2…今日は特別な日
「アーティ! チョーク! ただいまっ」
ボロボロのミアが扉を開けると、部屋の隅から2匹の小さな子猫が元気よく現れた。そろそろ推定3ヶ月だ。
今日は、父親のスフィル辺境伯が直々にミアとカイに剣術の稽古という名のしごきをしてくれる月に1度の日だ。
午前中のミアから始まり、午後からは弟のカイの番で、負けず嫌いの性格もあってか日が暮れても続く。
「ハルノ聞いて。カイにはもうとっくに背も抜かれてしまったけど、もう少しで剣術でも追い付かれてしまうわ」
悲しそうな嬉しそうな声でカイの自慢をしているミアを、ハルノは目を細めて聞いている。
ミアは162センチはあるのだが、4才年下のカイは165センチになったところだ。
スフィル辺境伯が180センチと長身なので、まだまだ伸びるだろうとミアは思っている。
「ミア様、そのまま遊んでしまうとお召し物が破れてしまいますよ」
稽古着もそこそこボロボロなのだが、専属侍女のハルノがそう言いながら邸宅内着を持って来た。
「そうよね、着替えなくちゃ。良い子たち、待っててね」
暖かいのが良いのか、アーティとチョークは必ず一緒にミアの首元から服の中へ入ってくる。
お互い暖かくてウィンウィンの関係だと、ミアは何も疑うことなく服へも入れていた。
後悔する日が来るとも知らず……
◇
稽古の日は、ミアとカイの好きな物が並ぶ晩餐を家族で囲む事になっている。
「お父様、カイはどうだった?」
月に1度だけ、スフィル辺境伯からの講評を聞けるのがミアもカイも楽しみにしている。
いつもはのんびりとやって来る姉弟が、晩餐前に早めに食堂に到着してしまうくらいだ。
「……と、まぁ総じて上達してるだろう。ミアもよくやっているし」
ミアは「カイ凄いわ」と言い、円卓なのでいつもより距離が近い隣のカイの頭を撫でた。
カイは得意そうに肉を頬張りながら聞き、時折膝にいるアーティとチョーク用の肉を与えている。
「どちらも、どこに出しても恥ずかしくないくらい自衛はできるだろう。何かしてくる輩が居たら叩き伏せてやれ」
スフィル辺境伯夫人はにこにこ笑いながら話を聞いている。
バタバタバタバタ……
「うおっ?!」
急にカイの膝にいたアーティとチョークがそわそわし始めた。
「アーティ、チョーク、どうしたの?」
カイの膝から飛び降り、アーティとチョークはデザートのケーキを頬張りながら呼び掛けたミアの膝に飛び乗り、構える格好をとった。
ピカッ
アーティとチョークが眩い光を発した。
「パパ、ママ、兄様、ミア借りるね!」
その言葉を残し、アーティとチョークはミアを連れて消えてしまった。
くらんだ目が慣れてきて、カイはミアと2匹が居ないことに気付き、席を立ち上がった。
「姉上は?! 今のはアーティチョークが話したのか?!」
椅子だけになったミアの席を、3人はぼう然として眺めている。
すると突然、何かを思い出したスフィル辺境伯が頭に手を当てて立ち上がった。
「あいつら!! アルカル国のか!!」
それを聞いたカイもスフィル辺境伯夫人も真っ青になっていく。
ダンッ
スフィル辺境伯は悔しそうに食卓を叩いた。
「くそっ。可愛さに気を取られて、全く気付けないとは」
視点がミアの椅子から外せられないカイも、頭をかきながら悔しそうにしている。
「可愛過ぎて詐欺だろ……あんなん気付かねぇって!」
スフィル辺境伯父子で子猫が可愛過ぎて油断していたなんてマヌケすぎる話、知られたら恥ずかしくて外を歩けない。
そんな中、穏やかにしている人がいる。
「きっと大丈夫よ。言葉は習得しているでしょう? "どこに出しても恥ずかしくないくらい自衛はできる"のでしょう?」
スフィル辺境伯夫人は先ほど青ざめたのは一瞬のことで、お茶を一口飲み、従者たちに食卓を片付けて部屋の外で待つよう指示をした。
「ミアはちゃんと育てていたから、きっと悪いようにはされないわよ。されたら、その時に私たちが遠慮せず向かったら良いのでしょう?」
スフィル辺境伯は筋肉や勢いで全てをどうにか出来ると信じている人間だ。
冷静に仕切るスフィル辺境伯夫人のお陰で、様々な場面で事が上手く成り立っていると言っても過言ではない。
「俺、待てる自信がないんっすけど」
カイがイライラしながらミアの椅子をまだ見ている。
大好きな姉のミアが社交デビューのためにタウンハウスへ行き、カイはもぬけの殻になっていた。
やっと帰って来たと思ったら、また居なくなったのだ。
「姉上が足りねぇぇえ!!」