声は震えていた。
ギデオンは静かに答えた。
「これは、私が選んだ道だ。忘却の中で存在を続けるより、お前のことを、レイナを覚えることの方が、私にとってはずっと価値のあることだ。」
ギデオンの表情は、まるで光を宿したかのように穏やかだった。
「レイナは、幸せにしているか?」
レオンはかろうじて答えた。
「…はい。」
「それならいい。レイナには、あの時カリトラムとの戦いで戦死したと伝えてくれ。それが事実だからな。」
ギデオンは鎧の内側からペンダントを取り出し、そっとレオンの手に握らせた。
〈恋人の心臓〉が共鳴し、澄んだ音を響かせる、中から赤い光が放たれた。
「父さん。」
レオンの目に涙が込み上げた。
ギデオンは静かにレオンを見つめ、優しく微笑んだ。
「迎えに来てくれてありがとう。こうして立派に成長したお前に会えて、本当に嬉しいよ。」
ギデオンの笑顔が、柔らかな光に包まれた。やがて彼の体が淡く輝き始め、その光の中で少しずつ姿が消えていった。
「ダメです。こんな風に行ってしまうなんて。」
レオンは、急いでギデオンを抱きしめた。
ギデオンは優しくレオンを抱き返した。
しばらくすると最後の光の残滓が消え去り、レオンは俯いたままその場に立ち尽くしていた。彼の手の中で〈恋人の心臓〉が、悲しげな音を響かせつつ、光っていた。




