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畜生脱出〜後は異世界冒険  作者: 星を数える
プロローグ
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プロローグ

「なんてことだ!ティルヘススが2頭もいるなんて……」

 魔法使いジーフレットは、その場に釘付けになり、口をぽかんと開けた。


 薄暗い霧の中、大きな怪物の姿が2体も現れ、彼らの行く手を塞いでいた。


 ティルヘスス。高さ2メートル、全長4メートルに達する巨大魔獣で、外見はウナギに似ているが、4本の短い脚が付いている。口元には10本の黒く長い触手が生えており、その触手には魔力を封じる力があった。10本すべてを切り落とさない限り、ティルヘススに対して魔法を使うことはできないのだ。


 ティルヘススは、自在に動く長い触手と、円形に大きく開く不気味な口を使って、相手の血を吸い取る吸血攻撃を行う一方で、長い尾と前脚で強力な物理攻撃を繰り出してきた。触手に捕まるだけでも甚大な被害を受けるが、その巨大な口に噛みつかれでもしたら、大量の出血を引き起こし、すぐに命の危険にさらされる。さらに、周りに小さな沼を次々と作り出し、相手の足を取る魔法攻撃も行うという厄介な相手だった。

 そんな厄介者が、一度に2体も現れたのだ。


「このままじゃ全滅だ。」

 絶望的な予感がジーフレットを襲った。1体ならなんとか対処できたかもしれないが、2体は、想定外の最悪の状況だった。


「早く逃げた方がいいんじゃないか?」

 ジーフレットが力なく呟くと、弓使いソティが噛みつくように言い放った。

「バカなこと言うな! こんなに足がズブズブ沈む湿地で、あいつらを振り切るなんて無理だよ。」


 覚悟を決めたのか、騎士ラダメインが剣を抜いた。

「まずは、右のヤツから相手にするぞ。マケオ、後方から回復を頼む。俺とアジャルが右のヤツを相手している間、ソティは左のヤツをどうにか足止めしろ。ジーフレット、俺たちが触手を10本切り落としたら、すぐに爆裂魔法を撃てるよう準備しておけ。行くぞ。」


 その言葉を合図に、ラダメインとアジャルは右側のティルヘススに向かって駆け出した。ソティは中間地点まで出て弓を構え、左側のティルヘススに矢を放ち始めた。


 暗黒神の司祭であるマケオは後方に残り、3人に神の加護を与え、負傷に備えて回復魔法の準備をしていた。


 ジーフレットは焦りと絶望の中でそのすべてを見守りながら、爆裂魔法の詠唱を始めた。


 触手を10本すべて切り落とすまで魔力が封じられるため、ティルヘスス相手に魔法使いができることは何もなかった。しかし、皮肉なことに、ティルヘススを完全に仕留めるには強力な爆裂魔法が不可欠だった。戦闘の序盤では魔法使いを徹底に無力化しつつ、終盤では魔法使いなしでは倒せない。そんな矛盾をはらんだ魔獣、それがティルヘススだった。


 2体が一度に現れるという事態でさえなければ、ここまで追い詰められることはなかっただろう。1体を仕留めて、もう1体も倒せるだろうか?

 不吉な予感がジーフレットの頭を巡った。



 ラダメインは足元に現れた沼に足を取られ、沈み込んでしまった。急いでラダメインを引っ張り上げようとしたアジャルの首に、あの黒い触手が絡みついた。死力を振り絞ってラダメインを引き上げたアジャルは、なんとか触手を斬り落としたものの、顔色はすでに真っ青だった。


 斬り落とした部分の触手は瞬く間に再生した。再生を防ぐには、触手の根元、つまりほとんど口の近くまで斬り込む必要があった。マケオが急いで回復魔法でアジャルの治療に当たった。


 ソティの方もまた緊迫した状況だった。何本もの矢を受けた怪物が激怒し、猛烈な勢いで彼女を追いかけていた。ソティは必死に湿地を走り回り、矢を放ち続けた。身軽で俊敏な彼女でも、じっとしていても足が沈むような湿地で、怪物を避けながら動くのは容易ではなかった。


「誰でもいい、お願いだ。誰か助けに来てくれ。」

 仲間の死闘を見守るしかできないジーフレットの心は、焦りと絶望で真っ黒に焼け焦げていった。自分でも気づかぬうちに、誰にともなく、祈りの言葉が口をついて出た。


「ソティ!」

 マケオの叫び声に、ジーフレットはハッと我に返り、ソティの方を見た。


 体力の限界を迎えてよろめいていたソティが、怪物の尾に強烈に叩き飛ばされた。その衝撃でソティは遠くへ吹き飛ばされた。マケオは、慌ててソティのもとへ駆け寄った。


 ソティを倒した怪物は、今度はラダメインとアジャルに向かって進んだ。1体を相手にするだけでも困難な状況で、もう1体が加わることで、状況はさらに悪化した。ラダメインの腕と脚に魔獣の触手が絡みついた。


 アジャルは、足元にできた沼に膝まで沈み込んだまま、貪欲に伸びてくる触手と必死に戦っていた。ラダメインは剣を振るって、足を絡め取った触手を何とか斬り落としたが、彼の体は、すでにティルヘススの間近まで引き寄せられていた。大きく開いた円形の口が、ラダメインの頭を飲み込むかのように迫ってきた。


 もう迷っている暇はなかった。ジーフレットが走り出そうとしたその瞬間だった。どこからか矢が飛んできて、魔獣の頭に突き刺さった。


「グオオオォォ!」

 ティルヘススが頭をのけぞらせて、ラダメインから離れた。


 ジーフレットは反射的に矢が飛んできた方角を見た。そこには、森のエルフがいた。長い金髪をなびかせた森のエルフが妖精馬に乗り、冷静な姿勢で矢を次々と放っていた。そして彼女の仲間らしき2人の騎士とローブをまとった男性が馬から飛び降り、剣を手に矢を受けた怪物に突進していった。


 魔獣から解放されたラダメインは、力を振り絞ってアジャルを沼から引き上げた。ソティの状態を確認していたマケオは振り返り、ラダメインとアジャルに回復術をかけた。


 その時だった。どこからか「ウオオオォォー!」という太く力強い雄叫びが響き渡り、ドスン!という重い振動音と、円形の波紋のようなものが空気を切り裂いて広がっていった。


「精霊術か?」

 魔法使いであるジーフレットの目に映ったそれは、間違いなく音の波動だった。


 それと同時に、ラダメインとアジャルの様子が変わった。どこからそんな力が湧いてきたのか、彼らは力強い咆哮を上げ、果敢にティルヘススへ攻撃を仕掛け始めた。戦意と気力を高める術法に違いなかった。


「すごい。いったい誰がこんな精霊術を。」

 精霊術を使った術者の正体を目の当たりにしたジーフレットは、驚愕のあまりその場で硬直してしまった。


 真っ黒な馬がティルヘススに向かって突進しつつ、再び雄叫びを上げた。その馬を中心に重厚な振動が波紋のように広がり、周囲に響き渡った。続いて馬の口から荘厳な声で歌声が響き始めた。


「ハヤイデ スゲーナー / ヌイテル カケテル / オカネモ カケテル / ヤバイデ タノムデ / ゴノレースニ タマシイ カケテル / ダァア! ニゲテ ヌイテ /ダイヨンコーナー バグンノ セリアイ…」


 歌声に合わせてリズミカルで強力な波動の音波が、ティルヘススを直撃した。怪物の口が、まるで強風に押されるかのようにブルブルと震え、大きく開いた。


 その隙を突いて、2人の騎士とローブ姿の男が、急いで怪物の触手を切り落とした。そして最後の触手を切り落とした直後、ローブを着た男の手に強力な炎の球が出来て、それをティルヘススの口内に叩き込んだ。


「爆裂魔法! 魔法使いだったのか?」

 ローブ姿からはまさかとは思ったものの、本当に爆裂魔法を操る魔法使いであると知り、ジーフレットは再び衝撃を受けた。目の前で繰り広げられているすべての出来事が、どうにも現実とは思えなかった。


「こうしてる場合じゃないぞ。しっかりしろ。」

 ジーフレットは、自分がやるべきことを思い出した。もう1体のティルヘススを終わらせるための魔法を準備しなければならなかった。


 1体の魔獣を仕留めると、黒い馬は、ラダメインとアジャルが相手をしているもう1体のティルヘススに向かって駆け出した。そして、何らかの方法で怪物の動きを一瞬封じると、前足を高く持ち上げ、怪物の胴体の下部を力強く踏みつけた。その攻撃にティルヘススは体をくねらせ、苦しそうな様子を見せた。


 ラダメインとアジャル、さらにようやく体を起こして駆け寄ってきたソティも加わり、ティルヘススの残りの触手をすべて切り落とすことに成功した。そして、ジーフレットは、ようやく魔法使いとして自分ができる最後の仕上げ、爆裂魔法をその怪物の口内に正確に撃ち込んだ。


「よかった。本当に、もうだめかと思った。」

 マケオが深いため息をつき、その場に膝をついて神に感謝の祈りを捧げた。


 ティルヘススが動かなくなるのを見届けたジーフレットは、自分たちの一行に戻る黒い馬に目を向けた。


 黒い馬は、金髪の若い騎士と親しげに何かを話していた。鞍がつけられているところを見ると、その騎士の持ち馬のようだった。誰が見ても堂々として美しく、実に立派な馬だった。


「精霊術を使い、歌いながら戦う馬だなんて。一体何者なんだ?」

 その様子を呆然と見つめているジーフレットの頭の中には、無数の疑問符が浮かんでいた。


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