1.暴走トラックに轢かれた方がマシだったんじゃない?
今日もPCに向かって二次元嫁と一人で遊ぶ。
十五年以上続いている日課だ。
俺の名前は刈部瑠佳。
上から読んでも下から読んでも同じ名前。
某製薬会社で化学系の博士研究員を務める三十五歳のおっさん。
つまり、某化学者だ。
決して錬金術師ではない。
婚姻歴無し。
ちなみに非童貞……なんだけど、三次元女性への興味は、とっくの昔に失せている。
初体験が、あまりにもイメージと大きくかけ離れていたのが原因だ。
それで、それ以降は三次元ではなく二次元を求めている。
「そろそろ、コンビニで夕飯でも買ってくるか」
俺は、一旦PCをシャットダウンして、一人暮らしのアパートを出た。
しかし、コンビニに向かう途中、黒い服に身を包んだ男とすれ違った直後、突然、全身が痺れて動けなくなった。
そして、薬を含んだ布で鼻と口を塞がれ、それ以降は、記憶が無い。
❖ ❖ ❖
俺が目を覚ますと、そこは、一面真っ白なところだった。
ここは、夢の中の世界か?
「目が覚めました?」
背後から誰かが声をかけて来た。
振り返ると、そこには白い服に身を包み、背中に一対の大きな白い翼を生やした美女の姿があった。
「アナタは?」
「私は、三級天使のサクラと言います。地球で亡くなった刈部瑠佳さんですね?」
「俺、死んだんですか?」
「はい。身体は生きていますけど、残念です」
「でも、身体が生きてるってことは、植物人間? だったら、生き返ることって?」
「それは、さすがにムリです。たしかに身体は生きていますけど、既に世界中のアチコチに散らばってます」
「えっ? もしかして、それって?」
俺は、天使の言っている言葉の意味を理解したくなかった。
アチコチに散らばって生きているって、多分、俺の身体が解体され、パーツ毎に売られたってことだと思うから。
「理解が早いようですね。アナタは、スタンガンで身体を動けなくされたところに薬を嗅がされました。そして、気を失ったアナタの身体はバラバラにされ、各臓器が闇ルートで高額取引されたのです」
つまり、俺を納める身体は、事実上、既に亡くなっていた。
いや、この場合は、無くなっていたが正しいか?
「しかし、このような不条理で亡くなった方の救済プログラムがあります」
「もしかして、異世界転生とか?」
「さすが日本人ですね。理解が早い。では、早速、女神様のところに向かいますので、私に付いて来てください。コチラです」
天使サクラは宙に浮くと、俺の右方向に向かってゆっくりと飛んで行った。
その先には、いつの間に現れたのだろうか? 門があった。
俺は、サクラの後を追って、その門を通り抜けた。
そこから、一分くらい歩くと、突如として白い館が現れた。
館の中に入ると、そこには中学生くらいに見えるカワイイ系美少女が椅子に座っていた。
その美少女も白い服を身に纏っていて、背中には一対の大きな白い翼を生やしていた。
「刈部瑠佳さんですね」
「はい。アナタは?」
「ピルバラナと申します。アナタの転生先トリフィオフィルム世界を統治する者です」
「では、女神様?」
「そう呼ぶ者もおります。瑠佳さんの死因は、既にサクラから聞かされているかと思いますが?」
「はい。あんな目に遭うのは、二度とゴメンです。バラバラにされても、元通り身体がくっついて生き返るなんてのがあったら良かったんでしょうけど」
普通、そんな都合のイイ身体は無い。
飽くまでも、これは、俺の愚痴みたいなものだったんだけど……。
「一応、そう言う身体は、ありますけど……」
これを聞いて、俺は、
『あるんかよ!』
と心の中で叫んでしまった。
「本当ですか?」
「はい。しかし、そのような身体になりたいのですか?」
「なりたいです」
「分かりました。そのように致します。それとアナタは、初体験の後、女性への興味が一切失せていたようですね?」
「はい……」
俺は、高校時代にカワイイ系美人の彼女がいた。
その彼女を相手に初体験を済ませたんだ。
嬉しいことに、彼女もまた、俺が初めてだった。
ただ、俺の初体験は、俺が勝手にイメージしていたものとは全然違うものに感じた。
それまで、漫画やアニメを見ていたせいだろう。
先ず、彼女の体毛に違和感を覚えた。
自分だって体毛はあるくせにね。
あと、俺の嗅覚が敏感なせいもあると思うけど、アソコの臭いが、想像以上にきつく感じた。
自分の股間だって臭いがあるくせにね。
それともう一つ。
彼女が完全にマグロ状態で、挿れ易い姿勢を全然とってくれなかった。
それで、正直、気持ちは萎えた。
相手も初めてってことで嬉しかったくせにね。
あの時は、悪友からPDE5阻害薬(ED治療薬)を貰っていて、それを服用していたから身体の方は萎えずに済んだ。
でも、それが無かったら、多分、性交に失敗しただろう(セイコウなのに失敗とは、これ如何に?)。
別に、彼女が毛深かったわけじゃない。
アソコだって綺麗にしていただろう。
だから、それを受け入れられなかった俺が問題なんだと思う。
と言うか、正直、俺自身にHの才能が無かったんだって、今では思っている。
あと、彼女がマグロだったのは初めてだったから。
これも仕方が無いことだって分かっている。
しかし、これで完全に三次元の性に興味が失せてしまった。
それ以降、二次元しか追い求められなくなったんだ。
「状況は理解しております。実は、先程の『バラバラにされても元通りくっついて生き返る身体』が、まさに、そう言ったこと(女性への興味喪失)を起こさせない仕様なのですが……」
「だったら、尚更、是非ともその身体にしてください」
「後悔しませんか?」
「はい」
「分かりました」
この時、俺は喜んでいたが、何故か女神様は煮え切らない表情をしていた。
もしかすると、禁じ手みたいな特別な身体なのかなと、この時、俺は思っていた。
これが、後々、とんでもないレベルの後悔に繋がるとは、さすがに俺自身、想像すらしていなかったんだ。
「それと、俺が行くトリフィオフィルム世界でしたっけ? その世界について教えて頂けませんか?」
「先ず、トリフィオフィルム世界は、瑠佳さんのいた地球で言えば、文化文明レベルが中世ヨーロッパと大同小異です。ただ、地球とは違って魔法があります」
「では、魔法と剣の世界ってことでしょうか?」
「まあ、そうなります。それから、トリフィオフィルムとは、『三種類の葉』を意味します。これは、この世界が三つの大陸から成ることに由来します。また、人類、亜人、魔族が、それぞれ別の大陸で暮らしています。つまり、人類大陸、亜人大陸、魔族大陸に分かれているのです」
魔法に続いて、亜人とか魔族と聞いて、俺はワクワクした。
魔族がいるなら、それを統治する魔王もいるだろう。
まさに異世界ファンタジーの世界だ!
「あと、転生特典のチート能力とかってあるのでしょうか?」
「あります。魔法を含め、おおよそ、普通の人間では有り得ないレベルの能力が多数付与されています。そのための説明文が転生後のアナタの頭の中にインプットされておりますので、それをご確認ください」
「そうですか。ありがとうございます。では、俺は、そこでチート能力を駆使して魔王討伐とかに参加するんですね?」
「いいえ。それぞれの大陸で、人類も亜人も魔族も平和に暮らしています」
「はっ?」
「ですので、魔王軍との戦いはありません。魔獣討伐はありますけど。それと、三大陸間での貿易もありますし、異種文化を学ぶために留学生もいますので、種族同士の交流はあります」
魔族との戦いが無いのは、俺のイメージとは違う世界だ。
魔獣討伐があるので、チート能力を使う機会はあると思うけど……。
しかし、考えようによっては、魔王軍との戦争が無い分、平和でイイ世界なのかも知れない。
悲惨な殺され方をした俺への配慮なんだろうって、ここでは思うことにした。
「では、これより瑠佳さんにはトリフィオフィルム世界の人間大陸に飛んでいただきます。瑠佳さんが有意義な人生を送れますことを祈念致します。転移!」
女神ピルバラナにそう言われると、俺の意識は途絶えた。
トリフィオフィルム世界に魂が転移したんだ。