12…お兄様、現れる
「おはよう、アーティ、チョーク」
『ナァー』
『ミャー』
お馴染みの朝を再び迎え始めたミアは、ゆっくり窓まで行って外を見た。
アルカル国から戻った際に、庭にあった大小様々な彫刻が幾つか無くなっていることに気が付いてしまい、少しの間は窓から外を見れなかったけれど。
「お兄様、大丈夫かしら」
今日は残念ながら曇り空で、ちょっと怪しい雲行きだ。あと少しで暑い暑い夏が来る。
以前と変わったのは、アーティとチョークを自ら寝衣に入れないようにしたこと、ミアからのおはようのキスは頬にしたこと。
猫のアーティとチョークは相変わらず口にしてきて、ミアは猫だしと受け入れてしまっているし、目が覚めた時にアーティとチョークがミアの寝衣に勝手に入っていることもあるし、実はそう変わらないかもしれない。
◇
「今日は殿下へ挨拶をと、メリノ子爵の息子タツミ・サルベ・メリノが来ます」
朝食の時にスフィル辺境伯から案内があった。
「お父様の従兄弟の息子さんなんです。私たちは小さい頃から仲良くしてもらっているの。お兄様はお元気かしら」
ミアが嬉しそうに聞くと、スフィル辺境伯がぶすっとしながらミアに向いた。
「来るということは元気なんだろう」
スフィル辺境伯は、元気でも来させたくなさそうで、何だったら元気がなくなって来なければ良いのにとでも言いたそうな顔をしている。
猫の姿のアーティとチョーク、そしてジュゼが3人揃ってきょとんとしているので、それに気付いたカイが話し始めた。
「タツミ兄は昔から姉上と仲が良いから、父上はつまらないんです」
ふーんという顔をしたジュゼがカイを見た。
「カイは?」
「俺は勿論いつもタツミ兄と姉上を取り合ってますよ。最近は俺の方が強いんで、ちょっと余裕っすね」
双子の子猫の大合唱が起こっている。
カイの強さを称賛しているのか、ミアとタツミが仲良しということに抗議しているのか。
◇
カイは見てしまった。
いつも整った奇麗な顔をしているジュゼが、スフィル辺境伯と双子の子猫たちと同様に、本当に一瞬だったけれどイラッとした顔に崩れたのを。
タツミが来るのを出迎えるために、ミアとカイが揃ってロビーへ行き、スフィル辺境伯とジュゼと双子の子猫たちは応接室でソファに座って待っていた。
コンコン
扉が開くと、カイだけでなくタツミとも手を繋いだミアの姿が4人の目に飛び込んできたのだ。
大人2人は持ち直して無表情になっているが、双子の子猫は今は背中の毛を逆立てている。
「メリノ子爵家の、タツミ・サルベ・メリノと申します。よろしくお願い致します」
「……よろしく」
双子の皇太子のことは極秘事項なので、もう今はいつものように奇麗な顔をしたジュゼが返事をしている。
ミアと繋がれたタツミの手に、ジュゼは瞬きせず視線を移した。
コンコン
スフィル辺境伯夫人が入って来た。
それを見たスフィル辺境伯が全員に向き合って話し始めた。
「メリノ領にも近いスフィル領内に、謎の集団が出ているんだが。その話をしておかねばと思ってな」
「父にも聞いてくるようにと言われて来ました」
タツミが真剣にスフィル辺境伯の目を見ている。
スフィル辺境伯はうなずいて説明に入った。
野盗のような、しかし野盗というには規模の大きい、謎の集団が現れ、スフィル辺境伯領地で略奪行為をして火を放ったり、農地だけでなく理由は分からないが山林をも焼き払ったりしていると……
民はいつ自分たちの所に来るのか気が気ではなく、脅えながら日々を送っているのでどうにかして欲しいという要望がきている。
現段階では集団の目的が全く把握できていないため、行動の先読みもできず、その場その場で対応をするしかない状況だ。
「スフィルに対して直接何かしてくる可能性も無いことも無い。気を付けて生活するように。お前たちの護衛を」
「護衛、俺はいらねぇっすよ」
カイがスフィル辺境伯の言葉に被せるように話し、それに続くようにミアも笑って言った。
「私も大丈夫です。領民の警備に当ててあげて」
「しかしミアには……」
スフィル辺境伯はどうしてもミアに護衛を付けたいらしい。
「あ、父上。俺が姉上と一緒にいます。それでどうっすか?」
カイが目を輝かせて嬉しそうに提案した。
「ああ! それなら安心だ」
「もしカイが離れる時は、僕がいるようにしましょう」
ジュゼの顔も何だか嬉しそうで、いつもより更に奇麗に見える。
「守ってもらえるなんて、何だか私お姫様ね。お父様、安心して領民のことを考えてあげて下さい」
スフィル辺境伯はホッとしたのか少し肩の力が緩み、それでも心配そうにため息をついて、うなずいた。
「第三皇子殿下、よろしくお願い致します。カイもよろしく頼む」
スフィル辺境伯一家とジュゼとでアルカル国への報告について話をしている時、タツミと子猫たちが近くなった。
タツミと目が合った子猫たちがフーシャー威嚇し始めたので、ミアが来て抱っこして背中をさすって落ち着かせた。
それをじっと見ているタツミ。
そのタツミを遠目で見ているジュゼ。
外では激しく雨が降り始めた。




