179 予兆(2)
それから滞在は数日引き延ばされた。
連日シエロが城へ呼び出されたためだ。
その間は変わりなく、午前中は授業、午後は図書館の仕事という日々が続いた。
やっと学園へ帰る日が決まった日の夕方、リナリより先に仕事を終えたエマは、一人、図書館を出た。
図書館の前にある広場に、こちらを見据えて、じっと立っていたのはヴァルだ。
「……どうしたの?珍しいね、こんな所で」
声をかけると、手を差し出される。
「おいで」
と、ヴァルは素っ気なくそれだけを言った。
大人しく付いていくと、向かった先は大きな公園だった。
ただ、広い草原が広がるだけの場所だが、森の中や家の庭とは違い、人の手の入った公共の場といった空気を纏っていた。
まばらに木が生え、所々に誰かが植えたような花が咲いている。
色とりどりに咲いているガーベラを見ると、『メモアーレン』のジークルートのオープニングを思い出した。
草原にはたくさんの人々が寝転がり、午後の日差しを楽しんでいる。
時々、子供の笑い声が聞こえた。
人の少ない場所に、二人で座る。
「…………」
明るい。
太陽が明るい。
くしゃ……、と、頭が撫でられる。
顔を向けると、ヴァルがエマの頭を撫でていた。
「え?」
状況が理解できず、ぽけっとヴァルの顔を眺める。
「大丈夫だよ」
「え……?」
何も大丈夫じゃないんだけど。
大丈夫じゃないんだけど。
でもやっぱりその顔を見ていると、“大丈夫”なような気がした。
「そうだね」
泣きそうな顔のまま、「へへっ」と笑った。
王都の最終日は、エリオットに丁寧な挨拶をして、また絵のモデルをしながらお喋りをした。
今日は二人、応接間で向かい合っていた。
「帰るのね」
「また会えますよね」
「もちろん。お願いされてるものは、学園へ送るわ」
「よろしくお願いします」
お茶を一口飲む。
エリオットは、そのエマの姿を見ながらひたすらにペンを走らせていた。
「……見られながらお茶飲むって、ちょっと恥ずかしいですね」
「そうね。でも……その顔いいわ」
フフッと笑うエリオットは、美人だと思った。
私も絵が描ければ、きっとこの光景を描いてる。
『メモアーレン』の絵師さんに会えるなんて、すごい経験をしちゃったな。
もしかして、と思っていることがある。
見てしまった『メモアーレン』のジークルートのことを思い出す。
「私……、やっとジークルートを、少しだけ見たんですけど。もしかして……、私がここにこうして呼ばれたのって……」
いいながら、それは確信に変わる。
「ヒロイン……だから……、絵のモデルをして欲しかった、とか」
「見たのね」
エリオットがにっこりと笑う。
「ああいう絵柄だけど、リアリティを大切にしているの。すごく参考になったわ」
エマは、乾いた笑いを漏らした。
若干、シリアス展開に見えるかもしれませんが、ここからもほのぼのラブコメです。
ラブな展開が続きます!!