64 お散歩しようよ(2)
エマが身構える。
チュチュが、息を吸い、双剣を構えた。
その時だった。
…………!?
何かが視界に入った、と思った瞬間。
「おやすみ」
と、男のそばで声がした。
男に突きつけられた短剣の前に、魔法陣が光り、弾けるように消える。
そのまま蹴飛ばされた男は、横へ吹っ飛ぶと、そのままぐったりした。
眠ってしまったようだった。
「お前ら、何やってんの」
呆れたような声に顔を上げると、そこに立っていたのはヴァルだった。
「あ、ありが……とう……」
「ヴァル!!ありがとおおおおおお」
エマが、差し出されたヴァルの手に、掴まる。
少しだけ、心臓が跳ねる。
手が握り返されて、ひょこっと立ちあがった。
ヴァルに手を繋がれると、自分でもおかしいと思うくらい、安心した。
「エマ!大丈夫!?」
チュチュが飛びついてくる。
空いている方の手で、チュチュを受け止めた。
「ありがとう、大丈夫だよ」
ぽんぽん、と背中を叩く。
「よかったぁ……」
「圧倒的、実戦不足だな」
ヴァルが呆れた顔で言う。
確かにその通り。落ち着いてくれば作戦が思い浮かぶもんね。
チュチュはヴァルの話そっちのけで、眠っているひったくりの男に向かって行く。
それを追おうとして、一瞬躊躇する。
手が。
今、手を離して、また繋いでもらうわけにはいかない。
何気ない顔を装おうとする。
ヴァルが、そんな気持ちを汲み取ったのか、繋がれた手を持ち上げて、
「手なら、いつでも繋いでやるよ?」
と、憎らしい顔をしたので、そのまま手を離してチュチュの元へ駆けて行った。
「コイツ、近くの騎士団に連れてっちゃおうか」
チュチュがそんなことを言いながら、落っこちていた盗られた鞄を手に取る。
遠くでオロオロしていた鞄の持ち主が、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!」
「何事もなくてよかったです」
と、チュチュが嬉しそうな顔をした。
あざと可愛いが発揮された和やかな風景だ。
程なくして、ロープやら何やら持った町の人や、近所を歩いていた騎士団に、男が取り押さえられた。
3人で騎士団に状況を説明して、騒動は終わった。
「すみません!」
後ろから声をかけられ振り向くと、さっき鞄を返した女性が、大きな袋を持って立っていた。
「これ、先ほどのお礼に」
と、袋をもらった。
「ドーナツ!」
「わーい!アタシ、チョコのやつ〜」
3人でドーナツをかじりながら帰途につく。
「ヴァルはどうしてここにいたの?」
チュチュがチョコのドーナツをかじりながら聞く。
「仕事の帰り」
ドーナツを2口ほどで食べてしまい、指を舐めながらヴァルが言う。
「お前ら、明日から実戦訓練増やすからな」
「はぁい」
エマもチュチュも、攻撃の方が得意な分、傷つけない戦闘は苦手なのだ。
エマが、ヴァルの方をくるりと向いた。
「本当に、今日はありがとう。すごくかっこよかったよ」
エマがふんわりと笑う。
「だろ?」
ヴァルは、いつもの生意気な顔で笑った。
ヴァルが男を蹴飛ばしますが、エマの上に倒れ込まないようにしただけで、とどめを刺そうとしたわけじゃないです。




