3…そして、隣国にて
光ったアーティとチョークを一心不乱に抱きしめていたら、ミアは周りの風景が変わっていることに気が付いた。
「……ここは」
ミアは何となく雰囲気でどういった場所か分かった。
首都に行った時、王城で王族への謁見があったのだが、謁見の間がこんな感じだったのだ。
エスカー国の謁見の間より、こちらの方がもっと派手かもしれない。
しかし、この派手さは嫌いではないなと、ミアは見回しながら思った。
幾何学模様の壁や天井が、ただ派手なだけでなく、お洒落でシックな雰囲気でミアを落着かせてくれた。
ドサッ
「ひゃあっ?!」
ミアが見惚れながら謁見の間を観察していたら、急に小さな双子の子どもが飛び付いてきた。
5才くらいだろうか、ミアは何だか見たことがあるような無いような、既視感を覚えた。
「やっと話せる!!」
「ミア、分かる??」
「今日3ヶ月になったから、5才になったよ」
この子たちが話している言葉はエスカー国の言葉ではないけれど、ミアは習得している言語だった。
そのお陰で、スフィル辺境伯領に隣接するアルカル国だということが分かった。
「こんにちは。私はミアよ。あなたたちのお名前は?」
髪の栗毛の少し濃い方が、元気よく答えた。
「俺、アーティ!」
髪の栗毛が少し薄い方も、頑張って元気よく答えた。
「僕はチョーク!」
ミアの目がどんどん大きくなっていく。
「……え、アーティとチョーク?!」
ミアは信じられないという顔で、自分の懐にしがみ付いている双子をまじまじと見た。
そんなやりとりをしている3人に近付いてくる者たちがいる。
「おい、お前はこいつらの何だ?」
その内の1人が、ミアに剣を向けてきた。
ミアは目が大きくなり、視線はその剣に釘付けになっている。
「……綺麗な剣ですね。アムル山のミスリルかしら」
ミアはまじまじと自分に向いている剣を見つめている。
ご令嬢が向けられた剣に怯むことなく、素材を当てるなんて全く予想もしていなかったので、男の方が一瞬怯んでしまった。
それを誤魔化すように舌打ちをする。
「チッ……お前は何なんだって聞いてんだよ!」
アーティとチョークと名乗った双子が、男とミアの間に割って入った。
「え、待って。危ないわよ」
ミアの制止を聞きながらも、双子は動かない。
「やめろ、兄上」
「ミアは命の恩人だよ」
言葉を聞いたミアは、開いた口が塞がらない。
「あ、あ……兄上?!」
謁見の間に慣れたように入れる人たちなので、貴い身分の人たちだろうとミアは推定していたが、まさか双子と兄弟関係だったとは思いもしなかった。
「ねぇ、何で名前で呼んでくれないの?!」
兄が剣を納めたのを確認して、アーティと名乗った子がミアに詰め寄った。
「いや、私が勝手に付けた名前なので……きっときちんとした名前があるはずですし」
双子はムッとした顔でミアを見ている。
「その話し方、嫌だ!」
「ミアは普通に話して!」
「名前だって、ミアにはミアが付けてくれた名前で呼んでもらいたい!」
ニックネーム的なものが野菜の名前もどうなんだろうかと、ミアは焦っている。
「でも……ただの、私の好きな食べ物の名前、だし」
人に対して、しかも貴い身分の人を食べ物の名前で呼ぶのは、さすがにミアも抵抗がある。
双子はミアに抱きついて言った。
「好きな物なら良い! 俺はアーティ、こっちはチョーク、わかる?」
「うっ……」
猫だから可愛い名前だと思っていたのよ……
◇
「「ミアはダメだからね!」」
兄たちの婚約者候補を選んでいる途中にアーティとチョークが帰城したから様子を見に来たと言うので、アーティとチョークが必死に訴え始めたところだ。
ミアは困った顔で笑っている。
「大丈夫よ。私、地味だし」
不釣り合いなミアの言葉に、皆の視線がミアに向いた。
ミアが地味を好きなだけで、自覚はないが本人自体は全く地味ではないのだ。
「ミアを見たらダメ!」
兄たちの視線から隠そうと、アーティが飛び跳ねながら叫んでいる。
「ミア、兄上たちの方に向かないで」
チョークに回れ右をされたミアは、地味な自分を見せないようにしてくれているんだと思っている。
「ありがとう。優しいわね」
ミアが飛び付いてきたチョークを抱っこすると、チョークはギュッと抱きついてきた。
抱きつき方がやっぱりチョークで、ミアはふふっと笑ってしまう。
猫の時よりかなり重たいだけで、ミアはアーティもチョークも可愛いことには変わらない。2か月以上毎日ずっと一緒に過ごしてきたのだから。
あっ、そういえば……
服の中に入ってたわよね?!
知っていたら、入れてなかったのに!
顔面蒼白になってきたミアの後ろから「俺も!」とアーティが飛び付こうとしたので、兄の1人が止めに入った。
「ミアが潰れるぞ」
「大丈夫だよ! ミアは強いんだから」
ね?とミアに向くと、ミアは照れくさそうに頷いた。
「2人くらいなら問題ありません」
「そんなご令嬢、見たことないぞ」
先ほど剣を突き付けた兄が、ミアをまじまじと見ている。
剣を向けられても怖がらない、素材まで当てる、子どもが飛びついても難なく受け止める、王族たちに囲まれても全く怯まない……今までに出会ったことのない強烈なご令嬢を。
自己紹介が済んでいなかったことを思い出し、ミアは慌ててチョークを優しく下ろして、姿勢を正した。
「ご挨拶が遅れました。エスカー国スフィル辺境伯が長女、ミア・マウル・スフィルと申します」
隣国に恐れられているエスカー国のスフィル辺境伯に、特別美しくも恐ろしい程に強い娘がいることが、まことしやかに隣国で噂になっている。
勿論、アルカル国でも。
信じられないという顔をしている大人たちの前で、その噂の娘であろうミアが奇麗なカーテシーで挨拶をした。