始祖の愛し子は拾い子
◆始祖の加護
吸血鬼として存在が世界に定義され、想念により産まれたものは始祖と呼ばれる。
始祖に名前はなく、本人も必要としていなかった。知識は世界から与えられ、その存在の定義ゆえにあらゆる魔術・魔法を使うことができた。
ある日、日の沈んだ夕闇のなかを歩いていると、赤子の泣く声が聞こえた。
「口減らしかの。哀れなことよ。赤子では眷属にしてやることもできん。さてはて。時間もあることよ、手慰みに育ててみるか。」
始祖は赤子を抱き上げると笑顔を浮かべ声をかけた。
「今からお前の保護者だ。宜しく頼むぞ?」
「ふぎゃー」
更に激しく泣く赤子であったが、疲れたのかすでに弱っていたのか鳴き声が弱くなっていく。
「母乳は私の存在に誰も望まぬゆえ……作ってやるとするか。」
始祖が片手を広げるとそこに光が生まれ、軽く軽く握りしめるとミルクを湛え吸い飲みが現れた。
「ほれ、赤子よ、飲むが良いぞ。」
乳房と違い流れ込むミルクにむせる赤子。
「布を食ませるか。」
吸い飲みの口に布を付け、それを吸うことで安心して飲む様子を見ていることができた。
「いつまでも『赤子』ではいかんな。呼び掛ける名前を定義してやろう。私にも赤子に呼ばせる名前がいるかもしれん。ふむ……。」
始祖は赤子を「始祖がひっそり育てる嬰児」と定め『ヒソミ』と呼ぶことにした。自身のことは「赤子の母」と定義して『アカハ』とした。
「ヒソミ、あなたのお母さん『アカハ』ですよ。宜しくね。」
子の名を告げながら呼び掛けると世界は始祖の思いを受け入れ、それは加護となった。始祖の『子』として世界に認められ、その名前は定義された。そして、始祖自身の名乗りによってアカハの存在も変質していく。
「ヒソミは言葉がまだ話せないから魔法で意志疎通しよう!愛し子よ、お前の要望は直ぐに叶えてあげるわ。だから、夜泣きしないでね。」
早い話が魔法による思念会話であった。それは一歳頃の脳の再構築に大きな影響をもたらせた。
「ヒソミは何の病気にもかからないわね。私がいるから、周りはアンデッドが沢山居るから衛生面で心配していたのだけれど、魔法でクリーニングしたのが良かったのかしら。」
加護により健康が保証されているのに誰も気がつかないまま、ヒソミは成長していく。
アデノウイルスやトッパシンなど普通の赤子であれば罹患するであろう病気など跳ね返してしまった。
「あら、もう寝返りできるの?凄いわね~。運動神経抜群なのね❤」
『それほどでもないの。』
加護は肉体にもよい影響をあたえ、丈夫にしなやかに確実に成長していった。
「あら、もうつかまり立ちに挑戦するの?手すりを作ってあげるわね。」
アカハは手の内に光を生み出すとともに、部屋の壁にヒソミ用の手すりを用意した。床はコルクのようなクッション性能に優れた素材が敷かれている。
『ありがとう、アカハ。』
「ねえ、ヒソミ。私、お母さんって呼ばれたくなったの。呼んでくれない?」
『OK、お母さん!』
「どこでそんな言葉覚えてくるの?」
『骨おじさんが「ヒャッホー!お前は役に立つ人間か?返事しない奴は擽るぜ?OK?」とか話し掛けてきたから。』
「可愛がるのも良いけど、口調は何とかならないのかしら‼」
ある日のこと、ヒソミは椅子の上でゴニョゴニョと独り言をいっていた。
「あら、ヒソミ?何かしゃべってるの?」
「うかああん、うん」(お母さん、うん、喋る練習してるの。)
「一番最初の言葉は『お母さん』ね!凄いわ。天才なのかしら❗ヒソミは凄いわね。」
「そう?」(そんなこともあるかもしれない。)
「あら、ヒソミ。もう歩けるのね!?」
「走れないけど、ゆっくりなら動けるよ。」
「流石、ヒソミ❗」
「手洗いまで歩いて行くから、おまるは片付けてくれる?」
「我が子の成長が止まらない!」
ある晴れた日、アカハは山中の屋敷のテラスから彼方に見える街を見ていた。
「あら、ヒソミ。ここ二階のテラスなのよ?どうやって来たの?」
「階段の手すりに捕まりながら。お母さんは何を見ているの?」
「人の村や街を。いつかはヒソミも街に出て暮らすことになるのかな?」
「お母さん、私まだ一歳だよ?」
「あなたの成長の早さをみていると、直ぐにでもいなくなっちゃいそうで。」
「子離れしないと。」
「あなた、まだ一歳でしょ!」
「お母さん、階段が降りられない!」
「まだ一歳だった!」
ある日の食卓にて。
「お母さん、何を食べているの?」
「あなたと暮らしはじめてからはパンやスープ、お肉も食べるようになったわ。サラダも体に良いんですって。」
「私はミルクに離乳食。私の成長が早いのを勘案すると、そろそろ固いものでもいけるんじゃないかな。」
「あなた、まだ歯が生えきってないのよ!」
「パン粥あきたよー。」
ヒソミは手の中で光を生み出した。
「食料創造プリン!完成!」
「ヒソミ?あなた、いつの間にその力を?!」
「お母さんの使っているの毎日見てたから。……あっ!」
プリンは指の間から床にこぼれ落ちてしまった。
「お皿は用意した方が良いわよ?」
「証拠隠滅!原子分解!プリンは消える魔法!」
「才能を発揮する動機がお子さまだ!」
「まだ赤ちゃんだもの!」
ある日の昼下がり。
「ヒソミ、お昼寝の時間よ。」
「お母さん、昼寝などしなくても良いのではありませんか?」
「駄目よ。」
「理由を伺っても?」
「あなたが三歳児だとは思えないわね。」
「眠たくなったら寝れば良いのですの。お母様にはそれが分からないと。」
「あなたが食事中、スープに顔を突っ込んで寝たりしなければ分かってあげるわ。」
ある日の夕方。
「ヒソミ、文字の練習は進んでる?」
「お母さんに頂いた書籍に出てくる単語は全て覚えて書けるようになりました。」
「計算問題はどう?」
「パズルを解くような問題は面白いですわ!」
「パズル?」
「XYに代入するような問題や∫を使った面積の問題などです。」
「六歳児じゃないわ!学校に入る基礎要件天元突破してる!」
「えぇ、まだ五歳ですから。」
ある日の夕食時。
「お母様の職業は何になるのでしょうか?」
「急な話題ね?」
「本の中に農民や貴族などの"仕事"の重要性が解説されていました。骨おじさんや貧血気味のおじさん、お姉さんは領民なのでしょうか?」
「わ、私は……無職だ。いや、子育てしているから主婦業だ!お姉さんなんかは眷属のことかな。私の下で働いている。」
「無職であれば親の脛をかじるというか、養う人が必要なのでは。主婦では生産的経済に直接貢献できませんわ。この様な屋敷に住む農民もいらっしゃらないようですし。貴族か商人あたりではないかと思っておりました。」
「経済に関わる必要がないからな。必要な物質は知っての通り魔法で創造できる。書籍などは街で買うことになるが砂金などを貨幣に変えて入手している。」
「魔法の脛を齧っていた!」
ある日の就寝時間、側にいるアカハにヒソミは声をかけた。
「お母さん、私たちは何のために生きているの?」
「自身が世界から期待を受けて産み出された存在であることを前提に、その身自体も世界の一部なのだ。世界が貴方に与えた力を、環境を受け入れ克服して楽しむことが生存意義であると私は思う。私は世界に、ヒソミに望まれ必要とされてここにいるのだ。貴女の母親としての時間を精一杯楽しむことにしているよ。」
「じゃあ、大好きなお母様が喜んでくれると私も嬉しいと感じて生きることが良いのでしょうか。」
「私だけじゃないよ。『世界』が喜ぶ、楽しんでいることだと理解しておくれよ。貴女が大切に思うもの全てが嬉しいと感じる世界を感じておくれ。」
「お母様と私自身、私が大切だと思う私の世界はまだ狭いのですね。」
「ああ。そうかもしれない。もっとも私の方が狭いかもしれないがな。私は私であることを世界に望まれ存在するだけだった。一方的な広さを感じない世界。ヒソミを育ててヒソミに必要とされることで私の世界は漸く広がりを持ったのだ。」
「眷属の皆様はいいのですか?」
「あれらは世界の、私の在り方が望んだ結果なの。世界の広がりを感じたりはしなかったわ。」
「しゃあ、お母様も世間に関わって世界を広げなければなりませんね❗」
「十歳児にそんなこと言われるとは思わなかった‼」
◆学園生活
ある日の朝。
「ヒソミ、九月から一年間、学校に行きなさい。寮生活です。100Kmぐらい離れた位置にあります。地図で場所を確認しておいてください。」
「学校に?行って良いの!やった、お友達できるかな~。」
「えぇ、きっと沢山できますよ。」
──8月中旬
「では、行ってきます。」
「移動中の食事は今まで色々なものを食べさせてきたでしょ?思い出して、創りなさい。
片寄ったものは駄目ですよ。あまり時間がありませんから走って移動しなさい。あまり人に見られないようにね。」
「この辺にはあまり居ないものね。移動先では探知しながら走ります。」
ヒソミは自身の体に光を翳した後、風のように軽やかに駆け出した。
──休憩
走りながら喉の乾きを感じたヒソミ。街道沿いに木々が生えている木陰を見つけた。
(この辺りで休憩しましょう。
コーヒー創造、っと。砂糖は多め、ミルクあり。手が汚れてるかしら、アルコール消毒しておきましょう。
用意しておいたカップに注げば完成!プリンも付けよう。)
木陰の少し冷たく感じる空気を胸一杯に吸い込んでいると街道の先で争う音に気づいたヒソミ。カップを片付けて先に進むと、 数匹のゴブリンに襲われている商人さんを見つけた。護衛がおらず、立ち往生しているようだ。荷車の上から槍で突いているが難儀しているようだった。
(世界を広げよう!)
「助け入りますか!?」
商人はゴブリンから目を離さないままに助力を願った。
「頼むよ、助かります。お礼はさせてもらうから、こいつらの気を引いてくれないかな。隙をついて、槍で突くよ。」
「いいよ❗」
ヒソミは腰に佩く片手剣を抜き、自身の体躯に白い光を一瞬纏わせた。
ヒソミは商人の死角になりがちな荷車の後部から近づくと半数のゴブリンを切り捨てた。
「後ろ側は終わった。小鬼よ、こっちも気にしないと切るよ!」
「早いね❗強いんだね。って、随分と若い助っ人さんだ⁉」
ヒソミの煽る声にゴブリンの認識が疎らになる。商人が長めの槍を繰り出すと首筋に刺さり、残った一匹はヒソミが仕留めたところだった。
ヒソミは商人が怪我などをしていたら治療をしようかと声をかけた。
「怪我はない?」
「お陰さまで、特に怪我はないよ。街道にこんなに出てくるなんて思ってなかったから、少し手間取ったよ。……お礼は荷車の中の野菜や果実ぐらいしかないけど、食べるかい?」
「本当?ありがとう。リンゴを一ついただくよ。」
「早摘みのリンゴだから少し酸っぱいかも。好みもあるだろうけど、是非食べよ。お気に入りの仕入れ先なんだ。」
(シャクシャク……)
「おいしー。いつも食べてる(創造した)リンゴなんて、比べ物にならない!」
「新しい品種なんだよ。とっても甘い、特別なリンゴさ。」
「今後はこのリンゴを食べることにするわ!」
「助けてもらったお礼だ。持てるだけ持っていきなよ。」
「ほんと?じゃあ、おすすめの果実を全種類、一口分、貰っていくね。」
「そんなんじゃ、お礼として足りないだろう?」
「大丈夫です。(収納魔法に入れると全部無くなっちゃうし)味わえれば(再現できるので)十分です。」
荷車を押して進む商人と別れて先に進むと、今度は盗賊に襲われている馬車を見つける。
(治安が悪すぎないかしら、この街道。どうなっているの。)
睡眠導入魔法で範囲の盗賊を無力化、縛り上げる。お礼をさせてくれというので、街まで馬車に乗せてもらうことにした。街は馬車なら休まず進めば八時間といった距離まで近づいておた。
馬車の荷車の縁に座っていると、ヒソミの頭の中に声が響いた。
『娘さん、不思議な魔法を使うんだね。』
なぜか意思疏通のできる蜥蜴が荷物の下敷きになっていた。荷物の下から蜥蜴を助けてあげたら、蜥蜴は自己紹介を始めた。
『俺が魔法で話し掛けても驚かないのな。お嬢さんからは不思議な力を感じるけど、それが関係してるのかい?』
途中の集落の中ではお店の中に並ぶ素朴なお菓子、初めて見る自分以外の若い人間。拙い魔法で芸を披露する者。広がる畑に、果樹園など初めて見るものが一杯であった。そして、一人で宿で一晩泊まる頃には少し疲れを感じていた。
『こんな普通の集落の様子でそんなに興奮するものかい?』
『私、実家からあまり出たことがないの。』
『(思念会話?)厳しい家庭だったんだね。』
『周りはまともに生きている人(生死観的に)が居なかったし、一人かお母様と過ごすことが多かったの。』
『(社会通念的に)まともな人間がいない環境なんてスラムみたいなものかい?育ちは良さそうなのに。』
『ちゃんと皆様方はお母様の指示で動いていたけれど、昼間は寝てる人が多いし、のんびり動く人が多かったかしら。(アンデッド的に)』
『(社会通念的に)働く時間に寝てる、言われたことしかしない、グズグズしてるって、駄目な大人としか思えないよ。』
『そうかしら?』
『そうだとも。』
街で馬車から降りたとき、蜥蜴はヒソミについてきた。
『お嬢ちゃん、面白そうなんだもん。』
『学校の寮で生活するの。ばれたりしないかしら。』
『俺小さいし、思念通話で話していれば大丈夫じゃない?ご飯は虫でも残飯でも草でも食べられそうなものなら何でもいいから、養ってくれないかな!』
『私の脛を齧って居候?駄目な蜥蜴さんね。』
翌日の夕方、街に、寮についた。
寮は小さいながらも一人部屋でロフト状のベッドが存在していた。机一つにロフトのベッド。手洗いや水場は共有のものを使用する。
ロフトの下側は隣室のベッドが作られているようで、こちらの部屋の収納などにはなっていない。二人部屋の二段ベッドを無理に仕切ったような間取りになっていた。
(世界を広げよう!)
部屋に収納魔法で持ち込んだ荷物を置きながら
、寮の探検といいながら食堂やリネン室などを見て回った。
(お風呂はないのかぁ。)
ヒソミが赤子の頃に入れた風呂を非常に喜んだので母のアカハは屋敷に大人も入れる浴槽を創っていたからだが、慣れてしまった風呂が恋しくなった。
(何とかしよう!)
彼女には創造魔法があるのだ。場所と時間があれば何とかなるであろうから。
学校が始まった。
自衛体育の授業では母さんの部下の骨おじさん相手に練習した剣術で高い評価をもらった。学校に来るときにゴブリン相手に立ち回ったことを考えても自衛の範疇で問題になることもない。そもそも、この授業では魔法を使っていないのだから。
その頃他の学生は
──ゴブリン怖い!
──藁巻きしか切ったことないのに丸腰とはいえゴブリンと戦うなんていけないと思います。
──ゴブリン「ギャギャギャ‼」
──うわー
逃げ始めた学生をかばいながらゴブリンを気絶させていく。
──ゴブリンを無力化のみしている!
──凄いわ
このゴブリンたちは授業用に確保した個体ですので全滅させてはいけないと、判断したためだった。
「何か問題があったかしら?」
「「「大丈夫です。問題ありません❗」」」
自然生活の授業では、実家の森に生えていた草を採取する手伝いが生きて難なくこなした。
特徴比較による識別魔法で大半の薬草野草は見分けがつくものの、ニラとスイセンは特徴が比較しきれず臭いを確認するしかなかった。
(視覚のみに頼った識別は危険ね。離れていても見た目以外で識別できないと、無駄に摘むことになるし、評価が落ちてしまうわ。)
──薬草見つかった?
──そっくりな草、全部摘めば良いんじゃない?
──収集リスト、幅広すぎないかな。しかも、似てる草が、いくつもあって分類して提出しないといけない。
──これ葉っぱの裏側が白くないわよ。『ヤクソウモドキ』よ、これ。
──やってられない!蚊に刺された!
──蚊に吸われた!
──蚊に喰われた!
──肉食か!
地理歴史では、広い世界に思いを馳せ、小さい頃から聞いていた歴史との齟齬を感じつつ、やり過ごした。
(お母様は王家の成り立ちは地元の豪農だと言っていたのに、教科書では神様が遣わした使者の末裔とか書いてあるわ。)
(この年代の戦争はアンデッド戦役とあるけど、お母様が即座に山の中に手の内のものを引き上げたと言っていたわ。華々しい勝利として後世に残したかったのかしら。面白いわね。)
(こっちの東方戦役では敗戦したのに、恒久和平条約締結を主に書き残している!王家は面子で生きているのかしら)
──ヒソミさん、東方戦役の結末を言ってください
「恒久和平条約の締結を勝ち取りました。」
「素晴らしい回答ですね。正しい歴史を皆さん覚えて恥をかかないようにしてくださいね。」
魔法実技では皆の魔法を真似て魔法を創り、妙な威力に先生を驚かせた。
(皆様、ファイヤブリットという、小さい火の玉を的に当ててますわね。攻撃魔法は私は修めていませんし……創ってしまいましょう!)
(火は拡散しやすいので高密度に固めて、速い方が影響を受けにくいわよね。風による燃焼加熱を最大限に活かすために旋回させて空気を取り入れながら収縮を行う。ブリットファイヤとして創造完了ね!)
──次、ヒソミさん
「はい。『ブリットファイヤ!』」
「名前が違いmはぁ!?」
(お母様、私はなにやら、やらかしたようです。)
学校生活では二年過程の貴族の人に絡まれた。
金髪の如何にも貴族な服装の学生がヒソミに近づいてきた。
「おまえか、最近目立っているのは」
「目立っているかは知りませんが、高い評価をしていただあているようです。なにかご用でしょうか。」
「卒業したらどうする予定か。教えていただけないか。」
「まだ、決めておりません。」
「ぜひ、うちの派閥にと声をかけさせてもらった。考えておいてくれ。」
(比較的良識的な貴族なのかしら。でも、私は何をしていくべきなのかしら。どうしたら、世界を広げられるのかな。)
◆冒険者
お金を稼ぐためにアルバイト感覚で冒険者として登録した。砂金を創造するのは経済的に良くないと考えたためだった。
毎日の様にゴブリンを倒し、薬草を納品して、ある日冒険者に絡まれた。
「君がヒソミ?最近調子が良いみたいだくど、一人でこなし続けるのは、この仕事を舐めてるんじゃないか?俺たちと組まないか?大物を狩りに行くんだが一緒にどう?」
(世界を広げてくれる誘いかもしれない!)
「はい、喜んで!」
どうやら大物とはオーガの討伐らしい。ヒソミは部屋の同居人(?)を連れて参加することにした。
オーガの探索は広域探索魔法で行い、枝が折れているなど理由を後付けしながらパーティーを誘導した。
──オーガだ
──本当にこっちだったのか!
「ヒソミちゃん、凄いじゃないか。優秀なレンジャーやハンターになれるよ!」
オーガは少し苦労しつつも、ヒソミ以外のメンバーで討伐できた。
しかし、そこに更なるオーガが現れる。通常のオーガが緑色の体表であるのに対して青み掛かった色をしていた。
──ブルーオーガだ。オーガの二周りほど強いぞ。
──既に戦う気になっている!
──このオーガの仲間か!?
浮き足立つメンバーを危険だと判断したヒソミは叫んだ。
「私が引き付けます。撤退しましょう。それとも継戦可能ですか?!」
──撤退だ
「撤退だ。だが、君が残る必要はない。」
「いえ、同じパーティーです。私は先のオーガ戦で何もしておりません。」
──ブルーオーガ「グギャー」
──「負傷しているものは先に撤収!リーダーの私と傷の浅いものは遅滞戦術、折を見て離脱する。」
しかしながら、残ったメンバーは骨を折るなど決して軽症とはいえなかった。
ヒソミに着いてきた同居人は呼び掛けた。
『お嬢ちゃん、嬢ちゃんは強いけどリーチが足りないだろう?俺が少しあいつのきをひくから、近づいて魔法を射つなんてどう?』
ヒソミは一人でも何とかなる気がしていたが、提案を無下にすることなく受け入れた。
蜥蜴は近くの木に登ると、ブルーオーガに滑空して張り付いた。耳元に近づくと耳の穴のなかに入り込んだのだった。
突然、その場で奇妙な行動を始めるオーガ。打ち合わせ通り、ヒソミはオーガに近づくと魔法を発動した。
──『ブリットファイヤ!!』
避けることもままならないオーガは心臓付近を吹き飛ばされ、地面に倒れ伏した。
『蜥蜴さん、大丈夫?ありがとう。』
『お嬢ちゃん、何時までも蜥蜴さんじゃ感謝の気持ちも伝わらないよ。俺には名前があるんだ。リックって呼んでくれよ。』
『ありがとう。リック。私はヒソミよ。』
『知ってるよ、お嬢ちゃん。』
『そこは、名前を呼ぶ流れじゃないの!?』
別のある日、卒業日が近づいていた。
薬草を集めようと街道沿いに森のなかを窺っていると、豪奢な馬車が轍に嵌まって立ち往生していた。
ヒソミは世界が広がるかもと声をかけた。
「どうかされましたか?」
質の良い服を着た馭者と思われる男が答えた。
「見ての通り轍から抜け出せない。主人が静かなうちに抜け出したいところなんだよ。」
ヒソミはそれならばと、少し離れた場所の土を収納魔法に入れ、手持ちの袋から振り出すふりをしながら轍に土を入れ、乾燥させる魔法をこっそりとかけた。
無事に轍から抜け出した所、馬車の窓が開いて、貴族と思われる男が例を言った。
「貴女の名前は?私はキールという。」
「ヒソミよ。」
お礼をと言われたものの、大したことはないと足早にその場を離れた。
「薬草は待っててくれないのよ!」(逃げません)
◆そして卒業
とうとう、卒業する日になった。
卒業記念行事では貴族の男性が声を掛けてきた。あの「キール」と名乗った馬車に乗っていた人だとわかり、再度の礼を伝えられた。
そして、話は変わるがと卒業後の進路について尋ねられた。
(困ったなぁ。進路とか決めきれない。ひとまず、実家に戻って考えよう。)
「実家で脛を齧ることにします!」
ヒソミの世界はなかなか広がらないようです。