22 大魔術師(2)
「…………ああ」
大魔術師は、何を聞かれるのか知っているみたいに少し体を引いた。
「ジーク……ジークヴァルト・シュバルツ様は……今は…………」
声が、震えないよう、細心の注意を払った。
口に出しただけで、心臓が痛む。涙を見せないようにするために、下を向いた。
だから、エマは見なかった。
大魔術師の薄いグレーの眉毛が、悲しそうにハの字に寄せられたことを。
右斜め前にいる黒髪の少年が、苦そうに眉毛を寄せたことを。
大魔術師は、全員の顔をゆっくり眺め渡した。
少年の眉間にしわが寄る。
大魔術師は、ゆっくりと声に出した。
「あの愛弟子は……10年前に死んだ」
「………………」
やだ。
もしかして、なんて思うんじゃなかった。
ここで涙をこぼすな。
もう少し。一人になるまで、泣くな。
「それは……残念ですね。尊敬していましたので、もし会えたら、よかったんですけど……」
顔が、上げられない。
「すみません」
なんとか口から出した言葉は、芯がなく、か細い。
寒い。
とても、寒く感じる。
「私……、私は、魔術師になるつもりはないので」
誰に話しかけているのか、自分でもわからない。
早く、ここから逃げたい。
笑ってみせたけれど、顔が、歪みそうになる。
老人は、またゆっくりと口を開いた。
「お前さんを、苦しめようと思ったんじゃないんだ」
優しい声。
「もう一度言おう。ワシは、お前さんを知っている」
視線を上げると、大魔術師は、優しい瞳でエマを見ていた。
「………………」
確かに、ジーク様と少しでも関わりのある場所に居たい。
でも…………。
「場所は、シュバルツにある森。グラウの森だ」
………………。
グラウの森。それは、ジークが子供の頃から遊んでいた場所で、かつて魔術師としての修行を行った土地だ。
ゆえに、ジークは森での戦闘が得意なのだ。
シュバルツ伯爵邸からも近い。
同じ場所で、魔術師として成長できる……。
それは、エマにとって、魅力的なものだった。
ジークの居た場所。ジークの見た景色。
いよいよ涙がこぼれ落ちる、と思えたとき、
「わかり……ました」
エマは、小さく、言葉を発した。
その後、何を話したのか、どうやってそのお客様を見送ったのか、エマには記憶がない。
ただ、両親と大魔術師が何か真面目な話をしていたような気がする。
2人の子供達が、何か話していたような気がする。
笑え。
これでも貴族令嬢だ。
笑え。
エマは、ただにこにこと笑い続け、玄関のドアの前まで見送る時も、ただお辞儀をした。
ドアが閉まると呆然と立ち尽くす。
ぼんやりしていると、母が隣から、エマを優しく抱きしめた。
そんなに、ひどい顔をしているだろうか。
泣かないように頑張っているのに。
でも、もうダメかもしれない。
涙をこらえるのは、もう無理かもしれない。
だって。
ジークが……。
ジークがここにはいないから。
エマは声も上げずに泣いて。
ぽろぽろと、ガーベラの華やかなドレスの上に、涙はこぼれ落ちた。
乙女ゲームに転生すれば、主人公は自動的に悪役令嬢に転生して、ヒロインやイケメン攻略対象たちとワチャワチャしてくれるのだと思っていたこともありました。悪役令嬢は存在しない、ヒロインやイケメン攻略対象の一部はすでに既婚……。




