表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1話 隣人彼女

ホラー小説は、簡単だ

極東の国の借金と人口減少、政治家の動向を書くだけでよい

         ナニアの経済学者 チイ・タサ・カイヤ

そもそもの始まりは、2年前のうんと寒い春の日だった。


風が強く、砂が舞い、目を開けるのも嫌になったあの日。


干した洗濯物が、バタバタと音をたてて飛ばされそうになった。


慌てて窓を開け、ベランダへ飛び出す。


隣の部屋のほうからも、カラリという窓の音。


ボクと同じく、洗濯物を取り込もうとしているようだ。


ふわっとした良い香り。


きっと、あれが彼女との最初の出会いだったのだろう。



この年、ボクは、東京文理創造大学に外部出身の研究員として所属することになった。


それは、いわゆる産学共同研究のための出向のようなもの。


会社の事業、新しいフリーズドライの研究のためである。


創造大学の教授により、新たなフリーズドライ製法が開発されたのだ。


ただし、このボブ・ゲイル教授の新フリーズドライ法は、基幹技術となるものではあるものの汎用水準とはいえず、一般企業が使用するには、あまりにエネルギーコストが大きすぎた。


なんと、1回に必要な電力は1.21ジゴワットで、燃料にプルトニウムを使用する必要があるのだ。


ボクの役目は、それを会社で使う商業レベルまで省エネ化すること。


研究員生活は、教授とリビアまでプルトニウムを仕入れに行かなければならないなどの面倒事はあったものの、環境は、快適・・・いや、最高と言っていいものであった。


まず一番は、大学の最新設備を使って、研究できるようになったこと。


もちろん、ウチの会社の方が優れている部分もあるが、複数の学部を有する大学の幅広い設備にはかなわない。


しかし、それ以上に素晴らしい事は、時間を気にしなくて良くなったことだ。


研究職とはいえ、勤め人の場合は、労働の基準となる就業規定があるため、一定時間を超えれば、退社する必要がある。


しかし、研究員に時間制限はない。


丸2日寝ずに徹夜で研究しようが、3カ月休みなしだろうが、文句を言う人はいないのだ。


それでも、研究室を追い出される日は、存在する。


例えば、大学入学共通テストの日。


東京文理創造大学は、共通テストの実施会場となっており、試験前日の午後から、大学構内への立ち入りが禁止になってしまうのだ。



彼女と初めて言葉を交わしたのは、そんな日の『帰り道』であった。



めずらしく、日の高いうちに大学を追い出される。


南門から続く坂道をゆっくりゆっくり下っていった僕は、大きな紙袋を抱えた女性の後姿を見つけた。


彼女の歩みは、僕より遅く、右にふらふら左にふらふら。


見ていて危なっかしいものであった。


そうして、ゆっくり歩くボクが、彼女を追い越そうとした瞬間、紙袋から黄色い物が転げ落ちた。



みかんっ。



小さなミカンがひとつ、坂道を転げ落ちようとする。


慌てて手を伸ばした彼女は、もっと窮地に追い込まれた。


かがんだ拍子に、紙袋が破けたのだ。


コロコロコロ、いくつも転がっていく黄色いミカンは、もはや収集がつかない状態。


ボクと、彼女は、あっちにこっちにと転がったミカンを追いかけて集めた。


「ありがとうございます。」


ポケットから取り出した2つ目のエコバックに、最後のミカンを放り込んだ彼女が、ボクにお礼を言った時には、すでに30分は経過していただろう。


帰る方向が同じみたいだからと、彼女のエコバックをひとつ抱えると、ボクたちは、帰路につき、そうして「え?お隣さんだったの?」とケラケラと笑い転げた。


結局、片方のミカンの袋は、ボクのモノとなった。


おすそ分けである。


家に入り、コタツに足を突っ込む。


寒い日のコタツ&ミカンは、最高だ。


ひと房ずつ口に放り込みながらふと思う。


お礼に『食事』でも誘おうかな?


と言っても、どこか外食に誘うわけではない。


ボクの趣味が料理と書道なのだ。


おばあちゃんの影響で書道は、小さいころからやっていたのだが、料理を始めたのは、大学生で一人暮らしを始めてから。


そこからすっかりハマってしまい、今では、SNSに料理と筆で書いたお品書きの写真をアップするのが日課になっている。


しかし、恥ずかしいことにボクは、この年まで女の子と付き合ったことがない。


どうやって誘おうか、隣の部屋のドアの前まで行っては引き帰す。


そんなことを繰り返していると、夜型であった研究生活が、いつの間にか健康的な朝型になってしまっていた。



ピンポーン



ある日のこと。


めずらしく、ボクの部屋のドアホンが鳴った。


面倒だったので、確認せずにドアをあけたところ、そこに立っていたのは、彼女だった。


「あのー・・・コレ、そうですよね?」


挨拶もそこそこに、彼女がボクの目の前に突き付けてきたのは、スマホの画面。



 確かに、ソフトクリームに見える



そのようにコメントが書かれた写真は、ボクが、部屋のベランダから撮った白い雲の様子であった。


どうやら、彼女は、SNSのこの写真を見て、景色が自分の部屋から見る風景と同じであることに気づいたらしい。


そうして、角部屋だけについているベランダの非常ばしごが写真に写りこんでいたことから、このSNSが、ボクのものであだろうとあたりをつけたというわけだ。


「これ、作りたいんです。」


それは、去年の2月にアップした恵方巻の写真。


切ると、かわいいアニメキャラの顔が出てくるそれを、今度の節分に作ってみたいと言う。


2月3日。


彼女の部屋の小さなキッチン・・・と言っても、対称に反対になっているだけで、ウチと全く同じ間取りだ・・・そこで、恵方巻を作ることになった。


「角が無いからって、丸いわけではないよ。」


大きな海苔でくるくると寿司をまこうとする不器用な彼女にアドバイスしながら、一緒に作った恵方巻の断面に顔を覗かせたアニメキャラは、去年より少しブサイクだったけれども、彼女は、かわいいと大喜びしてくれた。


うん。君の方がかわいいよ。



それはさておき、その日の夜、ボクと彼女は、ただの隣人ではなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ