8…好物をそのまま
「第一皇子のマルコの婚約は無事決まりました。そして、皇太子の表向きの名前はリカルド・カルド・アルカルになりました。呼名は好きに決めて良いとのことです」
ルカが淡々と説明をし始めた。
カイが現れてから数時間後、ミアの滞在する部屋でのお茶の時間にルカとジュゼと双子たちがやって来た。
「アーティとチョークだ!!」
ミアが肩を落としている。
もう少し違う名前にしておくんだった……
同じソファの隣、カイの膝の上で子どもの姿のアーティとチョークは大喜びをしている。
「以前からエスカー国との交換留学の要望があったのですが、エスカー国へ双子を留学させたいと思います」
「留学?! 猫を?」
「カイ、皇太子殿下よ」
ミアは隣に座っているカイを注意した。
「違うよ、兄様、アーティとチョークだよ!」
上目で見てくるアーティとチョークと、カイは目が合った。
「くそっ……子どもの姿も可愛いとか何なんだよ」
カイは膝の上にいるアーティとチョークの頭をワシワシなでた。
アーティもチョークも嬉しそうに笑っている。
それを見ながらルカは続けた。
「こちらの事情を知っているスフィル辺境伯領が良いと伝えたところです」
「え、うち、学園無いけど大丈夫かしら」
「ねえ、それ、僕も行く」
今の今まで黙って静かにしていたジュゼからの突然の砲撃に、整っているルカの顔が崩れた。
「「「「はぁ?!」」」」
「僕は鉱山が専門だから詳しいよ。知りたいでしょう?」
ミアがアルカル国の剣を見るたびに目を輝かせていたのを見ていたジュゼは、そう言って優しく笑った。
「た、確かに……父も喜ぶかもしれません」
ジュゼの奇麗な顔を初めてしっかり見たカイは、真っ青になってミアを見た。
「姉上、あいつは危険だ。何か危険な気がする」
ブンブン首を振っているカイの背中を、ミアはさすっている。
そして、ミアは何のためらいもなく隣りに座っているカイの頬にキスをして、頭をなでながら笑顔になった。
「カイは素敵よ」
急に静かになったので、はっとミアは我に返って周りを見回した。
皆黙ってミアを見ている。カイは何だか嬉しそうだ。
「すみません、つい……」
カイはアーティとチョークを膝から下ろして、ミアを乗せて抱きついて離さなくなってしまった。
カイがただ一方的に溺愛しているのではなく、ミアの無自覚の言動のせいもあってシスコンに拍車がかかってしまっているのだと、その場に居る全員が理解した。
コンコン
ルカに指示されて従者が扉を開けると、ふて腐れたマルコと貴い格好の若い夫婦が2人立っている。
皆が立ち上がったので、ミアも急いでカイを解いて一緒に立ち上がった。
顔が見えないように下を向いて。
「ああ、楽にしてくれ。で、スフィル辺境伯の子どもたちは?」
まだ下を向いているのがミアとカイだったので、すぐ分かったらしい。
息子さんたちに好物の野菜を名前に付けたのは私ですと、堂々と顔を見せられるような心境ではない。
「お前たちか。顔を上げなさい。ところで、隠居したじいさんと大奥様は元気か?」
ミアが驚いて顔を恐る恐る上げた。
「はい、お陰様で……祖父母をご存知でいらっしゃるのですか?」
「ああ、君も奇麗なアルカル語を話せるんだな。いやー、あのじいさんには何も敵わんかった! 今は父君も素晴らしいが、凄いのは母君だな」
ミアは他国で家族が褒められているのを聞いて、不思議な気分だが、誇らしかった。
「ありがとうございます」
ミアは嬉しそうに笑ってカーテシーで挨拶をすると、国王は一瞬驚いた顔をしたが、納得したように笑った。
「これはマルコも駄々をこねるわけだ」
隣で余計なことを言う父親を、マルコがジロッと見ている。
「そうね。アーティもチョークも、ご執心の意味がわかったわ」
「……」
その名前で良いんでしょうか、今ならまだ引き返せると思うんですけど。
ミアは何も言うことができず、王妃から自分の好物の名前が発せられるのを、ただただ薄い目をしながら聞いているだけだった。
「僕もエスカー国に行きます」
ジュゼがさらっとそう言うと、国王も王妃も目が丸くなって目を合わせた。
「鉱山について広報して来ます。取引できれば最高でしょう?」
皆驚いている。ジュゼが自分の欲を通そうと、ここまで長く発言する姿を初めて見たから。
質の良い鉱物を取引して他国に渡すことは、敵に塩を送ることになる。
しかし、辺境伯領は特別自治区のような所だし、友好な関係を築けた方が両国にとっても良いことだ。
だがしかし。
「……お前もか」
半ばあきれている国王の言葉に、ジュゼはただふわりと笑顔で応えた。
「はぁ、必ず成果を上げて来い。なら、アーティチョークは行かなくて良いか」
国王はいたずらっ子の顔をしてアーティとチョークを見ている。
「「は?! 何で?!」」
国王はアーティとチョークの名前を分けず、もう野菜そのままの名前で呼んでしまっている。
その上、本人たちの強い要望により夕食にアーティチョークが出てきてしまった。
ミアは白目をむきそうになったのを、手で隠すしかない。
そして、もうやめて下さいと叫べるものなら叫びたかったのだけれど、できるはずがなかった。