20…奪還へ、
「ミア!!!!」
突然、何かが崩れる音と共に声が聞こえ、そちらの方から光がさしてきたので、ミアは目が眩んだ。
まだ春と言うには冷たい空気が入ってきて、目が覚めるような感覚がする。
「お、とう、さま」
ホッとしたミアは、涙が決壊したように次から次へと流れ始めた。
ミアの着衣は上半身部分ははだけて乱れてはいるものの着たままで、事が始まる前だったことが分かる。
スフィル辺境伯は一瞬は安堵したが、怒りは増していくばかりだ。
間に合ったような、一足遅かったような、そんな状況を振り払うかのように、スフィル辺境伯は相棒の大剣を大きく振った。
ドォン!!!!
外の方で爆音が響いた。
カイたちは窓から外を確認すると、山手の方から庭園にかけて土煙が上がっている。
「あんな事できるの、父上だけだ。ここ3階なんで、俺バルコニーから飛び降りて先行きます」
そう言うと、カイは迷うことなくバルコニーに出て、飛び降りてしまった。
「まぁ、いけなくもないかな」
ジュゼもさっと飛び降りたので、アーティとチョークも続いて飛んだ。
庭園に着くと、4人は怒りの形相に変わった。
タツミがミアを抱きかかえ、スフィル辺境伯に対峙している。
抱きかかえられているミアの様子が弱りきっていて、手錠を付けられ服が乱れているのだ。
それだけでない。
タツミの近くにいるタツミの側近らしき人物が、ミアの首元に剣を突き付けている。
ちょうど今、スフィル辺境伯にタツミが取引を持ちかけたところだ。
ダメよ、お父様……
ミアは魔力封じを施されていて力が出ず、ぼんやりと見ているしかできない。
それでもミアは必死にやっと少し首を振っている。
何もできない。
悔しい。
涙は幾らでも出てくるのに。
スフィル辺境伯はミアに向かってにっこり笑うと、豪快に大剣を高く放り投げた。
それと同時に、何かがもっと空高く上がった。
スフィル辺境伯から離れた、彼の右腕だ。
「父上っっ!!」
ちょうと現場にたどり着いたカイがスフィル辺境伯へ向かっているが、敵と戦いながらなので全く思うように進めない。
遠くからでも見える血しぶきは、スフィル辺境伯のように豪快で、カイは余計に叫びたくなる。
早く着いて助けたいのに、たどり着けない。
ジュゼの魔法もまだ届く距離ではない。
タツミの側近がスフィル辺境伯の右腕だけでは飽き足らず、左腕にも刃を向けようとしていた。
その時、黒い霧がすごいスピードでスフィル辺境伯の方へ向かっているのが見えた。
「「パパ!!」」
怒り狂ったアーティとチョークが剣を地面に刺して片手を前方に向けて、黒いモヤをまとって圧を放っている。
黒い霧はアーティとチョークの2人と繋がっているようだ。
その黒い霧はスフィル辺境伯を包んだ瞬間、血しぶきが見えなくなった。
霧に触れた敵はバタバタと倒れている。
「これは、もしかして」
信じられないという顔で、ジュゼがその光景を見ている。
黒い霧が消えていった。
アーティとチョークは限界がきたらしくフラフラになっている。
「たぶんパパは大丈夫。切り口のとこだけ細胞を死滅させて出血を止めた」
「僕たち足手まといになりそうだから、後退するね」
「「後はよろしく」」
アーティとチョークは黒い霧に紛れながら後退していった。
「おー任せろ!」
カイは返事をした後に、ジュゼに近付いて小声で聞いた。
「なあ、ジュゼ……今のって」
「うん。闇魔法、だろうね。属性検査は違ったはずなんだけど。覚醒、したのかな」
へぇという顔をして、カイは前を見た。
「とりあえず、お陰で姉上まで道が出来た!! 行ってくる」
「頼んだよ」
ジュゼがそう言う間にも、カイは敵を斬りながらさっさと進んでいる。
アーティとチョークも入れるくらいの防御壁をさっと張って、ジュゼが感心しながらカイを見ていると、遠くの方から「任せろ」というカイからの返事が聞こえてきた。
◇
「よぉ、好き勝手してくれやがって」
タツミの近くにたどり着いたカイは、ミアの状態を見てブチ切れそうだったが、刀を振り回しながら呼吸を整えている。
ここ一番で冷静にならないと相手の思う壺だと、よく父親のスフィル辺境伯に言われていることだから。
タツミはため息をついて、カイをにらんだ。
「僕の計画が台無しだ……なぜ僕だと分かった」
冷静になったカイは、タツミとミアを見ながら奪還を画策している。
「誰が教えるか。企業秘密だ」
カイが言い終わるのを待たず、タツミの側近がカイに斬り掛かってきた。
「お前なんか、俺に勝てるわけねぇだろ!!」
カイは簡単に斬り捨て、その流れでタツミに振り返るように刃を向けて右腕を斬り落とした。
タツミの腕と一緒に落ちていくミアを、カイは受け止めた。
タツミの腕は地面を転がっていき、タツミ本人ももう立てなくなっている。
「姉上っ!!」
カイはミアを抱きかかえ、一瞬で手錠を壊し、ミアを抱きしめた。
「姉上、良かった」
「……カイ」
まだ体が上手く動かせないけれど、ミアは声が出せてホッとしている。
「カイ、ありがとう。ジュゼもアーティもチョークも来てくれたのね」
ミアは少し遠くにいる3人を見て、少しだけれど笑顔になった。
「アーティとチョークがまた大きくなってる」
ミアは少し切なそうな顔をした。
「姉上ごめん、すぐ助けられなくて。大丈夫か?」
「ええ、ちょっと危なかったけど、お父様が助けてくれたから。ヒーローみたいで、カッコ良かったのよ。勿論カイもね」
「俺らが頼り甲斐ありすぎて、もう嫁にいけねぇだろ」
「ふふ、そうね」
いつものように恋人のような姉弟の会話をしている2人を、敵が囲み始めた。
すると、遠くの方で何かが一瞬光った。




