52 その人の話聞かせて
「いい匂い」
その日、エマとチュチュが2人で食堂に入ると、油のいい匂いがした。
キッチンを見るとヴァルが揚げ物をしている。どうやらコロッケのようだった。
エマが覗くと、ヴァルがチラリとエマの方を見た。
「美味しそうだね」
「まあな」
隣でメンテが付け合わせを作っている。
「もうすぐだから待っててよ」
メンテがにっこりと笑う。
「エマ〜、あっち行ってよ?さっきの、その人の話聞かせて」
「あ、うん」
エマがくるりとチュチュの方へ行くと、エマの後ろで、ジュワッと大きな油が弾ける音がした。
エマとチュチュはクッションに埋もれる。赤や青や黄色。色とりどりのカラフルなクッションだ。
エマとチュチュは、丁度、ジークの話をしていたところだった。
エマが、好きな人がいると言って以来、チュチュは時々、萌え語りの聞き手になっていた。
といっても、公式から供給があるわけじゃないので、思い出語りでしかないけど。
それも、名前を言ってしまうと、もういないこともわかってしまう。この学園にはジークヴァルト・シュバルツの名を知らないものはいない。
そんなわけで、名前を教えてもいない。
それなのに、チュチュはよく付き合ってくれた。
「どんな人でも見捨てたりしない人だから、その時に親友が裏切ったように見えても、一人で信じ続けるの」
「自分に疑いがかけられるかもしれないのに?」
「そう。それで深夜に一人で親友の部屋に訪ねて行くの。窓から!」
「窓から!」
「夜に佇む姿がかっこいいんだ。本当に……本当に、炎を纏っているみたいで」
「…………」
チュチュが、じっとエマを見る。
「夜風に髪がなびくの」
「髪が……!」
「長い髪が!」
「……かっこいい!」
「そう!かっこいい!」
だんだんと大きくなる声。
ヴァルは袖をまくった手を腰に当てて、眉をしかめる。そして、
「……うるせ」
と、小さく呟いた。
ヴァルの隣にいたメンテが、ヴァルが揚げたコロッケを見て感心する。
「ヴァルはどんな時でもカンペキだね」
メンテは、向こうの2人には聞こえないようにそう言った。
「…………」
盛り付けが出来上がったあたりで、エマとチュチュが食卓の準備を手伝い始める。
お皿の上のコロッケは、本当にどれもいい色合いで、美味しそうだ。
盛り付けを終えたメンテも満足そうにしている。
その綺麗な衣に包まれたコロッケに、エマはついニマニマしてしまう。
ヴァルからコロッケのお皿を受け取ると、ぐるぐると眺め回す。
「はぁ〜〜〜……」
それを聞いたヴァルは、一つ大きなため息を吐いてから、
「…………なんだそれ」
と一言だけ言った。
食後。
たまたまシエロとヴァルだけが、食堂に残っていた。
椅子に座って、魔術書を見るともなくパラパラしているヴァルに、声をかけたのはシエロの方だった。
「ご機嫌ナナメだね」
「……別に」
魔術書に目を落としたまま応える。
「いいなって思ってる子に恋バナされた、みたいな顔してるよ」
シエロは、ミルクティーを飲みながら、にっこりと笑った。
ヴァルの方は、目を落としたままだ。
「そんなんじゃないよ」
「ふーん?」
「ただ……」と、ヴァルは言葉を続けた。「……育ててやりたいと思っただけだ」
シエロは、ヴァルの顔を覗き見た。
「……僕じゃなくて君の手でね。確かに、そんな顔してた」
「…………」
「……でも最近は……」
ヴァルが、しかめっ面でシエロの方を見る。
シエロが立ち上がりながら、笑った。
「もっとかわいい顔してるよ」
ヴァルはなんでも器用にこなすタイプです。メンテは細かい作業が得意なタイプ。二人とも料理は得意です。




