第1部.発症と出会い 1-0.プロローグ
この瞬間のために登って来た人たちは東の方角の一点に神経を集中させていた。じれったく感じる程待っている対象物はなかなか姿を現さないでいた。
「うおー!」
街での普段の生活においては経験することがないような静けさを破って皆の声が響いた。それまで遮られていた山の稜線を超えて太陽の最上部が現われ、いきなり2010年元旦の眩しい程の光の束が大岳山山頂を照らし始めたのだ。その瞬間に起こった登山者たちのどよめきであった。
真っ暗な山道を一所懸命登り、寒さの中を山頂で静かに待ち続け、今ようやく自分たちの目の前にこの年初めての太陽が姿を見せてくれた。この場に居合わせた人々だけに見ることが許された一瞬の輝きであり、神々しい美しさであった。
聖滝淳一にとって山頂で初日の出を迎えるのは初めてであった。ここに来る前にある程度は美しいであろうと想像していたが、今自分の目の前で展開されている光景はこれまでの人生の中で見たことがないものであり、経験したことがないような感動を与えてくれた。淳一はこの登山に誘ってくれた岩茸石仙人が傍にいてくれることに心から感謝した。もし自分一人で来ていたら、誰かとこの感動を分かち合いたいのにできないと悔やんだに違いなかった。
「仙人、本当に美しいですね。想像していたよりもずっと深く感動しています」
「そうですね。私は何回も初日の出を見に来てはいるのですが、何回見ても本当に感動しますね」
それからほんの少しの間、二人は太陽が主役の一大イベントの観衆になっていた。
太陽が稜線から完全に上がってしまうと、山頂周辺は普段の景色に戻ってしまったように淳一には感じられた。非常に短い感動の時間は終わりを迎えた。すると、仙人は山頂からの景色を見渡しながら静かに話し始めた。
「聖滝さん、このような光景を目の当たりにすると、私はこの地球という惑星に生まれてきて本当に良かったと思うのです」
「はい、私もそう感じました」
「この地球上で奇跡的にと言っても過言ではない状況で生命が生まれ、少しずつ進化を遂げた結果として、今我々人間という生物が存在しているのです。この宇宙があって、その中に銀河系があって、さらにその中に太陽系があって、そして、この地球という惑星が存在しているのです。太陽系の中ではまだ地球にしか生命の存在は知られていません。もしかすると、太陽系以外に生命は誕生しているのかもしれませんが、確認されてはいないのです。よくぞこの地球で生命が誕生し、生き続けているとは思えませんか?」
淳一はゆっくりと頷いた。
「今を生きている我々はDNAを継承中なのだ、ということを忘れないようにしなければなりませんね」
「『我々はDNAを継承中なのだ』……か」
この言葉に関する詳しい説明を受けたことはまだなかった淳一であったが、これまで沢山のことを仙人から教えてもらってきていたので、仙人が言わんとしている意味は、非常にぼんやりとしたものであったが淳一の頭に浮かんできているようにこの時には思えた。淳一は大きく数回頷き、西の方角に目を遣った。そこには、積もった雪が淡いピンク色に染まった富士山が美しく聳え立っていた。