閑話休題15〜ご挨拶
「おじい様! いらっしゃいませ!!」
馬車の扉が開いたので、ミアが嬉しそうに出迎えたが、先代辺境伯はなかなか出てこない。
隣りにいるカイと目を合わせ、ミアは首を傾げた。
「じい様も、いじけてんだろ」
同じくいじけながらミアにもたれ掛かっているカイが、小声で言っている。
ミアが馬車をのぞき込むと、椅子に横たわっているしょぼくれた老人がいた。
「お、おじい様」
ミアがもう1度呼ぶと、やっとゆらりと起き上がって、先代辺境伯は馬車を降りた。
「ミア、誤情報じゃと思うが、ミアが婚約するかもという話を聞いてのぉ」
全く覇気のない声で、目は虚ろに、独り言のように話している。
そんな先代辺境伯の様子に気付くことなく、祝ってもらえるのを疑っていないミアは嬉しそうに答えた。
「ふふ、そうなの。私ね、婚約するのよ。もう少しでこちらに来てくれるそうよ」
先代辺境伯は真っ青な顔で、ミアの肩をつかんだ。
「まだ、口約束程度じゃ。今なら破棄しても大した事にはならん。わしがそうしてやる。馬車ごと、ここに着く前に、じい様が止めてやろう」
カイは抱きついてくるし、先代辺境伯は目の前で悔しそうに泣きそうになっているし、ミアは困って笑うしかない。
出迎えの従者たちは、若干の隠しきれない苦笑混じりに、しかし歴代でトップクラスに強い先代辺境伯がいるので緊張しながら、3人が屋敷に入っていくのを待っている。
秋に入っているのに残暑が厳しい気候が続いていて、屋外にいるのは非常に辛い。
そんないつまで続くか分からないやり取りは是非涼しい室内でやって下さい……という従者たちの心の声が聞こえてきそうだ。
◇
先代辺境伯が到着した翌朝、アルカル国の皇太子を乗せた馬車が午後に到着するとの知らせが入った。
朝から明らかに嬉しそうなミアを見て、男たちは余計にふて腐れている。
馬車が見えた時なんて、飛びかかりそうな先代辺境伯と無言のスフィル辺境伯とカイがミアを取り囲み、混沌とした出迎えとなった。
「……おい、若造よ、剣を取れ」
馬車からアーティとチョークが出てきて挨拶をする前に、先代辺境伯が杖を2人に向けた。
「え? いや、どういう出迎え」
「アーティ、本気っぽいよ」
チョークが自分たちの剣を馬車から取って、アーティに投げた。
剣を受け取って、アーティは周りを見回した。
以前のタツミたちの騒動のお陰で、玄関前が大きな大きな広場になったスフィル辺境伯邸。
手合せもできるし、侵入者が逃げも隠れもできない場になったのだ。
「あーそういう」
アーティが納得するや否や、杖ではなく細い剣を持った先代辺境伯がノーモーションでアーティとチョークに軽くまとめて一振り入れてきた。
ガガンッ
「重っ」
思わず口にしたアーティが、その直後チョークに視線だけ移した。
チョークも同じ様な顔をしてアーティを見ている。
「やばいね、パパだけじゃなくて、おじいさんも笑えるくらい強すぎなんだけど。どうなってんの、スフィル家」
「かっこいいな。まぁ、とりあえず挨拶するしかないだろ」
アーティとチョークは呼吸を整え、まずアルカル国の王族式の一礼をして、そして改めて剣を構えてミアの父と祖父へ向いた。
「「お嬢さん、お孫さんを、嫁にください!」」
「「はいと言うわけなかろうがぁぁあ!!」」
涙目の先代辺境伯と辺境伯が、剣を振りかざしてアーティとチョークに向かっていく。
玄関前で手合わせなんて、するはずがないと思っていたミアだったけれど、従者たちには想定内のことだったらしい。
きっといつか、ミアを迎えに来る人がいるはずだから、少なくとも1度はそうなるだろうと。
ただ、予想よりかなり早かったため、皆やっぱり寂しくて、ミアを奪う相手なんて返り討ちにしてほしいと、心の中でスフィル辺境伯家チームを応援しているのだが。
そんな期待を知ってか知らずか、スフィル辺境伯チームは容赦なくアーティとチョークを吹っ飛ばしている。
戦況とは裏腹に、見ているミアの目が輝いている。
「アーティもチョークも強くなってるわね」
そう、アーティとチョークの剣術は、今はアルカル国の王城騎士団とも互角にやり合える程になっているのだ。
強いミアの隣りに立つために、ミアに突き放されてアルカル国に帰国した後すぐ、時間を見つけては騎士団に行ったり、2人で手合わせしたり、人生初の努力というのをしてきた。
なので、吹き飛ばされはするけれど、すぐ体勢を立て直して向かっていけるのだ。
しかし時間が経つにつれ、もうてんやわんやで、整っていた広場が掘削現場のようになっている。
目を輝かせているカイを抱きしめて、引き止めているミア。
強くなったといっても、アーティとチョークが父と祖父に勝てるなんてミアは思っていない。
「誰か……」
ミアが祈るように言葉をつぶやいた、その時。
パンッ
軽い銃声の後に、全然軽くない爆発音が地面から聞こえて男4人が吹き飛んでしまった。
しかし、ミアは目を輝かせた。
巨大隕石の落下現場のようになってしまった玄関前で、全員が動きを止めた。
あんな恐ろしい物に当たって生きている自信は、皆持ち合わせていないらしい。
震えるほど恐かった銃声が、今はこんなに心強いなんて。
「皇太子殿下いらっしゃいませ。お出迎えできず申し訳ありません。どうしても外せない外出があって、帰るのが遅くなってしまって」
ご挨拶している相手へ銃のような物を向けながらも、スフィル辺境伯夫人は笑顔を忘れない。
「ママの挨拶と謝罪、ママが恐すぎてすっと受け取れない」
「チョーク! お前、しゃべんなよ。撃たれるぞ」
2人がひそひそしている。
「撃ちません。お身体には」
青筋の見えるスフィル辺境伯夫人が笑って言うので、アーティとチョークは互いに少し寄り添って話さなくなった。
それを確認したスフィル辺境伯夫人は、さっと義父と夫の真正面に仁王立ちした。
「さて、先代様、あなた。もうそろそろ、おしまいです」
あら、おじい様まで一気にしょんぼりしたわ。
「娘や孫の恋人に嫉妬なんて、それはそれは醜くて情けないですわよ」
先代辺境伯は悔しそうに口を尖らせている。
「あんな可愛らしかった令嬢が、こんな恐妻になるとは思っとらんかった」
スフィル辺境伯夫人はにっこりと綺麗な笑顔を返した。
「あら。旦那様は、そこも良いとも仰ってくれてますわ。それに、先代様が旦那様に私を推して下さったのでしょう? もう感謝しかありません。さあ、中に入りましょう?」
いつもと変わらずスフィル辺境伯夫人が笑顔で話しているけれど、片手にしっかり銃のような物を握って上に掲げている。
お説教を受けた父子は揃ってしょんぼりしながら、邸宅の扉の方へ向かって歩いた。
土まみれになったアーティとチョークは目を輝かせて見ている。
「かっこいいな、ママ」
「さすが、ミアのママだね」
複雑だわ。喜んで良いのかしら……
◇
チョークが言うには、アーティが「俺たちとミアの誕生月が一緒になったんだから」と今月中に正式決定をと急いで挨拶に来たらしい。
そんな話をして、夜ミアと同じ部屋に行こうとするアーティと自分の部屋に戻ろうとしていたチョークを、先代辺境伯が引っ張って連れて行ってしまった。
心配そうにするミアに「男同士の話があるんじゃ」と言い残して。
気になって眠れないと思っていたのに、気疲れしていたのか秒で寝てしまったミア。
翌朝、罪悪感と共に目が覚めた。
ミアの支度が終わった頃に、朝食に行こうとカイが迎えに来たので、2人で一緒に廊下を歩いていると、あちらの方から声が聞こえてきた。
「じいさん、何であんなに強いんだよ。あと何十年も生きるつもりだぞ、あれ」
「本当。まだ終わっとらんとか言ってたし。あの年で朝まで手合わせして元気とか、バケモンだよ」
アーティとチョークが歩いて来ているのが見えて、ミアはぎょっとした。
「え、何があったの?!」
アーティとチョークはよく見るとボロボロで、所々怪我をしている。
ミアは駆け寄って2人同時に回復魔法をかけて、心配そうに見ている。
その後からカイが追い掛けて、ミアに抱きついて2人を警戒してにらんだ。
「昨日の挨拶の続きをしてたんだ」
「すごいな、屋内練習場。防音なんだろ」
「え、じい様が??」
なぜか目を輝かせたカイが、ミアに抱きついたままチョークに聞き返した。
「さっきまで一緒だったよ。物足りなさそうだった」
チョークがそう言うと、アーティが指をさして教えた。
カイはミアの頬にキスをして「行ってくる!」と言い残し、先代辺境伯がいる方へと走って行ってしまった。
きょとんとしているアーティとチョークに、ミアは笑顔で説明した。
「おじい様が稽古をつけてくれるのはとても珍しくて。だからカイは必死に向かったの」
ミアはアーティとチョークの手を取って、ふわりと握った。
「頑張ってくれて、ありがとう。おじい様は2人を認めたんだと思うわ。ここの滞在を許したということは……ちょっと分かりにくいけど」
ミアは困った顔で笑った。
「いや、まぁ嬉しいけど」
「分かりにく過ぎるね」
ミアはそっとアーティとチョークを引っ張って、初めて自分からキスをした。
固まっているアーティとチョークを尻目に、照れ笑いしながら手を振って、ミアは手で顔を隠して超足早に朝食へ向かった。
「ミア! もう1回!」
そう言うアーティをつかんで引きずりながら、チョークは顔を真っ赤にして、着替えるために部屋へ向かった。
よし、パパとじいさんに認めてもらえた。
「「ミアと婚約だ」」




