58 図書室のリナリ
「リナリ」
リナリが階段を下りている途中、その声に気付いた。
後ろを振り返ると、そこにいたのは、双子の兄、メンテだ。
「メンテ」
返事をするのにバランスを崩しそうになる。
メンテが慌てて、手に抱えていた本を支えてくれる。
「また、こんなにたくさん持って……」
呆れたような声。
でも、仕方ないんだ。この学園の図書室には、本が沢山あるから。
興味がある魔術の本も、憧れている研究者さんの本も。
メンテに手伝ってもらい、並んで図書室まで歩く。
ちょっと前まではあたしと同じまるっきりの子供だったのに、いつの間にか大人びてきた気がする。
……いつか、身長も届かなくなってしまうんだろうな、と、少しだけヒヤヒヤ。
図書室の大きなテーブルに本を載せてもらう。そこは図書室の中でも少しだけ奥まった場所で、すぐそばに緑のベルベットのソファが置いてある。お気に入りの場所だ。
「ありがと、メンテ」
「うん」
メンテの顔が、優しく綻ぶ。
メンテにバイバイをして、一人になる時間。
持ってきた10冊ほどの本を、本棚に1冊ずつ戻し始める。
そこで、誰かが図書室に入ってくる気配に気付いた。
振り向くと、そこにいたのはエマだった。
「エマ」
「リナリ、ここで会うのは久しぶりだね」
エマは、リナリがこの図書室で出くわす一番の人物だ。
読書家、というよりは、勉強家といった方が正しい。
エマが首を傾げると、月色の髪がふんわりと揺らぐ。吸い込まれそうな星空色の瞳。
「同じ人の本ばっかりだね」
リナリが抱えている本を覗き込む。
「そうなの。希少魔術の研究者で、あたしが憧れてる人なんだ」
「へー……」
と言いながら、エマが黙り込み、その名前を凝視した。
この世界の魔術は、その属性によって加護を受ける人の人数に差がある。
この国で一番多いのは、水。それから、炎や風の魔術が多い。
チュチュなんかは石の魔術で、これは珍しい魔術だ。残っている記録も10あるかないか……。
「レーヴ・ラビラント」
「レーヴ……ラビラント……」
じわじわと横になっていたエマの頭がピョコンと起き上がる。
エマが、本棚に本を戻すのを手伝ってくれる。リナリの腕から1冊ずつ取っては、本棚へ戻す。
「あたしの魔術も珍しいでしょ?地元に帰ればこの魔術ばっかりだけど」
「うん」
「ラビラントはそういう珍しい魔術を、世界を巡って書き記している人なの」
「へえ」
エマの瞳の中の星が、キラリと煌めいた。
「どこに行けば会えるの?」
「所属としては、王室図書館の司書をしているから、そこに行けば会えるんじゃないかな」
そう。
誰にも言ってないけれど、その図書館を訪ねることがわたしの夢だ。……メンテにも言っていない、こっそりと考えるちょっとした夢。
エマが、あたしが抱えていたラビラントの本を1冊取る。『土地と魔術の考察』。表紙をまじまじとみると、その本を抱え直した。
「私も読んでみよう」
その本で、リナリの手の中の本は最後だった。手の中は空っぽになった。
「エマは、どうしてここへ来たの?」
「他の魔術の魔法陣を調べてみることにしたの。今日は、闇の魔術」
ほらね、やっぱり勉強。
「闇の魔術も書籍は少ないよね」
2人で、魔法陣が描いてありそうな本を集めながら話す。
「あまり情報を出したがらない魔術だからね」
「闇に魅入られた人は、口を閉ざすようになるんだって」
「それは本当かなぁ。もともと無口な人が闇の加護を受けやすいのかも」
4冊目をエマの腕に載せた時、エマがふわりと笑った。
「ありがとう」
「ヴァルも魔術のことは話さないタイプかな」
そう言うと、エマの顔がほわっとして、少し慌てたような表情になる。
「どうかな。ヴァルなら魔術の話も好きそうだからなぁ」
ヴァルの名前を出しただけでこんな調子。……最近はいつもこうなんだから。
「食堂行かない?」
エマがそう言うので、わたしも本を2冊ほど持って食堂に行くことにした。
図書室の扉は音もなく開き、2人は図書室を後にした。
学園の図書室の蔵書は8万冊ほど。背の高い本棚が入り組んで、居心地はいいようです。




