7…スフィル辺境伯家の姉弟
「4才年下の弟のカイが、普段は人懐こくて可愛いんですが、かなり、その、私に懐いて、いえ私に過保護な子でして」
手合わせが終わり、スフィル辺境伯家の強さを伝えることができたが、あとはカイについても説明しなければと、歩きながらミアがルカとジュゼと話をしている。
なぜか、またミアの滞在している部屋へ向かっているのだが……
ミアはカイのことを話しながら、羞恥から目を開けずに説明をしている。
「4つ下ってことは、12才だよね?」
目を閉じながらもしっかり歩くミアに突っ込むことをもはや諦めたルカが確認する。
「はい。でも、もうすぐ13才です。背は私より高いんです」
部屋に着いたので、また先ほどと同じ席に着いた。
従者たちが新たにお茶の用意をし始めている。
「お断りするにしても、あの、だ、第一皇子から、こっこん、婚約者にと言われたなんて、そんな事を知られた日には、もう考えただけで」
「へえぇぇ? 姉上、そんな事を言われたのか」
声のする方へ振り返ると、カイがバルコニーの手すりに寄り掛かっていた。
ミアは立ち上がって、真っ青になっている。
「トラブんなって言われてっから、とりあえず様子見て連れて帰ろうと思ってたんだけどなぁ」
カイはミアの言葉を聞いて相当ブチ切れているようだ。
「カイ、聞いて」
「第一皇子様はどっちだ? 俺より弱いやつには渡さねぇって決まってっからな」
カイは目が据わった状態で、準備運動よろしく剣を振り回している。
「ここには居ないし、そういう話が出ただけなのよ」
「そこの2人をかばってんじゃねぇのか」
「違うわ」
「じゃあ、呼べよ」
ルカとジュゼがコソコソしている。
「ジュゼ、彼ら、何だか浮気の誤解をされた時みたいな会話をしてるけど、2人は姉弟だよね」
ルカの話を聞いて、ジュゼが笑った。
「ふふっ、僕も思ってた。面白い姉弟だね」
ミアが気まずそうに、ルカとジュゼの方にゆっくり向いた。
「すみません。ああなったら、抑える方法が……1つだけ、あるんですが。お見苦しい物を、お許しください」
ミアは恥ずかしそうにため息をついてから、腹をくくって顔を上げた。
他国で、しかも王城で弟がお騒がせ者になるなんて、そうなる前に絶対止めなければならない。
できる限りカイの視界に入るように、ミアは前に出ていく。
「カイ!!」
ミアはバルコニーにいるカイに向かい合って立ち、手を広げた。
ルカとジュゼがソファからそっと2人の様子を伺っている。
「……おいで?」
ルカとジュゼが開いた口が塞がらない状態になっているのが伝わってきて、ミアは居たたまれない気持ちでいっぱいになった。
穴があったら入りたい……
カイは少し黙り込み、うつむいて剣を納めた。
そして、それを引きずりながら足早にミアの方へ向かい、手を広げて待つミアに優しく抱きついた。
「カイ、来てくれたのね。ありがとう」
「……」
「でも、突然来て剣を振り回すのは、褒められた事ではないと思うのよ。私は悲しいわ」
「……」
ミアはため息を我慢して、カイの頬にキスをした。
ほだされてたまるかと、カイはミアを抱きしめたままそっぽを向いた。
そうするうちに、カイは何かを思い出したようで、ミアを抱きしめたままポケットに手を入れて折り畳まれた紙を出して、そのままルカとジュゼに投げ付けた。
紙を開いて中を見ると、ルカの目が大きくなった。
「すごい、ジュゼ見てみて。紋章が押されてる。アルカルの言葉で書かれて、るね、だけ、ど、あー……いや、しかし、うん、さすが親子、だね」
しどろもどろになっているルカを見て、ジュゼが奇麗な顔でミアを見て微笑んだ。
「ミアは、愛されてるね」
姉の欲目かもしれないけれどカイもそれなりにイケメンだとミアは思っている。
それを大幅に振り切るような美形に微笑まれ、ミアは心臓が一瞬止まったような気がした。
「うぐっ、はい。ん? えっ?! ちょっ、どんな内容なんですか」
ジュゼが、ミアが見えるように手紙をふわりと目の前に出した。
"ミアはやらない。ミアに何かあったら即仕掛ける。1週間以内に返せ。スフィル辺境伯"
まだカイに抱きつかれたままのミアは、手紙を読んでうな垂れてしまった。
「スフィル辺境伯家、良いね」
ジュゼが珍しく楽しそうにしているのを見て、ルカは内心戸惑っている。
いつもなら、他人に、特に異性の名前を呼んだり、話し掛けたり、手紙を見えるようにしてあげたり、しない。
ジュゼはミアに興味を持ってしまったのかもしれない。
マルコもミアにアピールしているし。
双子たちもミアにご執心だし。
4人の弟として兄として、ルカはため息しか出てこない。
とりあえず何かある前にミアの弟のカイに来てもらえて良かった、そう思うことにしたルカだった。