68 君が歌う歌(1)
「ヴァルとエマに行ってもらっていいかな」
いつものように食堂にて、シエロがみんなに向かって言う。
チュチュが、「アタシも行く〜〜〜!」と騒いだけれど、
「チュチュは、僕と魔術の特訓するんでしょう?」
と、シエロに返されてしまった。
チュチュはちょうど、相手を殺さない魔術の特訓中だし、メンテとリナリは家の人が夏休み前にこちらへ様子を見に来るというので、手が空いていなかったのだ。
「確かに、2人で行かせるのはちょっと心配なんだけど」
そう言いながらシエロは、ヴァルを冷めた目で見据える。
「どういう意味でだよ」
ヴァルがたじろぐ。
そんなわけで、ヴァルとエマは二人、少し遠くの町までお使いに出ることになった。
日帰りできない距離ではないけれど、余裕をもって、1泊2日のちょっとしたおでかけだ。
「サルーアの町のラムナという商人から、食材を買ってきて欲しいんだ」
「食材?」
「そう。いつもの食堂からの依頼でね。ハーブやチーズがメインのようだね」
昼食を注文している食堂からの依頼なら仕方ない。
それに、泊まりの仕事というのはちょっと旅行みたいで楽しそうだ。
そんなわけで、翌日には二人、幌付きの馬車に乗っていた。
太陽眩しく、風は涼しい。
順番に御者台に座ればよくて、ヴァルは御者台に、エマはそのすぐ後ろに。座布団を敷きつめ、毛布を丸めて、エマがその上に転がるように座った。
「北の方に行くのって初めて」
「北の方が涼しいからな。今の時期はちょうどいいよ」
いいお天気だからか、ヴァルもいつになく声が弾んでいる。
しばらくして御者を代わると、ヴァルが後ろに座った。
エマのすぐ後ろに座り、何も喋ることはなかった。
ただ、馬のカポカポと歩く音だけが響いて。
ただ、風がいつものようにハーフアップにしたエマの髪をなびかせて。
ただ、ヴァルがそれを眺めた。
肩に流れる髪の緩やかなウェーブ。
風が吹けばその髪がふわふわと揺らぐ。
白いブラウスと、少し大人っぽくなった細い首すじの線が見えて。
今だけは誰にも邪魔されることがないと、その姿を独り占めにした。
昼過ぎには、途中、ぽつんと1軒だけで建っている食堂に入った。
白いエプロン姿のおじさんが、にこやかな顔で迎えてくれた。
テラス席では、学園から見るよりも近くなった山々が視界一杯に広がる。
食事は、小柄で可愛いらしい雰囲気の女性が持ってきてくれた。
ローストチキンに、マッシュドポテト、瓶入りのミネラルウォーター。
「あつあつっ、美味しい〜」
目の前にヴァルがいて、二人で美味しいご飯を食べられるなんて、幸せだ。
ヴァルの顔を見ると、ヴァルがふっと笑った。
「……?」
「ソース着いてる」
と、ヴァルが自分のほっぺたを指し示す。
「……!」
慌ててナプキンで拭うと、またヴァルが面白そうに笑った。
お泊りデートエピソード開始です!全5話!




