189 一人の時
リナリは、心を落ち着かせるため、ひとつ、息を吐いた。
今日の戦闘訓練は、先生と1対1。
いつもメンテがいるのが普通なので、ひとりで訓練を受けるのは緊張するのだ。
とはいえ先生も、
「必ずメンテがいるわけではないから、一人でも戦えるようにならないとね」
と、いつもの笑顔で言っている。
あたしも一人でできるようにならないと。
けれどこんな時は必ず考えてしまう。
メンテとあたしの能力が、逆だったなら。
二人とも、蔓を伸ばす能力がある。
けれど、メンテが伸ばすのは蔦で、あたしが伸ばすのはバラの蔓だ。
あたしだけが、棘のある蔓を伸ばす。
怖くなる。
よりによってどうして、あたしのほうが殺傷能力が高いの。
もし誰かが傷つくようなことがあったら……。
ゾッとする。
けれど、うまく使えるようにならなくては。
目の前のシエロを見据える。
シエロのいつも通りのにっこりした笑顔を前に、リナリは両手を握った。
「牢」
リナリが唱えると、腰にぶら下げてある木製のチャームの前に、魔法陣が現れ、弾けるように消える。
「歩の集積」
すかさずシエロが唱えると、シエロの杖の上に魔法陣が光り、弾けるように消える。
シエロの足元に氷が張られる。
リナリの蔓は、地面から伸びきれずに消えた。
でも、やらなきゃ。
世界中を巡るあの人に、付いていけるように。
どんな場所にだって、足手まといにならずに、自分一人で立てるように。
リナリは横に走り出す。
隙を突いて。
「槍」
リナリが唱え、腰にぶら下げてある木製のチャームの前に魔法陣が現れ、弾けるように消える。
ガツン、と、氷の下を抉るような音がして、静まる。
「槍」
もう一度、唱える。
ガツン。
「槍」
もう一度。
その時だった。
ガキン!
一際大きな音がしたかと思うと、割れた氷の隙間から、一本の棘の付いた蔓が伸びた。
「……!」
シエロが飛びすさり、唱える。
「天上への贄」
シエロの杖の上に、魔法陣が現れ、弾けるように消える。
杖に巻きつこうとした蔓が、地面から伸びた氷に阻まれ、弾き返された。
「はぁ……はぁ……」
今の全力……、あっさりと避けられてしまった。
少し落ち込んだ顔のリナリの頭を、シエロが撫でる。
「よくやったね」
「…………」
リナリが目をぱちぱちとしばたたかせた。
「せんせ……」
気持ちが込み上げたと思った瞬間、リナリがぼろぼろと泣き出した。
「せんせえええええええええええええ」
「よしよし。強くなったよ、リナリは」
「わあああああああああん」
余りにもまだまだ未熟であることを思い知ったことと、それでも褒められて嬉しい気持ちとがないまぜになって、ぼろぼろと、リナリの頬を流れ落ちた。
気持ちだけではなかなか成長できないものなのです。