192 バレンタインデイ(2)
エマは一人、食堂で、テーブルに載った大きなチョコレートケーキを眺めていた。
チュチュとリナリは、「任せて!」なんて言いながら、どこかへ行ってしまった。
さて、どう渡そうかな。
この国にはチョコレートをプレゼントするようなイベントはない。
よって、このチョコレートケーキは、この国ではただのチョコレートケーキなわけだ。他意はない。
だったら、ヴァルの口に押し込んじゃえばそれで目的達成?
う〜〜〜〜〜〜ん。
前世のバレンタインはサークル主様の住所に送るだけだったからなぁ。
プレゼントを渡す方法が思い浮かばない。
「う〜〜〜〜〜〜ん」
もにょもにょ考えていると、食堂の扉が開いた。
チュチュとリナリにしては、静か過ぎる。
顔を上げると、そこに居たのはヴァルだった。
「あれ?お前一人?」
「うん……」
呆気にとられながら、返事をする。
チュチュとリナリが言っていたのって、こういうことなんだろうか。
呼んできてくれた……ってこと?
「あのね、ヴァル」
声が、上ずる。
「ん?」
「これ……。ヴァルに、作ったの」
かぁっと顔が熱くなる。
別に……告白するわけじゃないし。
チョコレートで気持ちが伝わるわけじゃないし。
平気な顔してれば、いいのに。
ヴァルはケーキをじっと見た。
そして、エマとケーキを交互に眺める。
「お前、作ったの?」
「そう」
緊張しすぎてちょっと泣きそうだ。
「…………」
「もらって、くれる?」
「……もちろん」
うううううううう。
本当に泣きそうだ。
気持ちが伝わるわけじゃないけど。
初めてジークに送った時は、チョコレートクッキーだった。もちろん市販のもの。
2度目は、ちょっと話題のチョコレート。
こんな風に、本当に食べてもらえる日が来るなんて、思ってもみなかった。
顔が見られないように、ぐるんと後ろを向く。
エマは、ギクシャクとお茶を入れた。
ケーキはケーキ皿に丁寧に切り分ける。
二人分のケーキをテーブルに準備する。
「……ありがとう」
ヴァルが静かにそう言ったので、いよいよもう目が潤む。
「お口に合えば……っ」
そして、ヴァルがケーキを口に運ぶ。
「あのね、ヴァル、私…………」
その瞬間だった。
ガチャッ!ドタッ!
と、扉の方で音がして、びっくりして、二人してそちらを向いた。
扉の下で団子のように重なって、チュチュ、リナリ、メンテの3人が倒れていた。
「いたたた。食堂は今貸し切りだってば……」
「チュチュ、大丈夫?」
「へーきへーき」
きっと、食堂へ来たメンテを、チュチュとリナリが足止めしてくれようとしたんだろう。
「お前ら、何やってんだ」
呆れた顔で、ヴァルが言う。
それからは普通に、シエロも呼んで、みんなでケーキを食べた。
いつものように、騒がしい食堂で。
メンテが多少申し訳なさそうに、お茶を入れてくれた。
チュチュがエマの耳元で、
「ちょっと失敗しちゃった。ごめんね」
と囁く。
「大丈夫だよ。みんなで食べるの楽しいし」
そう返事をした。
もともと、告白なんてしない予定だった。
けど。
残念、だった。
やっぱりちょっと、そう思う。
本当に推しに食べてもらえたチョコレート、でした。
一件落着に見えますが、恋愛は加速度を増し。最高潮を迎える事でしょう。