50 私の好きな人
パーティーの日から一月ほど経って、普通の日常が戻っていた。
それは夕食後、食堂にいた時のことだった。
エマは食卓で外を眺めていた。
ヴァルはクッションの置いてある場所で、魔術書を眺めている。
チュチュが紅茶を飲み干す。
ゆったりした時間だった。いつも通りの。
「……また、そんな顔してる」
チュチュが、エマに向かってそう言った。
ちょうどチュチュが飲み終わりのカップを片付けて、そろそろ引き上げるところだった。
食堂にいるのは3人。
「……え?」
ぼんやりしていたエマは、何を言われているのかわからず、怪訝な顔をした。
テーブルに寄りかかり、チュチュがエマの顔を覗き込む。
「ちょっと……寂しそうな顔」
「…………」
寂しそう……か。
今考えていたのはジークの事だった。
いつもそんなに、寂しそうな顔なんてしてたのだろうか。
「えっと……」
この気持ちを、なんて言えばいいんだろう。
「す……好きな人が……いて……?」
「…………え?」
あまり、好きな人がいるという夢見心地な顔じゃないのだろう。チュチュが首を傾げた。
ヴァルはずっと、声も出さずに、クッションに埋れて本を読んでいる。
「でも……会えない人……だから……」
嘘じゃない。
嘘じゃないけど。
でも、この気持ちを他にどう表すんだろう。
あれほど好きだった推しのジーク。
この世界にいたはずの人。
どうやっても、会うことができなかった人。
確かに、今でも、好きな人。
ヴァルが、面白くないといった表情で、魔術書を投げやって、深くため息を吐いた。
どうしても、思い出してしまう人。
会ったこともないのに。
グッズがなくても。
ゲームがなくても。
これが“恋”ならなんて悲しいんだろう。
これが“恋”じゃなければなんなのだろう。
ふと、ヴァルの方を見た。
「………………」
ううん、ヴァルは違う。
だって、流石に10歳の男の子が恋愛対象っていうのは間違ってる……ような……。
と思ったところで、妙なことに気がつく。
チュチュは確かに大人っぽい。けど、それは子供の顔の中に大人っぽさがあるってことだ。
でも、ヴァルは違う。
子供の表情がどこにも無い。
いつでも話していて対等な感じがする。
おかしな感覚。
ふいに涙が出そうになって、チュチュが慌てて、エマの頭を撫でる。
「……ごめん」
チュチュが小さくそう呟く。
「あ、ううん。ただ……一方的に好きでいるだけだから」
……ジークがもういない人だってことは、言わなくていいかもしれない。
そんな話聞いたって、チュチュも面白くないよね。
言わなければ、ただの“好き”でいられる。
もう会えないなんて、悲しいことは抜きにして、ただ好きの気持ちだけでいられる。
ここでなら、私はただ、好きって気持ちだけを言っていいんだ。
「……すごくかっこいい人でね……。ずっと好きなんだ……」
へへって笑った顔はやっぱりきっと悲しくて、でも誰かにジークのことを話すのは、前世以来だった。
前世でなら、ジーク語りをときどき友達に語って聞かせていた。
ここではそんなわけにいかないから、ずっと閉じ込めていた気持ち。
きっとずっと、誰かに聞いて欲しかった。
嬉しいのか悲しいのか、よくわからないまま、エマは涙を堪えて、また、へへっと笑った。
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次回からとうとうラブコメ本戦に突入です。どうぞよろしく!




