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アルツ、仙人、そして  作者: 夏瀬音 流
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第3部.次世代へ 3-41.生物の大量絶滅

 退職して暫くすると、諸手続きへの対応の仕方もある程度は掴めるようになり、淳一に僅かではあったが緊張から解かれた気持ちが出てきた。退職したことを岩茸石仙人には未報告であったことがずっと気になっていたので、K老人病院でのチヨの昼食介助の後、『食堂大丹波川』に顔を出した。

 仙人と店主に挨拶し、いつもの注文をしてから定位置に座った。

「退職後の煩わしさからいくらか解放されましたか?」

 仙人は既に淳一の定年退職については明確な認識があったようで、報告の必要はなかった。

「はい、ようやく少しは自分のペースで生活することができるようになってきました。ああ、そうか。仙人は会社を退職した先輩でもありますね。この煩わしさは経験済でしたね」

「私も会社を辞めれば直ぐにでも自由な時間を満喫できると信じて疑いませんでしたから、ちょっとした事務手続きでさえ、とても面倒くさく感じてしまいました。まあ、ある程度の期間が過ぎれば、それ程負担には感じられなくなるものです。話は変わりますが、今日もK老人病院には寄ってこられたのでしょう。いかがでしたか、お母さんの容態は?」

「ええ、『まあ、相変わらずです』とお答えするしかありませんね」

「そうですか、それは良かったということになるんでしょうね」

「ところで、仙人。私が退職する直前にここでお話を伺った際、酸素濃度について教えていただいた所で終わりになりましたが、『地球上の生物の生存環境の維持』のために必要な項目で、まだお訊きしていなかった大規模噴火や巨大隕石の衝突などの要因も重要であると言われていましたよね。今日はそれらのことについても教えていただけませんか?」

 仙人は淳一の言葉を聞いて静かに頷くと目を瞑って暫くの間沈黙した。


 淳一には気付けなかった程静かに目を開けた仙人はいきなり質問した。

「聖滝さんは、6千6百万年前の地球で繁栄を極めていた恐竜が絶滅したことはご存知ですよね」

「ええと……、確か巨大な隕石が地球に衝突したんでしたよね」

「そうです。巨大隕石が落下した場所は、メキシコのユカタン半島辺りで、衝突でできたクレーターの直径は100キロメートル、深さ15から25キロメートルもある巨大なもので、衝突した隕石のサイズは直径約10キロメートルと推定されているそうです。先ず衝突による衝撃波が発生し、続いて落下地点が海域だったため巨大な津波が発生して地球全体に伝搬した後、衝突で巻き上げられた粉塵などにより太陽光が遮られて短期間の寒冷化が起こりました。それに続き、温室効果のため気温上昇があったと考えられています。隕石の衝突地点には硫黄が多く含まれていたため酸性雨も降ったようです。このような衝突の直接的影響と、それに続く植物の光合成阻害に起因する食料不足とに襲われ、多くの生物種がほぼ一斉に絶滅する大量絶滅へと繋がったとされています」

「もし、巨大隕石の衝突が回避されていたら、今の地球はどうなっていたのでしょね?」

「恐竜は生き残っていたかもしれませんね。そうなると、人類は誕生していなかった可能性もあるようです」

「どういうことですか?」


「今から5億5千万年前から現時点までは、生物や地球に関する資料が、それ以前の時代に関するものとは比較にならないくらい沢山化石として残っているのだそうです。それで『顕生代』と呼ばれるのです。この顕生代の間に、5回もの生物の大量絶滅があったとされています。大量絶滅が起こると、それまでの時代に栄華を誇っていた生物種が絶滅し、新たな生物種が繁栄してくるのです。恐竜が絶滅したのは第5の大量絶滅の時で、現時点ではこれが最後の大量絶滅となっています。この後、人類の祖先とも言える哺乳動物が繁栄していくのですが、当時の哺乳動物はネズミほどの大きさしかなく、食料不足の時代に少量の食べ物でも命を繋いでいけたからその後繁栄できたと考えられています。ですから、恐竜が生き残っていたら、哺乳動物は繁栄するどころか、恐竜たちの食料源になってしまった可能性もあるのです。そうなると、哺乳動物の大きな進化は期待できず、人類も誕生していなかったかもしれないのです」

「つまり、生物の大量絶滅は、それまで繁栄していた生物種にとっては絶滅するような危機であったかもしれないけれど、新たな生物種が登場してくる絶好の機会であったとも言えるわけですね」

「その通りだと思います」


「恐竜の絶滅以前に起こった4つの大量絶滅はどのようなことが引き金になって起こったのでしょうか? そして、その後、新たに繁栄してきた生物種はどのようなものがあったのでしょうか?」

「5億5千万年前から5億年前くらいまでの間はカンブリア紀と呼ばれているのですが、このカンブリア紀の前期から中期の間に、今生きている動物分類群のほとんどが登場したと言われています。それより前の時代はひっくるめて『先カンブリア時代』と呼ばれていますが、その時代に見られた生物の多様化のスピードに比べて、カンブリア紀では著しく速いため、『カンブリア紀の爆発』と言われています。

 およそ4億8千万年前のオルドビス紀前半の地球では陸地は南半球に偏り、陸地の周辺には広大な浅瀬が広がっていたと考えられています。この浅瀬を舞台に生き物たちは繁栄を遂げていったようで、節足動物の三葉虫、サンゴの仲間、一見花のように見える動物であるウミユリ、さらに、コノドントのような原始的な脊椎動物も現れたそうです。この時代の生態系の頂点に君臨していたのは、タコや攻撃的なイカの祖先であったと考えられているようです」


「そんな生物を絶滅の危機に陥れたのは一体どんな災害だったのですか?」

「4億5千万年前頃、地球が氷河期に突入し、地球は巨大な氷に覆われたため海の水が減り、生き物たちの生息の場であった浅瀬がなくなっていき、沢山の生物種が絶滅していったそうです。更に、その後急激な温暖化が起こり、海水面や海水温の急激な上昇があり、全生物種の85パーセントが絶滅した第1の大量絶滅を引き起こしたのです」

「そうすると、残った15パーセントの生物種の中から次の世代に繁栄する生物が出てきたのですね。」

「第1の大量絶滅の時に生き残るためには生息可能な場所へ素早く移動できれば良かったのです。タコやイカの仲間であり速く泳ぐことができたチョッカクガイや、海中に卵を放出して海流に乗せ、その一部が生息に適した場所に辿り着く方法が採れたウミユリのような動物などが生き残れたのです。移動能力に最も優れていたのが魚類でした。この時代に登場した甲冑魚の仲間はやがて大繁栄を遂げていったそうです」


「2番目の大量絶滅はどんなふうに襲ってきたのでしょうか?」

「第1の大量絶滅の後、チョッカクガイから進化したオウムガイや魚類が繁栄を極めていました。中でも魚類には体長10メートルにも達する甲冑魚が現われ、食物連鎖の頂点に君臨していたようです。陸上では植物が進化していき、広大な森林が形成されと考えられています。森林は陸地と大気における水の循環を促進したようで、大量の雨が陸地から大量の栄養分を海に流し込み、植物プランクトンの大発生に繋がりました。プランクトンが死ぬとバクテリアがそれを分解するのですが、その時、大量に海水中の酸素を使ったのです。その結果、海が極度の低酸素状態になってしまい、魚類をはじめ海の生き物は次々と死に絶え、食物連鎖の崩壊が起こったのではないかと考えられているようです。こうして3億6千万年前頃、第2の大量絶滅により全海洋生物種の75パーセントが死に絶えたと推定されています」


「そうですか。それで、今度はどんな生物が出現してきたのでしょうか?」

「多くの海洋生物が絶滅する一方で、大きな進化も起こっていたのです。浅瀬を泳いでいた魚の中に骨があるヒレを持ったものがいたそうです。やがてこの仲間が両生類へと進化を遂げたのです。陸上動物へと大進化を遂げたものは肺呼吸をしていて、ヒレの骨はやがて陸上動物の足へと進化したと考えられています」

「なるほどね。『魚が陸に上がった』って耳にしたことがありますが、そういうことだったんですね」

「陸上へと進出した生き物たちは、それから1億年の間に更なる進化を果たし、大繁栄を遂げていったそうです。体長が2メートルもある肉食動物は4本足を持っていたようですし、哺乳類の祖先にあたる草食動物も登場してきていたようです。ただし、恐竜の祖先に捕食されているようなか弱い存在でしかなかったようですけど。

 海の中でも魚類をはじめ海の生き物たちが多様な進化を遂げていました。大型化した魚類やサンゴの仲間や軟体動物などが繁栄していたようです」


「そうですか。次の大量絶滅はいつだったのですか?」

「2億6千万年前頃、地球上の大陸が合体し、『超大陸パンゲア』が誕生したそうです。大陸の衝突によって膨大な量のプレートが地球内部に沈み込み、更に地球内部の核にまで落ちていったようです。外核については以前お話ししたように、高温の液体金属が対流している影響で磁力が発生していましたよね。この『地磁気』のお蔭で太陽風や宇宙線などの脅威から地球は守られているのです。ところが、地球内部に沈み込んだ膨大な量のプレートは地磁気に異変を起こし、地磁気が弱まってしまったのです。その結果、地球に大量の宇宙線が降り注ぎ、大気中に雲を発生させ、雲は雪を降らせ、気候が寒冷化してしまったのです。厳しい寒さと飢えにより陸上生物種の60パーセントが絶滅したようです。


 『超大陸パンゲア』は更なる異変ももたらしたのです。膨大な量のプレートが地球内部に沈み込んだ反動で、高温の物質が地表へ浮上し、大規模なマグマの活動が引き起こされてしまったのです。活発な火山活動が起こり、溶岩が噴き出したのです。しかも、この火山活動は百万年以上も続き、二酸化炭素やメタンも大量に噴き出したため、急激な温暖化が起こり、地球は灼熱地獄と化したと考えられています。こうして陸上の大型生物はほぼ全滅してしまいました。海でも水温上昇や海水酸性化などの異変が次々と起こったため、海の生き物もほとんどが死に絶えたと考えられています。この3番目の大量絶滅が最も地球上の生き物に打撃を与え、全生物種の96パーセントが絶滅してしまったと考えられています」


「ええっ、残った生物種はたったの4パーセントだったのですか……。一体どんな生物がこんな酷い状況でも生き残ることができたのですか?」

「一般的に言えば、大量絶滅を生き延びた生物はその後大型化していきます。大型化した生物の弱点はどんなところにあるでしょうか?」

「まあ、普通に考えれば、大きい生き物の方が小さいものより強いですから、食物連鎖の上位に立つことができますよね。弱点か……、沢山の餌が必要なことかな……」

「その通りですね。生物にとって生き難い環境になれば、食料の確保は厳しくなります。特に大型化した生き物には一段と厳しいわけです」

「そうすると、体の小さな生き物の方が生き残れる可能性は高くなるのですね?」

「はい、そうです。体を小さくしてエネルギーを節約したり、可能な限り代謝を減らしたり、卵を小さくしたりすることで危機を乗り越えた生き物がいたのです。哺乳類の祖先も同じような理由で、体が小さかったものが生き延びたと考えられているのです。第3の大量絶滅は生物史上最大の絶滅となったのですが、それまでの生態系が一掃されたことによって最大の革新も得られたのです。絶滅を乗り越えた生き物たちが多様な種に分かれ、爆発的な進化を遂げていったのです。大量絶滅は多くの生物種を葬りますが、それによって生物の進化が大いに促進されるという面も持っていたと考えられています」


「そうなんですね……。人類には絶滅するような日が来ないことを祈りたい気分になってきました。ところで、生物史上最大の危機を乗り越えた後、どんな生物が誕生してきたのですか?」

「海中には、大きな爬虫類の仲間や、アンモナイトの仲間などが現われ、上空には巨大な翼竜が飛んでいたようです。陸上では草食の爬虫類や初期の恐竜が現われてきたようです」

「ひとたび大量絶滅が終わってしまえば、再び生物たちは大型化していくのですね。そしてその新たな繁栄を謳歌した新種の生物たちも次の大量絶滅に遭遇することになるのですね。第4の大量絶滅を引き起こした原因は何だったのですか?」

「化石や地層の研究から、活発な火山活動が起こったと考えられています。およそ2億年前の地球は、前回の大量絶滅の原因となった超大陸パンゲアが、今度は分裂を始め、再び大規模な地殻変動が起こったことによって火山活動が活発化したと考えられています。大陸の至る所で溶岩が噴き出し、大規模な噴火と気候変動が初期の恐竜たちを襲ったようです。4番目の大量絶滅では全生物種の76パーセントが地球上から姿を消したとされています」

「その後、新たな恐竜たちがこの地球上を支配するようになったのですね」

「そのようです。恐竜たちは1億3千万年以上もの間、大繁栄を続けていたと考えられています」

「そして、6千6百万年前に、5番目であり現時点では最後の大量絶滅が、巨大隕石の衝突によって引き起こされ、恐竜たちは死に絶えたのですね。6番目がないことを本当に祈るしかありませんね……」

「本当にそうなのです。そして、6番目の大量絶滅は人間によって引き起こされてしまう可能性がそんなに低くないと考えられることが何よりも恐ろしいのです。本当に……」


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