72 君が歌う歌(5)
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
聴こえる。
歌が、聴こえる。
ヴァルが、歌う歌が。
エマは目を覚まして、初めて自分が眠ってしまっていたことに気付いた。
そうだった、今日はあまり眠れなかったんだ。
見ると、ヴァルがエマをじーっと見下ろしていた。
ヴァルの向こう側に白い雲が流れる。青い空が見える。
「…………っ!」
この感触……。
気付いて心臓が飛び跳ねた。
これ……膝枕……!?
「ごめん、寝ちゃってた……」
顔を隠し、なんとか呟く。
ヴァルは、何も言わずに遠くを眺めると、また歌い始めた。
ジークの歌だ。
どうして知っているんだろう。
知っている人がいるなんて。
朝 太陽が照らすなら
私は 私の道を
夜 月が灯すなら
君は 君の道を
その日 心臓が続いたなら
また会おう
お互いの道が交わる
その場所で
そんな歌、だったんだ。
ヴァルの膝の上で、こっそりと指の間からその顔を眺める。
なんて、安心する声。
歌が終わるとまた沈黙が降りる。
その状況を手放すことが惜しいと思いつつも、さすがにそのままではいられないので、起き上がった。
ヴァルと目が合う。
「大丈夫。そんなに時間は経ってないよ」
顔を覗きこまれて、少しだけ動揺した。
学園へ戻るため、また馬車へ。
「今度は私が御者台ね」
御者台に登ると、ヴァルが一緒に御者台まで付いてきた。隣に収まる。
「…………」
……後ろじゃないと休めないと思うけど。
「行こっか」
馬を走らせる。
カポカポと、走る。
隣にいられるのは嬉しいけど、会話もないのは心臓に悪い、というか。
ヴァルの方を見られないんだけど、どうやらヴァルは隣でのんびりとしているみたいだった。
「……さっきの歌、なんていう歌なの?」
沈黙と好奇心に負けて、口に出す。
ジークが歌っていた歌をこの15年で初めて耳にしたのだ。
本当に、この世界に存在していたことに感動する。
「あれは俺の……母さんが育った町に昔から伝わる歌なんだ」
「ヴァルのお母さん?」
ふいっと見ると、ヴァルと目が合った。
「そう、ウラストス共和国の出身。その国の田舎町の歌だよ」
「へぇ……」
ジークはそんな遠い国の歌を……。そんな別れの歌を……。
一体どんな気持ちで、一人歌ったんだろう。
……ちょっと涙が出そうになった。
リッターの町に帰る頃には、空は紺色に染まりかけていた。
町の食堂で荷物を下ろすと、おかみさんが籠いっぱいのお土産をくれた。
「こ、こんなにいいんですか」
「もちろんだよ。代わりに行ってきてくれて助かったよ」
「わー!ありがとうございます!」
「晩ご飯も食べていくかい?」
「いいえ。みんなが待っていると思うので」
学園へ帰る馬車で。
ヴァルが当たり前のように御者台に乗った。そして当たり前のように手を差し出してくるから、エマはその手を取り、隣へ座った。
お泊りデートエピソードもラストです。
学園へおかえりなさい!




