4. 偶然?それとも必然?(1)
レオンとアルが3日間の温泉宿泊を楽しみ、月の宮殿を後にすると、見知らぬ男が2頭の馬を連れて正門の前で彼らを待っていた。平均的な背丈にがっしりとした体格を持つ、20代半ばの男だった。
「マックスボーンと申します。フィオール陛下のご命令で参りました。」
マックスボーンは2人に丁寧に頭を下げた後、懐から封印された巻物を取り出し、アルに差し出した。
巻物を読んだアルは、それをレオンに渡した。内容は、疾風を管理し守るのに役立つ者を選び送り出したので、同行するように、というものだった。
レオンは困惑した表情で顎を撫でた。出発時にこの話を持ち出されていたら、恐らく断っていただろう。それを見越して時間差で人を派遣したのは間違いなかった。
レオンが知っていたのか?という目つきでアルを見ると、アルは困ったように肩をすくめた。
「いや、途中で何度か陛下に報告はしたけど、こんなことになるなんて俺も。」
レオンはマックスボーンの服装を注意深く観察した。
騎士でも魔法使いでもなく、こざっぱりとしているが平凡な普段着だった。剣や槍といった武器は持っておらず、代わりに左腕に丸い物を装着していた。革で表面が覆われており、おそらく小さな盾のようなものだと推測された。
「普段はどんなお仕事をされているのですか?」
レオンの質問に、マックスボーンは2頭のうち一頭の馬に積まれていた荷物を降ろし、その中から大きなブラシを取り出して見せた。
「馬の管理をしています。」
そう言って、今度は左腕に装着した円形の盾を指差した。
「盾兵でもあります。」
アルがレオンをなだめるように言った。
「こうなった以上、仕方ないさ。馬を世話してくれる人がいると実際に助かるしね。月の宮殿であったようなトラブルにも対応しやすくなるだろう。」
アルの言葉はもっともだった。馬の世話は時間と手間がかかる仕事で、旅をしながら馬まで管理するのは正直言って大変で辛いことだった。
「まさか、また誰かが来るってことはないだろうな?」
これで最後であることを願いつつ、レオンはマックスボーンの同行を受け入れた。
翌朝、レオンは、見違えるほどきれいでつやつやになった疾風の姿を見て、マックスボーンの腕前に満足した。一方でアルは、自分の愛馬タマが何の手入れもされていないことに不満を感じていた。
「どうして、タマには何もしてくれないのですか?」
不満げに問いただすアルに対し、マックスボーンは淡々と答えた。
「私は疾風の世話をするために、フィオール陛下に雇われましたので。」
その後の言葉は言わずとも分かるものだった。『私を雇ったのは、フィオール陛下であって、あなたではありません。ですから、あなたに指図される筋合いはありません。』という意味だった。
アルは少々苛立ちを覚えたが、それを表に出さずに、穏やかに言った。
「それは分かりますが、同じ旅仲間ですし、疾風やマックスボーンさんの馬を手入れする時に、一緒にやっていただくことはできませんか?」
マックスボーンは毅然とした態度で答えた。
「ピートランド卿もエレンシアの方ですから、馬の世話が他の仕事をしながら、ついでにできるような単純な作業ではないことを、よくご存知だと思います。」
「う~ん。」
言葉に詰まったアルは、マックスボーンをこっそり睨んでから疾風とタマに視線を移した。
普通の人には分からないかもしれないが、エレンシア人の彼の目には、2頭の状態の違いがはっきりと見えた。そして日が経つごとに、その差はさらに目立っていくのが目に見えていた。
「分かりました。タマの世話代は私が別途支払います。一か月にエレンシア金貨1枚でどうですか?」
アルの言葉が終わるか終わらないうちに、マックスボーンが答えた。
「5枚です。」
「高すぎますよ。」
「フィオール陛下からいただいている給料に比べたら、ずっと安いです。」
「それは旅費に盾兵としての勤務手当も含まれているからでしょう。」
「この場合も旅費込みです。」
「いや、どうせ今出張中なのに、それがどうして追加されるんですか?」
憤然としたアルは大きくため息をつき、金額を引き上げた。
「エレンシア金貨2枚。」
「4枚です。」
二人の視線が鋭く交わった。どちらも中途半端なところでは引き下がる気配はなかった。
間に挟まれたレオンは困った表情で顎を撫で、疾風は興味津々でその様子を見守っていた。
(マックスボーン、この人、見た目によらずしっかり者だな。)
前世の社畜時代、当たり前のように雑務を押し付けてくる上司にきっぱりと対応できず、仕事を抱え込んでいた自分のことを思い出し、疾風は内心、マックスボーンを応援した。
(別にやらなくたって、すぐ困るわけでもなかったのに。なんであのときは断れなかったんだろうな。)
と遅すぎる後悔を噛み締めながら。
「私だって、陛下に雇われている身分ですけどね。」
「ですが、ピートランド卿と私の給料には、相当な差があるのではないですか?」
「それは。」
「その点については、何の不満もありません。ピートランド卿は、王国魔法団の一員であり、それだけの実力と実績を兼ね備えていらっしゃるでしょう。
ただ、私が申し上げたいのは、私も自分の仕事に対する正当な対価を求めているとのことです。」
交渉の結果、エレンシア金貨3枚で話がまとまった。
少し悔しそうにしていたアルが、最後に小さな嫌味を言った。
「マックスボーンさん、性格きついってよく言われませんか?」
マックスボーンは胸を張り、自信満々に答えた。
「カモにされるより百倍マシです。」
アルは沈んだ様子で背を向けた。
マックスボーンの様子がかなり満足げだったことから、エレンシア金貨3枚は、彼にとってかなり良い条件だったに違いない。おそらくそれ以下の金額でも合意する意思はあったのだろう。
ともあれ、仕事に関しては、徹底したプロフェッショナルのマックスボーンは、疾風と同じレベルで細やかにタマを世話し、光沢のあるタマの姿を見て、アルの気分も和らいだ。
ただ、マックスボーンは、タマに対して一つだけ事前に了承を得たのだった。
「お前の世話をする上で、絶対に手を抜くことはないよ、タマ。でも、緊急事態の時には盾兵として、疾風を最優先で守るしかない。それだけは理解してくれ。」
タマが分かるかどうかはさておき、真剣に事情を説明するマックスボーンに、性格の良いタマは嬉しそうに体をすり寄せた。
疾風は、マックスボーンが左腕につけている小さな丸い盾を見て不思議そうに思った。
(どう見ても、小さなフライパンくらいのサイズにしか見えないのに。あれでどうやって私を守るつもりだろう?)




