26 一人じゃない場所(1)
照れる……なんて思ったのも束の間。
「走らせてみて」
「はい!」
「止めて」
「はい!」
ヴァルはどこの教官なんだってくらい真面目だ。
「もっと力入れる!」
それもちょっと厳しめの。
途中、景色がいい場所で止まって、馬車の中で3人、昼食にした。
「これは、メイドのルチアが作ってくれたの」
作ってもらったお弁当を渡しながら言う。
「うわ〜ぁ、ありがとう」
「ああ、ありがとう」
ルチアのご飯はいつでもおいしいけれど、スペアリブやパンが詰め込まれたお弁当は、一際豪華だった。
「ルチアってば」
これを食べたら、本当にしばらく子爵邸のご飯ともさよならだ。
宿泊する予定の町へ着いたのは、夕陽が傾きかけた頃の事だった。
「今夜の宿はもう取ってあるんだ」
チュチュが、言いながら中心地からは少し遠ざかった宿屋へと案内してくれた。
大きな3階建てのログハウスで、広い土地にどんと建っている。
旅行で使っても、なかなか魅力的な宿だ。
宿屋の裏手は草地が広がっており、小綺麗な厩舎が建っている。馬車を裏手へ停めた。
「じゃあ、アタシ、宿屋の手続きしてくるね」
「うん!じゃあ私は……」
「お前はこっち」
チュチュに着いて行こうと歩き出したところで、服を引っ張られ、逆回転。
「馬の世話、教えるから」
「はい、教官」
「教官ではない」
バケツに草を山盛り入れ、振り返る、と。
「今日は疲れたろ」
ブラッシングをするヴァルが目に入った。
……笑ってる。
なんだ、基本的に仏頂面だから、そういう顔なのかと思ったけど。笑えるんじゃん。
「ヴァル、草……」
声をかけた途端、振り向いたヴァルは、すでに仏頂面だった。
……変わり身早いなぁ……。
この宿には、転生してからはもう縁が無いと思っていた温泉があるらしく、夜にはチュチュと一緒に大浴場を堪能した。
「いいお湯だったねぇ」
チュチュは、仁王立ちでゴッゴッゴッと水を飲んだ。
「うん」
ベッドを軋ませながら、腰掛ける。髪をタオルで乾かしながら、部屋を眺めた。
宿そのものと同じく、丸太でできたベッドには、手作りであろうパッチワークのベッドカバーがかかっている。シンプルだけれど掃除が行き届き、花が飾られた部屋は居心地がいい。
チュチュとエマの二人部屋。本来ならそれぞれ一人部屋でもいいのだけれど、宿に泊まるどころか、外に出たこともないエマのために、今日は二人部屋にしてもらった。
この国は平和だ。
翼竜対策として、騎士団がたくさんある。魔術師もそこら中にいる。
皆、正式に従事しており、冒険者や私欲で帯剣する者は少ない。
もちろん翼竜なんてそうそう襲っては来ないので、大半の者は普段は所属する町を守る仕事をしている。
そんな正義感を主軸にした人間が多いため、この国では、あまり悪さはできない。
特に町の中は安全だ。
あまり怖がる必要はないのが現状だけれど。
エマとチュチュは二人部屋にしては広い部屋のそれぞれの端に配置されたベッドに潜り込む。
暗い部屋。
小さな窓の外は、きっと空が見えるのだろう。
ああ、今日は楽しかった。
真っ暗な天井。
何もないサイドボード。
ああ、今日は楽しかった。
壁にかかった旅行用のワンピース。
ベッドのそばに揃えられたブーツ。
目を閉じると、あふれた涙がこぼれ落ちた。
翼竜はこの世界に1体しか存在しないと信じられているため、個体名や種類などはなくただ“翼竜”と呼ばれています。その生態は明らかになっていません。




