30 魔術師たち
馬車は、走る。
3人とも、仄暗い行く先を見ていた。
「…………!」
急に、ヴァルが手綱を引き締める。
馬の足が、遅くなる。
「…………」
沈黙が訪れ、とうとう馬が足を止めた。
馬は、興奮しているのか、鼻をフンフンと鳴らしている。
「……いい子だ」
ヴァルが馬の背を撫でてやると同時に、馬車を静かに降りた。
ザワザワとした、草の音が響く。
何か……いる……?
その直後、それは姿を現した。
「グルルルルルルルゥ……」
え……?
見たことのないほど、大きな姿。
大きな熊が、歯を剥き出し、のしのしとこちらに来るところだった。
あんなの……見たことない。
そして、エマには、戦う術がない。
座り込んだまま、震えるしか出来なかった。
「大丈夫」
耳元で囁く声がした。チュチュの手は、エマの肩を軽くポンと叩いた。
静かに。
警戒しながら静かにチュチュがゆっくり前に出る。
両手を軽く開き、集中しているのが見て取れる。
それは、一瞬の出来事だった。
馬車の御者台までチュチュが辿り着くと、チュチュが両手を構え、声を上げる。
「ジュエル」
通る声。
その瞬間、チュチュが巻いているベルトの黒い石の前に魔法陣が現れ、弾けるように消えた。
チュチュが構えた手には、それぞれに真っ黒な輝く石で出来た大きなナイフが現れる。グリップの部分まで、真っ黒なナイフ。
チュチュが馬車を蹴り、飛び上がる。
ヴァルが腰に刺した短剣を取り出し、目の前に構えた。
短剣……。
そして、ヴァルの声が響く。
「深淵の王」
聞こえた途端、掲げた短剣の前に魔法陣が現れ、弾けた。
世界が反転したように、目の前が真っ暗になった。
真っ黒になったと言ってもいいくらい、目の前が暗い。
何も、見えない。
手探りで足元を触る。今まで通りの馬車の木の感触。
今まで、熊がいた方向から、「グアアアアアアアアアアア」と叫ぶような声が聞こえた。
どうやら、場所が変わったわけではない。
びっくりしていると、パチン、と弾けるように目の前の景色が、また同じ景色に戻る。
「え……?」
どうやら、周りが闇に包まれる魔術だったらしい。それも、微かな光さえ存在しない本物の黒い闇。
馬車の外では、チュチュの両の手から双剣が空気に溶けるように消えるところだった。
熊は……倒れている。
死んだ……の?
殺さないと殺される状況。
初めて見る魔術というもの。
心臓がドキドキする。
手が、震える。
ジーク……。ねえ、ジーク。あなただったら、こんな時どうするの。
ジーク。
動けなくなってしまう。泣きそうになっていると、
「大丈夫か?」
しゃがんだヴァルが、手を差し出してきた。
エマはその手を、握る。
「…………」
顔を覗き込むヴァルを、確認するようにじっと見る。
ヴァルは静かにこっちを見ていた。
そして、ただそれだけで、エマは、もう大丈夫なんだと思えた。
チュチュは自然に存在する岩石や鉱物の生成ができます。チュチュの石やナイフが黒いのは黒曜石だからです。




