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1…辺境伯令嬢ミアは地味が好き

 広い部屋の幾つもある大きな窓のカーテンから朝日がこぼれ、視界が明るくなり始めた。

 小鳥たちの歌声が、春の訪れを教えてくれている。



「んふっ、あははは!!!! くすぐったいってば!!」


 2匹の子猫が寝衣の中で駆け回り始め、それが目覚ましとなって目が覚める。

 最近、朝はこれが恒例となってきた。



コンコン


「おはようございます、ミア様」


 ミアの笑い声を合図に、専属侍女のハルノが丁寧に扉を開け、侍女たちが朝の支度を始める。



「おはよう、ハルノ、みんな」


 侍女たちは笑顔でお辞儀をしながら仕事をしている。

 ミアは子猫たちを服からそっと追い出して、寝台から出た。

 2匹の小さな子猫がヨチヨチと付いて行く。





 ミア・マウル・スフィルはエスカー国スフィル辺境伯の長女だ。

 容姿端麗、父親譲りの剣術の才能を持ち、それでも優しい性格で、領土内では大人気である。


 昨年ミアは16才となったので、初めて領土を出て首都のタウンハウスで数ヶ月過ごした。

 目的は城内の夜会での社交会デビューだったが、首都のキラキラとした雰囲気に圧倒され呆然とした。

 自分を地味だと思っているミアは一瞬でスンと真顔になり、ここは居るべき所ではないと悟ったとか。


 ミアは1人で「元は取って帰ろう」と呟いて、隅の方で黙々と食事に徹していたら、妙な呼び名が付いてしまった。



「高嶺の壁の花」



 姿も所作も美しいのに、無言で隅の方で食事をこなしていくミア。

 少し長身で、辺境伯家育ちのためか都会っ子に比べて凛として迫力があるため、話し掛け難い雰囲気を放っている。



 その噂がスフィル辺境伯領まで届いた頃……


 首都の学園への入学拒否と、社交界はキラキラし過ぎていて目が潰れそうだという内容のミアからの手紙が、スフィル辺境伯家に届いた。


 スフィル辺境伯夫妻と4才年下の弟が、3人でお茶をしている時だった。


「ぶはっ、姉上はマナーは完璧で仕草とか綺麗なくせに、キラキラした雰囲気がダメなんだよなぁ。もう学園は行かなくて良いんじゃないっすか、父上。何なら領地に学園を創りましょうよ」


 弟のカイは大好きな姉のミアと離れたくないので、ミアの学園行きが無くなりそうで嬉しそうにしている。



「きっと料理を食べてばかりだわ、あの子」


 スフィル辺境伯夫人は項垂れて溜息をついているが、その横でスフィル辺境伯は豪快に楽しんでいる。


「はははは!! 学園を創るのも良いな。ミアは勉強は良く出来るし、首都に出して変な虫が付くより、まずは家庭教師で良いだろう」


「害虫駆除すんのも手間が掛かりますからね」


 最後は不穏な話になっていたが。

 ミアの行動は家族に丸分かりで、図らずも楽しい話題を提供していた。




「あれは……何かしら?」


 ミアが予定していた幾つかの夜会をこなし終わり、タウンハウスにお別れをしてスフィル辺境伯邸へ帰っている途中。

 スフィル辺境伯領に入ったあたりで休憩していたら、近くにあった森の入口で小さな何かがヨロヨロと動いていた。


 馬車を降りていたミアが確認しようと近付くと、2匹のずぶ濡れの猫が2匹、もう事切れそうな状態でいた。


「やだっ!! 昨日の大雨に濡れたの?!」


 ミアは迷わず2匹を自分の服で包み、侍従達にタオルとお湯の用意をお願いした。


「魔法に耐えられないかもしれないから、こっちの方が良いわよね? 頑張って。すぐ暖かくしてあげるからね」


 子猫達に話しかけながら、ミアはお湯で暖めて、体温が戻ったあたりで風魔法の温風で乾かした。



「何これ、ふわふわで可愛過ぎるわっ!!」





 というわけで、拾った子猫たちをスフィル辺境伯邸に連れ帰り、ミアはお世話をしているのだ。


「おはようございます、お父様、お母様」


 朝食の時間になったので食堂に入るとスフィル辺境伯が食べ始めていた。


「おはよう、ミア。可愛いのもおるか? おー、来い来い。パパだぞー。今日も可愛いのぉ」


 自分をパパと呼んでいる屈強な父親の姿を初めて見た時は、ミアはどう反応したら良いか分からず周りの従者たちと一緒に固まったけれど。

 今はもう日常の光景となってしまった。


『ナァー』

『ミャー』


「おはようございます。あ、もう来てんのか。おーい、兄様だぞ。こっち来い」


 下に弟妹がいないカイにとって、子猫たちは自分の弟のような存在らしい。

 カイは2匹を抱っこしたまま椅子に片膝で胡座をかいて座って、そこに乗せた。

 一緒に朝食を食べるのがカイの朝の楽しみとなっている。


「姉上、名前はまだか? もうさすがに濃いのと薄いのじゃあ、可哀想だろ」


 ミアは何だか嬉しそうに、得意そうにしている。


「アーティチョークにしようと思って」


 姉上の好物かよ、食うのかよ、という言葉を飲み込んで、カイは一言だけ返した。


「長過ぎんだろ」


 ミアはにこにこして指をさしながら説明した。


「こっちがアーティ、こっちがチョークよ」


 少し毛色の濃ゆい活発な方がアーティ、毛色が薄く穏やかな方がチョークと名付けられた。


「可愛いでしょう?」


 あきれ顔で見ているスフィル辺境伯夫妻と、残念そうに子猫たちを見るカイ、嬉しそうなミア。



 スフィル辺境伯家は今日も幸せそうだと、従者たちは粛々と仕事をしながら見守った。




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